第10話 英雄の末裔(2)

 炭鉱都市国家コークスはその名のとおり炭鉱を主な産業として、出稼ぎ労働者をあつめ発展してきた街である。カンテラから北東に列車にゆられ半日の距離にあり、ふたつの都市は長年の同盟関係にあった。ここで採れる魔鉱石とよばれる化石燃料は、魔導列車や上水道のくみ上げ、鍛冶場、湯屋、炊事から冬の暖に至るまで都市機能を支えるに欠かせないエネルギー資源であり、同盟都市へと優先的に輸出されていた。


 炭鉱労働はたいへんな力仕事である。コークスの人口の七割を男が占め、夜の大通りともなれば若い女の客引きに吸い寄せられた男どもの熱気にあふれる。現在の昼下がりにおいても通りは活気にみち、そんな彼らが口々に英雄の末裔クロックの噂をしていることからも彼の注目度の高さが伺いしれた。

 

 同僚ヒースは感心したように私に言った。


「ほんと人気だよな、クロック=リーズリー」

「この場合、単なる賭けの対象としてだが」


 同盟都市間においては、持ちまわりで魔法剣技大会という伝統式典がひらかれる。今年はここコークスがホスト国となっていた。八カ国の代表者が国の威信をかけて剣を振るいその頂を決める公的な剣闘大会である。そんな剣闘大会は合法違法にかかわらず賭博がつきものであった。


「そうは言っても、すごい人気だろうよ」

「ガレアには炭鉱夫から成り上がった背景と各国に逸話を残している。この地であれば、九つの首をもつ大蛇を討って妻を迎えた話だったか。話題には事欠かない」

「へぇ、やけに詳しいのな」


 通りを見渡せばレンガ造りの平屋が軒をつらね、看板には酒屋と同じくらい質屋が目についた。大型剣闘場を自前でもち、莫大な賭け金が昼夜とびかうコークスならではの光景であり、つまるところコークスは遊興歓楽都市でもあった。


 さて、私は魔法剣技大会の周辺取材をする記者に扮して入国審査をパスしたので表向きの仕事もしなくてはならない。ひとまずヒースと別れて一軒の酒屋に入り、話の通じそうな赤ら顔の禿男に、ガレアがこの街に残した足跡と地元住民の彼への思い入れについて取材を申し入れてみたところ、


「ガレア? んなもん興味ねえな。それより酒だ、話聞きたけりゃ一杯おごれ」


 それもそうだな。日中から酒場に入り浸る男にろくな話など訊けまい。そもそも住民の多くは出稼ぎの移民だ。この街の風土などみじんも興味はないだろうし、かくいう私も興味がない。適当に雑談をくりかえして形式上のメモを取りつつ、頃合いをはかって本題に切りこむ。


「英雄の末裔クロック=リーズリーにまつわることで、何か知ってたりしませんか」


 男は締まりのない顔をニチャと歪ませ、酒瓶をもつ小指を立てて言った。


「おうよ、あるある。噂なんだがよ、あれは相当なコレらしいな。英雄、色を好むっていうだろう。さぞこの街が気に入るんじゃないかい」

「なるほど興味深い。この街は屈指の色街でもありますからね。なにか具体的に知ってたりしますか。なじみの娼館とか」

「なんだおめえさんゴシップ系か。どうりで昼の酒屋に聞き込むわけだ。でも嫌いじゃないぜ、そういうの。しっかし悪いがそれ以上はさっぱりさあ。この辺、聞き回っても同程度のもんだろうよ。だが――」


 テーブルの下で私の膝を小突くと、その掌をひろげ言った。


「もっと深く知りたきゃ、その筋の連中を紹介しちゃる」


 私は迷わず金を握らせ、紹介状をもらった。



 手描きの地図をたよりに路地を東に向かう。ある一線を越えるとがらり雰囲気が変わった。身なりのよい客が目につくようになり、店も飲み屋から賭博場へとその姿をかえたのである。

 

「朱雀の逆鱗」という看板を見つけ、軒先をくぐり、湿気た地下へとおりていく。


 鉄扉の向こうはオーソドックスな合法賭博場であった。カードゲームにルーレット、古典的な賽子賭博に興じる客たちを尻目に、私は迷わず奥へと足を進めた。


 奥の扉に手をかけようとすると、見張り役の少年に肩をたたかれる。侮れない所作だ。紹介状を見せると、小さく頭をたれて一歩引いた。どうやら私はなかなかに良い情報屋を引き当てたようで幸先よい船出となった。


 扉のさきは暗がりの一本道となっていて奥にまた扉があった。むこうには複雑な結界と魔術センサーが張られてある。結界内は相手のテリトリーと同義であり、私の力に制約がかかるが仕方あるまい。そうと気取られぬよう一定の歩速で進み、もうひとつの扉も開けた。


 そこはいわゆる違法賭博場で、ところ狭しと上客があふれていた。


 壁には大きなたれ幕がかけられてあり、たれ幕一面に闘技場内が鮮明に投影されていた。臨場感あふれる映像にみな固唾をのみ、一様に食い入って見ている。私といえば、高度な水晶投影機に素直に驚いた。ここまで鮮明に映しだす魔術など、カンテラにおいては無用の技術であろう。


