壱ノ玖 尚も真相を追い続ける

 数日のときを挟み。

 双方交えた公開の取り調べ、査問会のようなものがまず行われた。

 簡易法廷と言うべき司律門(しりつもん)の一角。

 被告人席は屋根があるだけの半屋外である。

 東側に巌力(がんりき)の関係者、西側に司祝門(ししゅくもん)長官の関係者と、尾州(びしゅう)訛りの男が座っている。

 巌力が座る後方には、玉楊(ぎょくよう)と司午屋敷の家令が控えている。

 謎の尾州男は脇腹の怪我が痛くてたまらないのか、顔を歪ませて脂汗を流していた。


「まずは」


 高座の中央にいる男が、この場の主導者である司律門の役人だろう。

 直線的な目鼻を持った無表情な、この場の裁官であるその男が、手元の紙を読み上げた。


「……雑夫(ざっぷ)の巌と名乗る大男が、司祝門長官の家に押し入り、乱暴狼藉を働いた。これは明白である」

「その通りにござる」


 堂々と肯定した巌力だったが、少々面食らった。

 自分の素性、毛州(もうしゅう)生まれの宦官の巌力であるという情報が、ばれていないわけはない。

 しかし、おそらく意図的に裁官はその部分を言いよどみ、伏せた空気がわかったからだ。

 玉楊や司午家の面々がなにか工作をしてくれたのだろうか。

 視線を向けても、知らないとばかりに首を振られた。


「……せやったら早う、そいつをハリツケでもシバリ首でもしたってんか」


 尾州の男が歯ぎしりしながら、やっとの思いで漏らした。

 その声を裁官は黙殺し、次の紙を手に取り、書いてあることを淡々と読む。


「先だってからの州都衛士隊の調べによると、この斜羅(しゃら)の街から消えた法師集団は、恒教(こうきょう)を広く伝えるという体裁を隠れ蓑にし、内実は沸(ふつ)の奇怪極まる呪術を教導する組織であったという」

「そ、それは……」


 司祝門の長官が、青い顔で呟いた。

 消えた法師たちが実際にどのような活動を行っていたのかは、浜辺に隠れていた若い信者青年たちが証言した。

 巌力が家を壊してしまい、今は雑夫(ざっぷ)溜まりで日雇いのゼニを稼ぐ、あの可哀想な男二人である。

 裁官の確認は続く。


「恒教の教団は税制において国の優遇を得ている。この事実を知っていて沸法師たちの不当な活動を調査、是正勧告していなかったとすれば、これは司祝門全体の問題である」


 つまるところ、恒教関連の結社は税金が安いのである。

 そのシステムを利用して、実は沸教の集団であるのに恒教の組織と偽るのは、明確な国家に対する背信であり、具体的には脱税なのだ。

 裁官は言外に、賄賂を貰ってお目こぼししていたのではないか、と言っているのだ。


「お、お待ち下され! 小官はなにも、なにも知らなかったのであります! 確かに我らの不手際なれど、決して故意などではなく!」

「静粛に。まだ確認するべき部分が残っている」


 司祝門長官がしらばっくれて自己弁護に叫ぶのを、裁官は冷徹に退けた。

 まるで植物のような感情の無さだなと、見ていた巌力は思った。


「事件の現場となった屋敷から、尾州の銀貨が大量に発見された。指の紋を調べたところ、そちらの尾州の男がもたらしたものに相違ないことが分かった。州の高官が届け出もなく秘密裏に大量の金銀銭を他者と受け渡しすることは、州法で禁じられている」


 尾州男はなにかの見返りに、司祝門の長官へ白銀色の菓子をプレゼントしたということだ。

 昂国(こうこく)で流通している貨幣は、統一通貨ではあるが産地ごと、造幣局ごとに若干の色味や形、刻印が違う。

 尾州製造の銀貨が大量に遠く離れた角州の屋敷の中に存在するというのがまず不自然であり、指紋まで出ているのなら言い訳のしようがない。

 平和な街と巌力は思っていたが、衛士隊はしっかり仕事をして調べているようだと感心した。

 尾州の男の本名が判明していないのは、固く自白を拒んでいるからだろう。

 次の紙に移った裁官は、少しだけ語気を強くして続きを話した。


「極めつけ、不埒な法師集団が爪州(そうしゅう)へ船で移動する際に、手形と旅券を用意したのは司祝門の部署官吏であることも判明した。以上を総合的に勘案し、司祝門、消えた法師集団、そこなる尾州の男に不穏な関連が存在するのは明白である」

