第94話: 後輩女神「パイセン、それはマズいっすよ、任せましょうよ、ね?」



 2コマ完結がごとく、千賀子の警察署行きはすぐに解散の運びとなった。



「いやあ、御迷惑をおかけしました」

「いえいえ、御気になさらず。千賀子様も災難でございました」



 なんでかって、テレパシーを使って2号から道子に連絡を取り、道子家と契約している弁護士の1人を警察署に派遣してもらったからだ。


 その弁護士……彼女はとても若々しい、千賀子の目から見ても美女だと断言するぐらいの風貌で、優しげな笑みが印象的であった。


 彼女は、若くしてその肩書きを得るだけあって、とても優秀であった。


 狼狽し不安に思っているであろう千賀子の家族に電話したかと思えば、その後すぐ、千賀子が変わった時にはとても落ち着いていたのが声だけでも分かった。


 少しばかり話を詳しく聞けば、どうやら話を聞いた彼女はすぐさま千賀子の家族に連絡を取り、家にいるようにと落ち着かせていたようだ。


 だから、家族の誰もがこっちに来なかったわけだ。下手に両親が来ていたら、それはそれで揉め事になっていたかもしれない。


 そんな彼女の肩書き(バッジ)のパワーは実に強く、丁重に扱われながらも冷たい目で見てきた警察官の態度がガラリと変わった。


 あまりにも露骨過ぎる態度に千賀子の頬は引きつったが、あまり考える必要はないだろう。


 相手の肩書によって対応を変えるのは、何時の時代も、公務員であろうとなかろうと、変わらない。


 実家に住んではいない住所不詳で無職の女の戯言よりも、キッチリした資格を持つ人物を信用するのは、当たり前のことであった。


 もともと、千賀子を署に同行させるだけでもかなり無理筋な話だったらしく、彼女が少しばかり前に出れば、あっさり千賀子は解放された。


 そして、その弁護士の彼女より自宅に送ると言われたので、彼女の運転する車(車種は知らない、くっそ高そう)に乗って、すぐ。


 具体的には警察署を離れ、交差点を曲がって……完全に警察署からは確認出来ない位置に来たあたりで。



「……あ~、失敗したな~。まさか、あそこまで強行に来るとは思っていなかったな~」



 思わず……といった様子で、千賀子はグッタリと座席に背中を預け、愚痴をこぼしたのであった。



「……まだ詳しくは聞いていないのですが、なんでも揉め事が生じたので、先方に単身乗り込んだという話ですが、事実なのですか?」

「事実だよぅ……大事にしたくないから、出来るなら私だけで場を治めたかったけど、上手くいかなかった」

「……厳しい言葉だと思いますが、それはあまりに軽率だと思います」

「うん、それは、そう」

「以前から貴女様のことは同僚や上司からお話を受けておりましたが、そのうち取り返しのつかない事になりかねませんよ」

「何も言えない、面目ない」



 彼女の言葉に、千賀子は否定せず頷いた。



「……どうして、先に道子様や、いいえ、道子様以外の、大人や他の弁護士に相談しなかったのですか?」



 その質問が出たのは、信号が赤になって車を止めた時であった。既に夜も更けているせいで、他に走っている車はほとんどなかった。


 右肩上がりに経済成長を続けているとはいえ、この頃は現代よりも車を所有している人が少ない。都心部でも、夜は中々静かなものである。



「さあ、どうしてだろうねぇ」



 それに対して、千賀子は言葉を濁して答えなかった。


 彼女の言うことは、もっともである。


 今回の千賀子の行動は、あまりに軽率であった。


 本当に底抜けにヤバいやつというのは、実際に遭遇しないとそのヤバさを実感出来ないものだが、それを差し引いても千賀子のやり方は悪手である。


 携帯電話なんてまだまだ生まれてすらいない、この時代。


 分身を用いて連絡を裏で取れるからこそ千賀子はすぐに釈放されたが、普通は外部との連絡なんて全く取れなくなるし、取らせない。


 自白を強要されても泣き寝入りするしかなく、現代のような個人情報保護なんて考えも全く無いから、余計に扱いは悪くなる。


 まあ、扱いが悪くなったのは、学生運動とやらで何人もの警察官や機動隊を負傷させているという前提があるから、対応が厳しくなっているという面はあるけど……っと。