「あら、新しいお客さんがいらしたのね。こっちよ。説明してあげる」


 桃色の髪に、胸の開いた臙脂の服、そして数多の宝飾品で身体を着飾った賭博場の主人とおぼしき艶女がひらひらと手招きする。その右腕にはびっしりと不死鳥の彫り物がされてあった。隅の暗がりに客の寄りつかないソファーがあって、そこに彼女はひとり座っている。促されるまま横に座り、しかし画面をじっと見つめていると、女はつまらなそうに言った。


「ふうん。賭博のほうが好きそうね貴方」


 どうだろうか。私は美人局耐性が低いそうで、その手の輩に引っかからないよう徹底的にマロンちゃんに仕込まれていた。今もマニュアル通り対応しているに過ぎないが、しかしそれが功を奏したようである。


「で、見てのとおり。ここでは賭けとして成立するものならなんでも賭けられる。といってもメインは場内でしか賭けられないはずの剣闘試合なのだけれど。ほんと男って血なまぐさいの好きよねぇ。これが昼夜つづくんだからまったくやんなっちゃう。で、何に賭けるの?」


 女は心底つまらなそうに一枚の紙をこちらに寄こすとソファーに身を投げた。

 

 リストには今日出場予定の剣闘士たちと対峙する魔獣、それらの健康状態にオッズに至るまでこと細かく書かれてある。素人目にはなかなか一度に理解するのが難しい情報量であった。とりあえず次の試合に相場の額をかけて場をつなぐと、女は不思議そうに言った。


「そういえば誰の紹介?」

「酒場で知り合ったバモンという男です」

「え、バモン? あの呑んだくれ、ろくでなしの?」


 女は飛び起き、まじまじと私を見、その手で私の顔にそっと触れた。


「その通りですが、どうかしましたか」

「いえだって、彼ってそういう紹介はしないもの」

「ああそうでしたか。でしたら私はこういう者でして」


 偽の名刺を見せ、偽の身分を明かす。そしてクロック=リーズリーにまつわる話を集めているのだと言った。これでもし騒ぎとなるのなら即時退散し、顔を変えて新たな名で動くつもりでいたが、女は不敵な笑みを浮かべ囁いた。


「貴方がどこのどなたか存じないけど面白そう。いいわ、裏の裏を紹介してあげる」


 裏の裏とはなんだろうか。単純に表ではないようで、女は手を前にかざし新たな結界を張った。客たちの意識がこちらにいかないよう仕向けると、何もなかった壁に突如として豪奢な金製の取っ手が現れる。


「さあこっち。赤の他人をここに入れるなんて初めてのことなんだから、どうせなら、もっと喜んでちょうだい」

「なぜ、私をそのような場所に」

「目を見ればわかるもの。男って多かれ少なかれ権力欲、金銭欲、性欲を持っていて、そのバランスをみれば大抵どういう男か、わかるものよ」

「それは恐ろしい。では私はどのようなバランスでしたか」

「そうね、クッソつまらない男。つまらなすぎて間違っても好きにならないわ」

「……」


 なにが彼女の逆鱗に触れたのだろうか。私は無言のまま彼女につづいた。イザベラが手に灯した魔術光をたよって暗がりをひたすら螺旋状におりていく。突き当たりの石扉を開けて小部屋へと入った。それは息をのむ光景であった。


「状況はどうかしら」

「はいす、とくに問題な……うえええ!? 誰すかアンタ!」


 なかなかに愉快なお仲間がいたが、私はそんなことよりも壁一面に投影された映像に目がいった。16分割された画面には駅舎、娼館、メーン通り、路上裏や店の入り口が表示されていた。


「表向き合法賭博屋やってるの。裏では違法賭博をやってて、さらにそれを隠れ蓑に情報屋をやってるってわけ。裏の裏ってそういう意味ね。言っておくけど貴方が高度な魔術で顔を覆ってるのはわかってる。こういうの極東では同じ穴のムジナって言うそうよ。それで私はこの事実を提供したわけだけれど、貴方はこちらに何をしてくれるのかしら」


 なるほどこれは。もしかすると彼女の協力があれば、現状を一気に打破する可能性が見えてくる。私は他人行儀をやめ、素の自分であたることにした。


「君と取引がしたい」

「ようやく本性を見せたのね。けど取引? 情報を買うんじゃなくて」

「腹の探り合いはよそう。裏取りできていない段階の私をここに招くという行為自体かなりのリスクだ。言い換えればそれだけ切迫した状況にある。君が欲しいのは金じゃない。違うか」

「……そうねいいわ、わかった。けどひとつ条件がある」

「なんだ」

「貴方の背後にだれがいるかは知れないけれど、けっしてだれにも、私たちについて漏らさないこと。できる?」

「まったく問題ない。必ず約束しよう」

「……なんで即答なの。なによその真っ直ぐな目」

「結果さえだせばなんら文句は言われないからな。すでに実証済みだ」

「ふっ、変な信頼関係なのね、いいわ。私はイザベラ。それじゃあクロック=リーズリーについて情報提供してあげる。とびきりのネタ含めてね」

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