ハルピュイアの羽根はおひたしにすると美味いらしい
鈴木怜
ハルピュイアの羽根はおひたしにすると美味いらしい
「どうやら、ハルピュイアの羽根はおひたしにすると美味いらしい」
「馬鹿も休み休み言わんかね」
魔物がはびこるこの国には、駆除専門の職業が存在する。
彼らは駆除のため食事のため、ときには未開の地へと足を踏み入れることもあるので、いつの間にか冒険者と呼ばれるようになった。
そんなこの国で飯屋をしている私にも、冒険者の知り合いがいる。
それが目の前でハルピュイアのおひたしなるものについて語る男であった。
「ハルピュイアってあれだろう? 空を飛んで、人と同じように歌う魔物だったかなんかだろう。風を起こして人や荷物、作物をどっかしらにふっ飛ばすそうじゃないか。もしかして君、戦ったのか?」
「夜営していたら奴のせいでテントがふっ飛んじまった。で、憂さ晴らしにちょっとな」
目の前の男が拳を揺らした。
「……ちょっとな、じゃないと思うんだがね」
作物がダメになる原因だ。生きた災害と言ってもいい。
それをちょっとな、でのしたという。
恐ろしいものである。
「で、だ。ハルピュイアはより空気を掴むために他の鳥や鳥系の魔物に比べて、羽根がふわふわになっているらしい」
「ほう。初耳だな」
「より空気を含む形に進化したとかなんとか。ちょっと実際に見てくれないか」
そう言って、男はテーブルに羽根を置いた。
ただの物体と化したはずなのに、それはまるで浮いているように見える。
「驚いたなこれは。見えないほど細かい毛がびっしりと生えているのかね」
「らしいぜ。だから浮いているように見えるらしい」
「ふむ……確かにこの空気を掴むところに調味液を含ませられたらと思うと、心が踊るな。たいそう味が染みたおひたしになることだろう」
「ああ。やってくれそうなやつを探して、とりあえず来てみたんだが……やれそうか?」
「面白い。任せてくれたまえ」
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆
結論から言ってしまおう。
ハルピュイアの羽根は、ビックリするほど空気を逃がさなかった。
「すごいな。茹でても液体に漬け込んでも、まだ空気が残っている」
「ここまで空気をがっちり掴むものなのか。そりゃ強い風をおこせるわけだ……」
「仕方がない。あまりやりたくはなかったが、あれをやる」
「あれって?」
ピンと来ていないらしい男に向かって、私は答えを提示してやる。
「重石だよ」
ああ、なるほどといった顔で男が納得した。
「……あまりやりたくないってのは?」
「毛が潰れかねないからな。羽根の重さを支えられるほどの強度があるとはいえ、力を加えるのはそういうリスクが伴う。が、おひたしにするには致し方あるまい」
重石をすると、羽がゆっくりと嵩を減らしていった。よく見ると、泡が出ている。
「正解だったか」
「これで美味くなるといいが、どうなる?」
「食べてみないとなんともだな。時間を置くぞ」
それから、しばらくした後に、重石を外す。
くてーっとした、つゆでテカったおひたしが姿を表した。
「食べてみてくれ」
「おう……お!? 美味いぞこれ! 旨味が詰まってる」
「ほう。では私も」
と一口食べてみる。
そこには調味液をがっちり掴んで離さない羽根があった。
空気は完全に抜けたらしい。代わりに液体がしっかりと掴まれている。
もちろん細胞にも染み込んでいるのがいい。
余計なものを入れずとも十分やれる。
親和性があるのが意外だった。
ただ、染み込みすぎたのか少々塩味が強い気がする。その辺りは今後の課題だろうか。
「なるほど……美味いな」
「ああ。これは人気が出てもおかしくないぞ」
彼の言葉に、私も頷きを返した。
ハルピュイアの羽根はおひたしにすると美味いらしい 鈴木怜 @Day_of_Pleasure
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