「かぁーっ、なしてそないに働きモンばっかりやねん……」


 様々な裏工作が白日の下にさらされ、尾州の男は嘆息して肩を落とした。

 少しだけ勝ち誇ったようなドヤ顔を見せ、すぐさま無表情に戻った裁官はまとめに入った。


「角州の司律門は、州衛士と協力しこの全容を解明する。貴君らは国法と州法に従い調査に協力し、偽りのない情報を提供しなければならない。拒めばそれだけ罪が重なると心得よ。この決定に異論のあるものはあるか」


 泰然として言い放った裁官。

 対して、逃げ場のない状況での苦し紛れ、ゴネ得とでも思ったか。

 司祝門長官は、あくまでも自分の都合でしかないことを、大声でわめきたてた。


「わ、我が屋敷は得体の知れない郎党どもに、良いように荒らされて怪我人も多く出たのだぞ! その補償や罪科を明らかにするのが、法として、道理として先決であろう!!」


 その部分は、巌力も納得していることなので黙るしかない。

 相手がいくら怪しくて、悪くても。

 自分のやった罪とは、別で考えなければならないからだ。


「おうおう、元気のいいやつがいるじゃねえか。なんか良いことあったか?」


 そのとき。

 聴取の場に、涼やかな浅黄色の袍衣を纏った背の低い男が、杖を突き片足をひょこひょこさせて現れた。


「……得(とく)どの?」


 まるで貴族か、大臣宰相かと見違えるほどの、品のある服装、冠髪と男ぶり。

 しかし巌力は見誤ることなく、それが得さんだとわかった。

 フフッと小さく巌力に笑みを返した、得さんと想われる、おそらく貴族の子弟である男性。

 彼は司祝門の長官と、謎の尾州男の前に立ち、問うた。


「俺の顔に、見覚えがねえとは言わせねえぞ」


 服装含めた様子が違うからか、長官はきょとんとしていた。

 尾州の男は、なにかを悟ったか気付いたかして、あっと驚くような顔を見せた。


「あ、あんた……」


 言いかけたそのとき、くわっと細い目を見開いて、高座にある裁官が叫んだ。


「頭が高ーい!! ここにおわす方をどなたと心得る!! 先の尾州大乱で鎮圧軍の副将軍を務められた、猛(もう)犀得(せいとく)公子殿下であらせられるぞ!!」


 猛、犀得。

 公子、要するに州公爵の息子。

 その名前と肩書きに、巌力は聞き覚えがあった。

 十年前に勃発した尾州の乱。

 それを本軍参謀として抑えたのが除葛(じょかつ)姜(きょう)である。

 作戦中に姜の腹心の副将軍として、各地を転戦し方面の最前線で武勇を誇った、名高き将軍の一人。

 角州公爵家の三男にして「暴れん坊の公子」として名を馳せたのが、猛犀得であった。


「は、ははーーーーーーーーーーっ!!」


 被告席にいるすべてのものが平伏し。


「まあ、そんなご立派な方が」


 後ろの方で、玉楊がのんびりと感嘆し、頭を下げた。

 裁官に紹介されて自分の名乗りを上げるタイミングがなくなったからか。

 得さんはぽりぽりと後ろ頭を軽く掻き毟り、ボヤく。


「ここは俺がもろ肌を脱いで『この桜吹雪の肩痣に、見覚えがねえとは言わせねえ!』って決める段取りだっただろうが?」

「失念しておりました」


 恭しく、裁官は謝罪した。

 居並ぶ面子を前に、得さんこと犀得(せいとく)は告げる。


「どうやら次の角州公爵は、親父の後を継いで俺がやることになっちまった。親父もいい加減に歳だし、膠原病(リウマチ)がキツイらしくてなあ。早く隠居したがってるってなもんよ」