「……実はこう見えて私は、仕事柄人間観察を意識的に行っておりまして、けっこう当たると皆様方から評価されているのですよ」

「え?」

「こういう仕事をしていると、よくあるわけですよ。依頼を受けてもらいやすいように、都合の良い事しか言わないお客様がね、多いのですよ」

「……はあ、そうなんですか」

「はい、それでですね、千賀子様と顔を合わせてから小一時間と経ってはおりませんが、それでも、色々と見えてくるモノがありまして」

「はあ……?」



 信号が切り替わり、車が走り出すと同時に、前触れもなくいきなりそんな話を始めた彼女に、千賀子は目を瞬かせた。



 ……想像してみれば、まあ、彼女の言わんとすることは想像出来る。



 自分に非があると分かっているうえで弁護を受けてもらおうと思ったら、都合の悪いところは隠すしかない。


 もちろん、事前の話と違うとなれば、弁護士側から断るが……それで、だ。



「千賀子様。突然の事ではありますが、いくつかお話させていただいてもよろしいでせようか? ちょっと、今を逃せば後が大変だと思いまして」

「はい?」

「道子様のためです、少しばかり付き合ってもらえますか?」

「……???」



 また、唐突に話を切り出された。とはいえ、道子のためと言われたら、あまり断る理由にはならない。



「……うん、まあ、そこまで畏まって言われると、身構えちゃうよ……いいけど、なんなの?」

「では、千賀子様……答えたくないのであれば、答える必要はありませんし、無視してもかまいませんので……いいですか?」

「いいってば」



 ずいぶんと勿体ぶるね……そう思いつつも、気楽にしていた千賀子だが。



「千賀子様は、どうしてそこまで自分のために他人を蹴落とすことを怖がるのですか?」

「──え?」



 そう、まっすぐに……いくつか想像していたモノとは違う、まったく思ってもみなかった質問に、千賀子は身体を起こし──。



「どうして、自分の意志を前に出すことを怖がるのですか? 貴女が引いたところで、誰も貴女の意志を理解も尊重もしてくれないのに、なにを怖がっているのですか?」



 ──続けられた問い掛けに、千賀子は……しばしの間、目を見開き、唇を震わせることしか出来なかった。



 この時、千賀子の脳裏には、様々な記憶、様々な感情がグルグルと動いていた。


 けれども、それを言葉に出すことはできなかった。


 何かが声となって出ようとはするものの、見えない壁でせき止められてしまっているかのように、喉から外へ出ることはなかった。



「初対面の相手にいきなりそんな事を聞くのか……たぶん、そんなことを考えていますね、その通りですか?」



 そんな千賀子を他所に、彼女は……苦笑しつつも、その目は真面目に、千賀子を一瞬ばかり見やった。



「初対面でないと駄目なんですよ、貴女は。こうして改めて貴女の反応を見て、それがよく分かりました」

「……どういうこと?」

「だって、貴女は情が深いから。情を移していない今なら、私の問い掛けにそこまで傷つかないでしょう?」



 そう、彼女は言葉を続け……ふと、待てよ、と考えを改めた。



「深いというよりは、ある種の依存なのかもしれませんね。それを、貴女は無意識に理解しているから、常に予防線を張っている……違いますか?」

「いや、いやいや、そんなわけ──」

「では、私の名前を言えますか?」

「え?」



 言われて、千賀子は目を瞬かせた「──言えないでしょう? 覚えると、貴女はすぐに情を移してしまいますからね」が、彼女は構うことなく、話を続けた。



「家族は、当然。明美様や道子様もまた、同じ。取引をする相手ならば、そう言い訳をして覚えられるでしょうが……それ以上を、踏み込まない、踏み込ませない」

「……いや、それは、私があんまり社交的な性格じゃないから」

「はい、だから、まったくの無関係な相手ならば、貴女は心の中で一線を引いて対応出来る。けれども、既に情を移してしまっている相手となれば、貴女はもう強く出られない」



 再び──車が、赤信号で止まった。



「そう、貴女は自分が傷付く方が楽だと思う性質なのでしょう。他人と言い争うより、自分が我慢して事を流してしまう方が楽だと思っている……いえ、楽というのは、少し違いますね」



