八尺様vsくねくねvsとりあえずで怪異をぶっ殺せる霊能力者

鶴川始

バケモンにバケモンぶつけるのもいいけど普通に殺すのが早くないか?

 とりあえず状況を整理しよう。


 私は大学生になって初めての夏期休講期間に入り、同じ学部の友達の帰省に付き添って友達の実家がある田舎へとやってきた。私は生まれも育ちも東京なので、こういった自然溢れる場所には思っていたよりも心躍った。自然溢れる田舎とはいえネットも入るし、友達のご家族はよくしてくれていて不自由を感じず過ごせていた。

 ――今日までは。

 いや、不自由を感じるとか不便に思うとかそんなレベルじゃない。


 ――化け物が出た。

 平均よりも突出したなにがしかを喩えてそう言っているのではない。

 原義としての化け物。妖怪。幽霊。そういった類いのモノ。


 友達と一緒に、人気のまったくなさそうな近所の公園にやってきてぶらぶらと歩いていたところ、不意に友達とはぐれてしまった。公園の中心に小さい山――というより丘と言うべきか――があり、その裾をぐるりと回るように歩いていたところ、友達とはぐれてしまったのだ。


 一般的な公園よりも草木がふんだんに生い茂っていて、公園の裏手にもなると舗装されていない山道を歩いているのと大差ない。

 とりあえずそのまま一周して公園の入口に戻ってみようとした。山の裾を歩き続ければ回廊のように戻れる筈だ。

 しかし、暫く歩いても元の位置には戻れなかった。


 方向感覚に特段の自信があるわけではないが、流石におかしいと思った。

 山側に沿って道は緩やかにカーブしている。カーブの曲がる向きが逆になってはいないので、歩き続ければどこかで一周して元の地点に戻っていなければならない筈だ。

 体感としてはもうとっくに二周以上はしている。それなのに広場になっている公園入口には一向にたどり着かない。


 すごく嫌な予感がした。

 私は引き返すことにした。舗装されていない獣道とはいえ、これまで分かれ道などなく道一本でやってきたのだ。だから同じくらい歩けば、公園の入口へと戻る筈だ。


 ――これで戻れなかったらどうしよう。

 そんな不安が頭をよぎるが、無視する。

 理屈では戻れる筈だ。理屈などと大仰な単語を使う必要もないほど当たり前のことだ。

 それなのに――戻れない。

 進んできた距離より長く歩いてきている筈なのに入口に戻れない。

 草木の生い茂る道は代り映えがなくて印象に残らない。

 見覚えがあるようなないような道をずっと歩いていると不安は恐怖へと変わっていく。


 いっそのこと道を外れてしまおうかと思った。しかし、公園の外周は沢になっていて、そこまで降りるには傾斜がかなり急だった。かといって中心部の山に登ろうとしても、こちらも傾斜が急で登れそうにない。


 大声をあげて友達を呼んでみた。これまでなんとなく抵抗があったので大声を出すのは控えていたが、そうも言ってられない。

 しかし返事はない。

 私はもう半泣きだった。

 歩きながら友達の名を呼んでいると――道の向こうに人影を見つけた。

 友達ではなさそうだが、他に人が居るだけでも心情はかなり違う。声をかけようと近づいて――違和感を覚える。


 大きい。

 あまりにも身長が大きい。

 白いつばの広い帽子。黒く長い髪。白いワンピースの服。

 そして――優に2m以上はある身長。


 直感的によくないモノだと理解してしまった。

 人ではない。歩き方に何か異質なものを感じ取ってしまった。

 叫び出したかったがどうにか抑え、反対方向へと逃げ出した。

 怖くて後ろは振り返られなかった。

 公園の入口が視界に飛び込んでくることだけを祈って走り続けた。

 しかし――道の様子はどこまでも変わらない。


 やがてまた、道の先に別のものを見つけた。

 見つけてしまった。

 視界の端に一瞬とらえただけでも見てはいけないものだと理解した。人ではない、白く、くねくねと動いているなにか。


 私はその場にへたりこんでいた。

 走り続けた疲労もある。しかしそれ以上に心がくじけた。

 後ろから足音が聞こえてくる。

 振り向けない。

 砂利や木の枝を踏みしめるような足音が聞こえる。

 さっきよりも速足だ。

 私の背後にまで足音は迫っている。

 死を――覚悟した。




「――あなた、大丈夫ですか」


 男性の声。

 思わず背後を振り返ると、同じ歳くらいの男性が立っていた。


「おや。君は確か――藤崎の友達の……匂坂さんと言ったかな」


「え、あ、あ、はい……?」


 狐を想起させるような切れ長の目。カッターシャツにスキニーパンツを合わせた、あまり野山の散歩には向かなそうな服装。


 見覚えがある顔だった。

 というか――同じ学部の一年生の東城寺くんだった。

 藤崎というのは、私が帰省に付き合った友達の名前だ。


「藤崎のところに遊びにきたのか? なにもこんな辺鄙なところに」


「え、え、東城寺くんは、どうして、ここに……」


「僕の実家もこのあたりだよ。忌まわしいことに藤崎とは未就学児からの腐れ縁だ」


 憂鬱そうな顔で東城寺くんはそう言った。

 ふと気が付くと彼は右手になにか持っていた。黒い糸が沢山付いた……というか髪の毛の束のような――、


「おっと、見るのはよしたまえ。すぐ捨てる」


 そう言って左手で私の目を覆う。直後沢の方に何かが落ちていくような音がした。


「とりあえず八尺の首を落としたはいいが、他人の気配を感じたものでね。うっかりそのまま持ってきてしまった」


「八尺様ってとりあえずで撃退できる存在なの!?」


 手をぱんぱんと払っている東城寺くんに思わずそう問いただしてしまう。


「まあまて、とりあえずあっちのを対処してからだ」


 そうだ。八尺様だけじゃない、前方からは――確か、名前はくねく、


「ふっ」


 東城寺くんが右手の指二本を合わせて空を切ったかと思うと、向こうにいた白くくねくねと動いていた物体は爆発四散し、血と肉を周囲にばらまいていた。


「とりあえず破裂させておいた。一先ず大丈夫だろう」


「くねくねってとりあえずで破裂させられるの!?」


 そんな。

 出会ったらおしまいみたいな存在だと思ってたのに。


「さて、あとはここから脱出するだけだ。異界化してるからこのまま歩いていても同じところを歩かされるだけだ」


「や、やっぱり、なんか変な場所なんだねここ」


「とりあえず魔界の扉を開くからそこを通って元の世界に戻ろう」


「とりあえずで魔界の扉開けるの!? 気軽に通って大丈夫なの!?」


 うるさいなあ、と東城寺くんは億劫そうに頭を掻いた。


「君は目をつむっていたまえ。僕が手を引いていくからゆっくり歩いていくんだ」


 疑問の質量は増大する一方だったが、とりあえず言われた通りに目を閉じた。

 そして手を引かれ十秒ほど歩くと「もういいよ」と東城寺くんが言った。


 目を開くと――見覚えのある公園の広場だった。

 東城寺くんの隣には藤崎も居た。


「あれ? 二人ともいつの間に一緒になってんの? はっ、まさか、そういうこと……?」


「そういうことがどういうことか知らんがたぶん違うぞ」


「もしかして匂坂……怪異に出くわしたところを助けてもらっちゃったの!?」


「このパターンで正解なことあるんだ」


 親しげに話をする二人を見ながら私は、


「とりあえず、全部説明してくんない?」



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八尺様vsくねくねvsとりあえずで怪異をぶっ殺せる霊能力者 鶴川始 @crane_river

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