幻の鳥を追いかけて

北路 さうす

幻の鳥を追いかけて

 私はかなりの鳥マニアだ。趣味が高じて今や鳥専門の写真家として生活している。美しい鳥を追いかけているだけで金が転がり込んでくる天職だ。

 私が鳥に魅了されたのは小学校に入学したばかりの頃。当時飼育小屋で飼われていた土まみれの白色レグホンを見たことが始まりだ。飼育小屋のボスだった立派なとさかの白色レグホンを見たときの、心臓が壊れてしまったと勘違いするほどの動悸は忘れることができない。決して人に媚びず、私の倍も大きい上級生を歴戦の茶色いくちばしでつつきまわし、先生からも恐れられた姿は神々しかった。彼のせいで不人気だった飼育委員に毎年立候補し、つつきまわされて保健室に担ぎ込まれても、絶対に彼を近くで見ていたい一心で執念深く世話をし続けた。結局彼は6年間孤高の存在だったが、私は大満足だった。

 それからはずっと鳥を追いかける生活をしていた。家の近くに来る小鳥たちの光を反射する羽の美しさ、足をそろえてはねるように歩く様子、どこを切り取っても美しい。この美しさを自分だけのものにしてはいけないと、父親が買ってくれたカメラ片手に鳥たちを観察し、その美しさをカメラに収めた。写真は素晴らしい。鳥たちのすばらしさを余すところなく嘗め回すように観察することができる。自分が注目していた美しさとは別の角度から別の美しさを発見することができる。そうした写真を発表していたら、色々な会社から依頼が来るようになって、私は趣味と実益を兼ねることができているというわけだ。


 様々な鳥を見るために、私は世界を旅し続けた。写真を売っては旅に出て、依頼を受けては旅に出る。そろえた鳥図鑑に載っている鳥はすべて現地で拝ませてもらったし、新種の鳥も何度か発見した。しかし私にはまだ会えていない鳥がいる。初めてその鳥のことを聞いたのは数十年前、フィリピンでシロハラウミワシを追いかけていた時だった。滞在していた村の長老が私の鳥好きを知って、村に伝わる幻の鳥について教えてくれたのだ。

「その鳥は人と同じくらい大きさで、七色に反射する美しい羽根と長い足を持つ。人前に姿を現すことはほとんどなく、目撃証言はあまりない。ほとんどおとぎ話のような存在だが、私は数日前にその鳥を見ることができた。あなたに伝えるべきだと思った」

 長老はその鳥を見た場所に案内してくれたが、残念ながらその鳥を見ることができなかった。英語と私の拙いタガログ語で聞き出した情報から、その鳥はどの図鑑にも乗っておらず鳥研究者の誰も知らない未知の鳥だということがわかった。私は滞在中、ずっとその鳥が発見された場所を探していたが、大きな鳥を見ることも、その鳥が残した羽やフン、エサの跡すら見つからなかった。


 フィリピン滞在から数年して、私はオーストラリアでワライカワセミを追いかけていた。そこで会ったバードウォッチングをする地元の人から、またあの幻の鳥の話を聞いた。そもそも幻の鳥について半信半疑だった私は、別の土地で同じ鳥の話を聞くとは思わなかったのでひどく驚いた。

「体高はおおよそ160センチ、黒い羽根をもつが光を受けて七色に反射する。フラミンゴのような長い足を持ち、尾羽はオスのクジャクがメスにアピールするように扇状に立ち上がっていた。同じくバードウォッチングが趣味だった祖父の家の裏庭に降り立っていて、祖父がカメラを取りに行っている間に消えてしまった」

 偶然の一致にしては共通点が多すぎる。大きさと見た目から、既知の鳥ではない。私は興奮した。その鳥はさぞかし美しいだろう、一目見るまでは死ねないと、余生をこの鳥に費やすことに決めた。

 幻の鳥を探し求めて、世界各国で話を聞いた。驚くことに、様々な国での目撃証言を得ることができた。気候が違う国でも、それこそ地球の裏側の距離でもだ。しかし目撃証言をもとに張り込みをしても、私は一度たりとも会うことが叶わなかった。幻や都市伝説で片付けるには詳細な証言が多すぎるが、痕跡1つ見つけることができない。私は探せば探すほど手掛かりのない幻の鳥に執着していった。

 幻の鳥の情報を整理していたある日、私は証言の共通点に気が付いた。鳥の目撃者は、みな高齢に近い者たちだった。連絡の取れる数名に確認したところ、やはり幻の鳥をみた数か月から1年ほどで皆死んでいることがわかった。

 情報を共有してともに探していた協力者たちからは、『死を運ぶ鳥』だと気味悪がられ、徐々に離れていってしまった。しかし死がなんだというのだろうか。私はどうしても執着が止められなかった。


 私は今、3階建ての廃ビルの上に立っている。今から飛び降りて死ぬつもりだ。50を過ぎた私の体は、意外にも全然ガタが来ていない。世界を飛び回る体力をつけるため健康に気を使っていたのが仇となるとは思ってもいなかった。体はまだ死にそうにないので、こうするしかない。しかし世界には私の知らない鳥もまだ存在するだろう。微妙に欲が出てしまい、死ぬか生きるかの瀬戸際の高さを選んでみた。

 下を見ると足がすくむ。しかし私は自分を奮い立たせる。私はカオジロガンだ!目をつぶり、私は1歩を踏み出した。

 落ちる!!!全身に冷たい空気がたたきつけられ、鳥肌がたった。あまりの恐怖に叫び声をあげる。しかし私は固い地面にたたきつけられることなく、柔らかいものに着地した。

 顔を上げると、大きな水鳥のくちばしが見えた。

「私に会いたいからってそんな無茶する人間は初めてだよ」

 その黒い鳥は、人間の言葉を話した。美しい黒い羽根、フラミンゴのように長い足。そして私が見たことのない鳥。

「幻の鳥……!」

 私は感極まって泣いてしまった。なんて美しいのだろう、命を懸けたかいがあった、迎えに来てくれてありがとう。

「おちついたかい?人間に干渉することはよくないが、君はまだ死ぬ予定でもないのに無茶をするからな。仕方なく来てやった」

 鳥はオレンジ色の目で私を見つめる。気持ちが落ち着いてきた私は、鳥のすべてをくまなく目に焼き付けようとする。目はまるで猛禽類だ。口はアヒルやガチョウに近い、あごに鶏のように肉垂がある。頭頂部はホウカンチョウがもつパンチパーマのような飾り毛がある。

「会えてうれしいです、言葉を話せるのですね。もう心残りはありません」

 私は深々と頭を下げる。言葉を話せるということは、インコやオウムのように厚い舌があるのかもしれない。すべてが興味深かった。

「迎えに来たのではない。仕方なしに姿を現しただけだ。もう満足したなら帰るから、もう変なことするんじゃないぞ。ちゃんと寿命が来たら迎えに来てやるから」

「お待ちしております」

「鶏に感謝するんだな。君の無茶を案じていた。今度はそいつもつれてきてやる」

「鶏……まさか小学校の?」

 孤高の白色レグホンに心が通じていたことを知り、俺は感動した。鳥に対して、私は一方的に愛情を抱いていたが、鳥もこちらを好意的にとらえてくれていたとは。私はまた涙がこぼれた。

 鳥は体格の割に軽々と飛んで行ってしまった。それを見送り、気が付くと私は廃ビルの敷地内に立っていることに気が付いた。白色レグホンに生かされたこの命、粗末にするわけにはいかない。現世では会えずとも、幻の鳥はまた会いに来てくれる。それまで、全力で私は鳥を追いかけ続けるのだ。

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