 そこで、彼女は……どことなく困った様子で、笑みを浮かべた。



「貴女には、矜持が無いのです。生きたい、死にたくない、それを除いてしまえば、貴女の中には揺るがない柱が無い。だから、侮辱的な態度や言葉をぶつけられても、貴女はそれに反発するだけで怒りをぶつけることができない。だって、通り過ぎてしまうから」

「…………」

「瞬間的に強い怒りを覚えても、すぐに気持ちが切り替わるのは、柳のように受け流しているのではありません。空洞の中を反響しただけで、結果的に芯に響いていない。ただ、それだけ」

「…………」

「そんな貴女が、1人で先走った理由は二つ」



 一つ、『おやっさんの身内だから、弁護士などを伴って喧嘩腰にしたくない』から。


 二つ、『情を移している道子様たちの手を、自分の事で煩わせたくない』から。



「……違いますか?」

「……それは、その、ほら、迷惑になるとか考えたり……ていうか、私の方からお願いすることだって──」

「それは既に、道子様たちに『貸し』を与えていると貴女様が思っているからでしょう。言うなれば、先日ジュースを奢ったから、今回はジュースを奢ってね……といった感じですかね」



 それでも──彼女は、チラリと千賀子を見やった。



「先に、貴女の方からです。何事も、貴女が与えてからになります。与えてからでなければ、貴女は御友人にお願いすることすらできない……違いますか?」

「それは……」

「だから、貴女は情を移した相手には悪気なく際限なく与えようとする。まあ、全てが全てそうではないし、色々とそうなる理由があったにせよ、そういう傾向が貴女にはあるということです」

