第69話: 根本的なケチ臭さは前世からの付き合い
──祖父の死から時が流れ、1967年の9月半ば。
働かなければ、その死を嘆く余裕も生まれない。なのに、そうして身体を動かしていれば、自然と悲しみが和らいでゆく。
個人差はあれど、人は受け入れる事が出来る能力を有している。また、悲しみに限らず、強い感情というのは心のカロリーを消費する。
残酷な話だが、悲しむことに身体も疲れてしまう。だから、人は感情を過去にすることが出来る。
それは、千賀子とて同じこと。
葬儀が終わってすぐは、仏壇にしか祖父の姿を見る事が出来なくて、とても悲しかった。
けれども一週間、二週間、三週間、四週間と過ぎれば、ざわついていた心も少しずつ落ち着いてくる。
悲しみも苦しみも消えたわけではない。消えたわけではないけど、ちょっとずつ他の事へと目を向けられる余裕が出てきた。
「……環境保護? わざわざ山三つを使って?」
「うん、お爺ちゃんとの思い出のこの景色を、あまり変えたくないから」
で、そうして、ようやく前を向き始めた千賀子が最初に取り組んだのは、所有している山に神社を建てることであった。
まあ、神社とは言っても、社も何も無い。御神体代わりの石碑と、手作りの鳥居を設置しただけの、簡素なモノだ。
これを神社と言い張るのは、いろんなところから怒られそうだが、女神様が全く気にしていないので、千賀子はコレを神社と定めた。
目的は、東京から全国へと波及しつつある、建設ラッシュ……特に、山を切り崩して建てる分譲型マンション建設を断るための、ちょうど良い言い訳を作るため。
……いきなりで困惑する人のために、順序立てて話をしよう。
まず、なんでそんな事をするのかって、それは千賀子が所有している土地……つまり、『山』が原因だ。
内容は、土地のセールス。
兎にも角にも『マンションorホテルを建てませんか?』とか、『余っている土地を売ってくれませんか?』とか、話を持ちかけてくるセールスマンがしつこくて堪らないのだ。
と、いうのも、先述の通り。
1960年代(特に、後半)のこの頃は、東京オリンピックの影響もあって、とにかく分譲マンションの建設ラッシュ。
現代の感覚とは違い、この頃のマンションというのはある種の庶民の憧れ、最先端の建物であるから、人気が集まっていた。
もちろん、理由はそれだけではない。
単純に、一軒家を建てるよりも安く、同時に、当時としては最先端の家電がマンションには装備されているというのも、理由の一つであった。
また、反対に、そういうマンション需要を逆手に取った、不動産関係による『
『原野商法』とは、原野などの価値の無い土地を、さもこれから高値が付きますよと騙して売りつけるビジネスである。
ゆえに、説得感を持たせるための嘘で固めやすい土地は、そういった不動産者にとって喉から手が出るほどに欲しいのだ。
千賀子を、無知で世間知らずなガキと思って動くのも、不本意ながら納得出来てしまうことだった。
なにせ、この頃のセールスは現代よりもはるかにルールが緩い。
罰則など有って無いようなもので、現代とは違いインターネット(それに準ずるモノも)など無いから、いくらでも悪評を誤魔化せた。
ぶっちゃけると、市を一つ、県一つ跨いだら、それでなんとかなる時代であった。
なので、そういう輩は悪評など気にもしない。断っても断っても、あの手この手で近付いてくる。
泣き落としなんて可愛いもので、下校中に囲んで威圧的な説得を行う者や、酷い者だと家の前で待ち構えて押し問答になることすらあった。
これには、さすがの千賀子も辟易して嫌になった。
ただでさえボッチなのに、これでは更に孤立して……いや、まあ、現在の学校は不純異性交友とかが多発して大問題になっているらしいので、ボッチでも目立っていないけど。
なにせ、人気者だった滝田くんも、彼女を妊娠させたとかどうとかで学校に姿を見せなくなったし……話が逸れたので、戻そう
──とにかく、だ。
神通力で誤魔化すにしても、これ以上『秋山商店』に迷惑を掛けられるのは不本意である。なにかしらの対応が必須である。
だから、神社を使うことにした。
あ、言っておくが、『神社』ではない。
この頃でも『神社? だから?』と言う人は居るけど、同時に、『神社があるのか……』と尻込みしてくれる信心深い人もいる。
女神様からも、『え、いいよ❤』と許可を貰ったので、千賀子はそれを盾にすることにした。
……それでも来るやつはもう、仕方がない。
神通力を用いて、2週間以上下痢が止まらなくなるような仕返しを与えた。だが、そのうえでまだ姿を見せに来るのだから、悪い意味で脱帽である。
まあ、中には『お爺さんとは、前向きに話を進めておりまして……』と大嘘を吐いた男がいたけど、そいつに関しては、千賀子は知らない。
言葉とはいえ、一線を超えた者に対して、千賀子は優しさも憐憫も容赦も与えなかった。
……言っておくが、殺したわけではない。
ただ、その者の自宅を特定し、男が着ているシャツと同じヤツを用意して着用し、それを男の顔に投げ付けた。
その際、千賀子はわざと汗をたっぷり掻く運動をして、本気のフェロモンをタップリ浸み込ませたやつを、使用した。
タイミングは、その者が会社の人や友人やら、とにかく誰かと一緒に居る時だ。
神通力による御業によって、誰に投げ付けられたのか、どこから飛んで来たのかが分からないようにした状態で……後はもう、酷い有様だ。
具体的には、射精する。頭が認識する前に、腰を強制的に抜けさせる。
傍から見れば、傍の同僚なり友人がいきなり公衆の面前で射精して腰を抜かしたようにしか見えず……しかも、その顔にはあきらかに異性の匂いを放っているシャツが。
……悪評を、気にしないのでしょう?