 本来、一部の州を除いて州公の地位は世襲ではない。

 毛州の素乾氏(そかんし)と、翼州(よくしゅう)の塀氏(へいし)だけが、永代に公爵を継承世襲できる家柄なのだ。

 しかし功績の高い優秀な子弟が公爵の親族にいるなら、特例として跡を継ぐこともできる。

 国を揺るがした先の大乱で軍功一等を争った得さんは、その条件に合致しており、州の議会から異論の一つも出なかった。

 ために、父の爵位を襲名する栄誉に与ったのだ。


「戸籍係の、三男坊とおっしゃられていたのは……」


 平伏したままの巌力が、笑いをこらえながら言う。

 その疑問に、得さんはあっけらかんと答えた。


「州公なんざ、やってるこたあ人の数と税の管理でしかねえだろうが。戸籍係の親玉みてえなもんよ」


 嘘は言っていないと、堂々とした態度であった。


「それは、くくっ、その通りにござりますな」


 こらえきれずに巌力は吹き出し、大きな体を小刻みに揺らした。

 ニヤケ顔から、少しだけピシリと威厳を正し、得さんは司祝門の長官の頭上で言い渡した。


「俺と巌さんが暴れた補償は、過不足なくきっちりやってやる。しかし、てめえの後ろ暗いところが誤魔化せると思うんじゃあねえぞ。他の州に舐められねえよう、キッチリと隅から隅まで調べ尽くしてやらあ」

「ぎょ、御意ぃ……!」


 泣きそうな顔で長官は何度も叩頭した。

 未来の州公ということは、この角(かく)と呼ばれる半島の地にあって最も尊貴な存在である。

 逆らえるものなどいようはずもなく、長官も、関係者たちも、うなだれるしかなかった。

 なによりあの除葛姜の右腕として、地獄の戦火を潜り抜けた英傑、生きる伝説の一人なのだ。

 長官は自分や逃げた法師集団の未来を想像し、その絶望の予感に涙を流した。

 しかし、不遜にもまだ顔を上げ続ける人物が、ただ一人だけいる。

 ずっと本名を明かさない、尾州からの使者である。

 なるほどと納得した顔で、男は軽い世間話と質問を口にした。


「前の戦(いくさ)んとき、あんさんを遠くから見たわ。その足の怪我はどないしてん?」


 男の記憶の中では、得さんは四肢五体も満足頑健な、文字通りの猪武者であったのだろう。

 彼らが敵だったのか味方だったのか、利害のない無関係同士だったのかは、わからない。

 肩を竦ませ苦笑いして、得さんは答える。


「尾州の都攻めで、膝に矢を受けちまってなあ。もう前線は無理だとてめえでも思ったもんで、州公に収まるのも天命かと受け入れたのよ」

「さいでっか。ま、お気張りなされや」


 ふてぶてしい台詞を残し、尾州の男は衛士たちに連れられて行った。

 この先、過酷な尋問がその身に待っていることだろうに、少しも臆することはなかった。


「尾州の連中はどいつもこいつも、根っから厄介でややこしいんだよなあ……」


 得さんも先行きが楽ではないことを予感し、大きく息を吐いて天を仰いだ。

 貴人に対する失礼を覚悟して、敢えて巌力は聞いた。


「もしも敵が、姜帥(きょうすい)であったならば、公子殿下はいかがいたす」


 巌力は半ば、確信に近い推測を持っている。

 自分たちを、後宮に行った麗央那をこれだけ振り回せる人物は、除葛姜しかこの世にはいない。

 いつか、姜と対決する必要がある、その日は必ず来るのだと。

 その質問を、まるで待っていたかのように。

 得さんは、安居酒屋で最初に会ったときのような爽やかな、実にいい笑顔で、こう言ったのだった。


「あんなに面白い遊び相手はいねえ。横で働いてた俺が一番、誰よりもよく知ってらあ」


 春を前にした清涼の空のように、桜の花びらが舞い散る庭のように。

 得さんの笑顔は華やかで明るく、微塵の陰りもないのだった。


「玄霧(げんむ)どの、麗女史、やれるかぎりのことはやりましたぞ」


 翠蝶(すいちょう)に呪いをかけた怪しい祈祷師集団は、すでに角州を離れてしまっている。

 しかし、全力で追加調査をすると得さん、もとい猛(もう)公子は約束してくれた。

 後宮から遠く離れた、角州の地。

 州都である斜羅の港街から、事件の重要な証拠と手がかりを手に入れることができたかもしれないと、巌力は充実感で胸の中を満たしていた。

 麗央那と玄霧のいる中央、河旭(かきょく)の皇都に重要な情報を届けることができるのだ、と。


「お疲れさまでした、巌力」

「はっ、ありがとうございまする、玉楊さま……」


 大きな巌力の肩に、小さな玉楊の掌が乗せられる。

 柔らかく、優しく、温かいその感触に、巌力は心地良い涙を流すのだった。 

 


                (甲の巻 暴れん坊公爵と肉山の巌さん・完

                              乙の巻へ続く)

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