「…………」

「それに、貴女は見た目の良さが原因で、それを改善しなくともなんとかなってしまうのも……まあ、こっちは仕方がないか」

「ま、まだあるの?」

「ありますよ、そりゃあね」



 言い返そうと思って……思ったのに、千賀子は何も言えなかった。思い当たる節が、色々とあったからだ。



「貴女は、『薔薇』のような人だ。ただそこにいるだけで良い事も悪い事も惹きつける。何もしていなくても、世界が貴女を放ってはおかないでしょう」

「…………」

「でも、言い換えたら、貴女は何もしていない。ただ、成り行きに身を任せているだけ。風が吹く度に傾いては跳ね返るだけで、貴女はそこから一歩も動けていない」

「…………」



 次から次に掛けられる彼女の言葉に、千賀子は何も言い返せなかった。


 責められているわけでもない。咎められているわけでもない。


 ただ、客観的に事実を語られた、それだけ。


 まあ、質問というには、些か言い過ぎなところがあるかもしれないが、それだけ。


 それだけなのに、千賀子は……まるで、サボりを注意されている子供のような気持ちになってしまった。


 色々と言い返したい気持ちはあるのに、言い返したが最後、3倍にも4倍にも返ってきそうな、そんな気配を彼女から感じているから、余計に。



「──結局のところ、貴女は臆病なのです。そして、面倒臭がり屋だ」



 そんな千賀子に、彼女はハッキリと告げた。



「自分だけの私利私欲で他人を動かすことに抵抗感を覚える」

「周りが理由を作ってくれないと、動けない」

「誰かが望んだ事だからと、そうしないと踏み出せない」

「情を移した相手が悲しむからと思わなければ、手を伸ばせない」

「私には、貴女がそういう人間に思えます」



 それらの言葉は……どういうわけか、思わず胸を押さえてしまいたくなるぐらいの、締め付けられるような苦しみを千賀子に与えた。


 何故ならば、事実だからだ。


 改めて言葉にされた千賀子は、それらを何一つ否定出来なかった。だって、思い当たるところが多過ぎるから。


 そして、それは……千賀子にとって、いや、千賀子になる前の己に対しても言われているような気さえした。


 そう、そうだ、そうであった。


 己が千賀子になる前の己も、そうだった。


 けして誇れる人間ではなかったし、全身全霊を打ち込んで何かに没頭したこともなく、のらりくらりと生きてきた人間であった。


 成績を出せば、将来の選択肢が増えるから。


 特に目的があったわけでもなく、そうした方が良いという社会常識の中で、漠然と、不幸にならない選択肢を選ぶために努力はしていた。


 友人は、居た。けれども、自分から声を掛けたわけではない。


 ただ、クラスが同じで、流れで友人となった。だから、学校を卒業したりしてクラスが離れてしまえば、そのまま関係がフェードアウトした。


 社会人になってからも、似たようなものだ。


 幸いにも、仕事はこなせるだけの頭と身体をもって生まれていたし、病院のお世話になることもなかった。


 夢があるわけでもなく、好いた女性も……いや、好きな女性はいたけど、自分から声を掛ける勇気がなく、好きなだけで──っと。



「到着です。もう夜も更けておりますし、御家族への詳しい説明はまた明日にしましょう」



 考えているうちに、車は自宅の前に到着していた。


 たしかに、すっかり夜も更けている。色々あって千賀子は疲れているし、家族もみんな気疲れしているだろう。


 玄関の電気は消えているが、光は見える。まだ、起きているようだ。


 千賀子から説明するにしても、彼女から説明するにしても、みんなヘトヘトな状態で聞いたところで頭に入らないかもしれない。


 そう、納得した千賀子は、先に降りて扉を開けてくれた彼女にお礼を伝えると、促されるがまま車から降りた。



「──最後に、



 直後、声を掛けられ──振り返った千賀子を見つめる、彼女の……そう、己よりもはるかに大きなモノから、微笑まれたような気がして、思わず千賀子は息を止めた。



「思い出して、貴女にとって大切だった祖父の言葉を。貴女に掛けた祖母の言葉を。御両親の言葉を。そして、かつての貴女の姿を」

「え?」

「誰かにとっての善人は、誰かにとっての悪人なのです。万人にとっての善人などこの世には存在しないし、万人にとっての悪人もまた、この世には存在しないのです。結局のところ、多いか少ないかの違いでしかないのです」

「…………」

「生きるということは、奪うということ。いかなる聖人君子であろうとも、奪わずには生きられない。私から見れば、そんなに嫌ならば、グダグダ屁理屈を捏ねずにさっさと首をくくるか手首を切れば良いのに……とすら、思います」

「……っ!」

「そんなの、誰だってそんな事をしたくはないし、死にたくないだろう……そんな顔をしておりますね」



 あんまりと言えば、あんまりな言い草に、千賀子はムッと顔をしかめた──だが、彼女は気にした様子もなかった。



「死にたくない、でも都合よく生きたい。奪いたくないけど、快適に過ごしたい。行動に責任を持ちたくないけど、誰かと関わっていきたい──その気持ちは、とても分かります」



 けれども、だ。



「私は精一杯我慢しているから仕方がない、生きるために最低限しか奪わない。だから、なんなのですか? 奪うことには変わらないでしょう? そんなのは奪われる側からしたら何の違いもありませんよ、善人のつもりですか、白々しい」

「……では、開き直ればいいと言うんですか?」

「はい、そのとおり。開き直れば良いんですよ。だって、生きるということは、戦うということですから」

「え?」

「戦わずに生きられる世界じゃないのですよ、この世界は──いえ、どんな世界であれ、生きるためには戦うしかないのです」



 思わず目を見開く千賀子に、彼女は朗らかに笑った。



「今の貴女は、戦ってすらいません。安全な家の中にこもって、気が向いた時だけ手を出しては引っ込むだけの──ほら、前世の職場にもいたでしょう? 半端に場を引っ掻き回して余計な手間ばかり増やして、そのままパッといなくなっちゃう人……今の貴女は、そんな感じの人です」

「そ、そこまで言われるほどでは……ん?」


 あれ、ちょっと待って、今この人……? 



 違和感を覚えたが、違和感の原因が分からず「ん? ん? ん?」困惑する千賀子を尻目に、彼女は──ふと、真顔になった。



「あ、やっべ」

「え?」

「パイセン、そんなに不機嫌にならなくてもいいじゃないっすか、千賀子ちゃんの元気な姿を見たいって言ったのはパイセンじゃ──いっだぁ!?」

「え? あ、ちょ、女神様!?」



 フッと気付いた時にはもう、何時の間にか背後に姿を見せていた女神様が、その長い腕を伸ばして、彼女の頭をわしづかみしていた。


 しかし──それだけであった。


 それだけで済んでいる事に、千賀子はギョッと目を瞬かせた。


 何故なら、女神様は確かに『力』を使っているし、ただ掴んでいるだけではないのが一目で分かったから──なのに、彼女は無事である。



「あんた、何者なんだ!?」



 思わず彼女から飛び退いた千賀子に──顔をしかめつつも、平気な様子で女神様の腕から逃れた彼女は──ニッコリと、笑った。



「ランクNな女神様です、具体的には女神様(仮)みたいなものでしょうかね、1000兆年ぐらい前は、人間をやっていたっけかな?」

「はい???」

「まあ、それは置いといて、貴女の背後にいる女神様はランクURの女神様(本家)みたいなもので、私はパイセンの後輩になる感じですね、はい」

「?????」

「ああ、意味を理解しなくても大丈夫っすよ。パイセンからお願いされたから様子を見に来ただけで、もう顔を合わせる事はありませんから」


 ──それじゃあ、バイバイ。



 その言葉と共に、フッと眼前の彼女は消えた。


 姿だけでなく、今しがた乗っていた車も消えて、夜の暗闇と見慣れた景色と、嗅ぎ慣れた臭いだけが千賀子の眼前に──っと。



『 ──生きるってことは、誰かから嫌われるって事でもあるんすよ、千賀子ちゃん── 』



 困惑するばかりの千賀子の脳裏に、その声は響いた。



『 ──何をしたって貴女を嫌う人は現われますし、何をしたって貴女に消えて欲しいと思う人も現れます── 』

『 ──そんなもんなんすよ、生きるってのは── 』

『 ──だから、戦うんすよ、生きるために。貴女が貴女として生きるためには、戦って勝ち取るしかないんすよ── 』

『 ──ナメてきた相手には、ぶん殴って奥歯砕くぐらいでいいんすよ。ナメてきた相手が馬鹿なだけで、馬鹿な相手を殴って黙らせただけなんすから── 』

『 ──でも、怖がるのは駄目っすよ── 』

『 ──それは優しいじゃなくて、ヘタレなだけっすから。ナメてきた相手になあなあで自分を誤魔化すのは、優しいんじゃなくて腰抜けなだけっすからね── 』

『 ──自分のために、自分を愛してくれた人たちのために、時には拳で黙らせ、顔の形が変わるまでボコボコにするのが、生きるってことなんすよ── 』

『 ──あ、やっべ、パイセン、ちょ、待って、最後のぉ! 最後のアドバイスだから、ちょ、あっ──アァ──ッ!! 』



 ……悲鳴とともに、声は消えた。



 振り返れば、フンスと鼻息荒い様子の女神様が、千賀子の目にも分かるぐらいにプンプンと苛立っていた。


 ……。


 ……。


 …………それを見て、なんだか千賀子は……フフッと笑みを零した。


 それは、けして大きな笑い方ではない。むしろ、思わずポツリと零してしまったかのような、そんな笑みだった……が。



(そっか……女神様だって怒る時はちゃんと怒るんだ……それが、当然のことなんだ……)



 その瞬間──千賀子は、この瞬間まで気付いていなかった……己の、心の手足に繋がっていた鎖が、静かに外されたような気がした。


 それで、別にナニカが変わったわけではない。


 身体が軽くなったわけでもないし、心が浮き立つわけでもない。前世と変わらない己が、前世と変わらずそこに在るだけ。


 ──けれども、それでも。



「女神様」

 ──はい。

「さっきの、女神様の後輩ですよね?」

 ──はい、ヤンチャな後輩です。

「その後輩さんが、弁護士のフリをして私を開放してくれたわけですけど、ソコの所、どうなっているんですか?」

 ──色々と帳尻は合わせました。

「そう、ありがとう、女神様。あと、明日なんだけど」

 ──はい。

「全力で殴り返しに行くんで、女神様はあんまり手出ししないでくださいね」

 ──(=^ω^=)キリットシタカオモカワイイヤッター

「あっちが人間の流儀で奪い取ろうとするなら、こっちはこっちの流儀で殴り返してやんよ……始めたのは、あちらさんだしね」



 千賀子は生きていくために、芽生え始めた尊厳を守るために、その拳で戦うことを選んだのであった。





―――――――――――――――――――――


※ ようやく、千賀子は自分の意思で殴り返すことを思い出しました

  現代人特有の呪いの中で育ったからね、仕方がないね



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