それが、この仕返しに対する千賀子の感想である。
なお、この男は後日、何食わぬ顔でまたやってきたのだが、『公衆の面前であのような変態行為をする人に……』と言えば、顔を真っ青にして逃げて行った……で、だ。
「それに、これから先、河川とかどんどん汚されていくだろうし……それに、ほら、ニュースになっていたけど、今って公害の訴訟が次々起こされているじゃん?」
「ああ、そんなニュースが流れていたわね」
公害とは、経済活動によって生じる、相当範囲にわたる大気・水質・土壌の汚染を始めとして、大多数の人々の生活に被害をもたらす……という感じの定義がなされた社会的災害の事である。
この頃(1967年)は原因不明だった様々な公害の原因が判明した事もあって、それらを生み出した工場や企業などを訴訟する人が続々と現れていたのだ。
なお、これから数年後の1970年代には、新たな公害として『光化学スモッグ』が問題視されるようになるのだが……で、だ。
「日本全国は無理だし大変だけど、地元の自然ぐらいは昔ながらのままで居てほしいなあと思いまして」
前世の知識から、そういう事も分かっていた……それもまた、千賀子が自然保護を考える後押しになったわけである。
「あ~、前世の現代はそうだったわね、本体の私」
「うん、仕方ないと言えば仕方ないけど、カエルの声とかホタルとか……子供の頃にあった光景が無くなるのは、寂しいよね」
「そうね、日本全国無数にある山々の内の三つぐらい、そういうのがあっても良いわね、本体の私」
ひとまず、『山』の件はこれで一旦終了として……次に、2号は『賽銭箱』のお金をどうするのか尋ねてきた。
そう、現状、新たに気にしなければならないのが、このお金の使い道である。
なにせ、女神様が用意した代物だ。
こういう事に関して女神様が機嫌を損なうことは無いだろうが、なにか妙な勘違いをして事態をややこしくする可能性が極めて高い。
そうなる前に、適度に使った方が良いと思う。
というか、この世界が千賀子の前世と似たような軌道を辿れば、急激な経済発展の歪みがあらゆる場所から噴き出して来るだろうし……使い道はこの先どんどん出てくるだろう。
「……とりあえず、経済の方は私にはちんぷんかんぷんだし……なら、自然保護の方が良いかなって。今後も放置されて売りにも出せず困っている土地とか買って行こうかな……と、思っているわけですよ」
なので、千賀子はまず、そんな事を考えたわけ……なのだが。
「言いたい事はわかったけど、他になにか無いの? 不動産王でも目指すつもりなの、本体の私?」
何千億以上の金を持っているのに、(この頃の感覚では)目的不明で土地を買い漁るだけの存在……客観的に見たら、これ以上ないぐらいに恐ろしい存在である。
「いや、今のところ、他に使い道が思いつかないし、そっちを目指しているわけでも……」
「分身である私が言うのもなんだけど、本体の私、とりあえず大金の使い道を土地から離した方が良いと思うわよ……いや、自然の保護は大事よ? 大事だけど、それだけじゃないでしょ?」
そう言われても……いや、薄々分かってはいるけど、千賀子は困ったように頭を掻いた。
「でも、大金を使えって言われても、他にどう使うの?」
「え、そりゃあ……船とか、車とか?」
「私、免許持っていないし、そもそも船に興味ないし。車だってワープ使えば良いし、今の車ってカーナビ付いていないし、AT車が無いし……」
「言われてみたらそうね。使い道の無い物を二つも三つも買っても邪魔だものね」
「そう思うよね、だから思いつかないの」
「じゃあ、高級品とか買ったらいいじゃない。黒毛和牛とか、そういう美味しいやつとか」
「食品に関しては、『神社』で手に入るやつの方が滅茶苦茶美味しいから、わざわざ味の劣るやつを買うのは……ていうか、そっちはもう間に合っているんだってば」
「なら、宝石とか美術品とか買えばいいじゃない」
「私、宝石は透明な石ころにしか思えないし、美術品も値段以外には関心が無いタイプだから……」
「分身である私が言うのもなんだけど、本体の私はアレね、根っこから金を使えないタイプの人間なのね」
「そう言われてしまえば話が終わるじゃないか……なにか良い案を出してよ、2号もさ」
その言葉に、う~ん……と、2号は考える。
「……外国の土地とか買ってみたらいいんじゃないかしら?」
「いや、土地から離れろって言ったのは2号じゃん」
ムムッと不機嫌を露わにしたら、2号もふふんと機嫌を悪くした。
「そう言われても、私は本体の貴女の分身よ? オツムの出来も、本体の貴女に準じているわけだし、私に相談するのが間違いでしょう」
「それは、そう。でも、こんなことを相談できる相手って、分身である2号とか3号とか居ないじゃん」
「それ、見方を変えたら鏡に向かって独り言呟いているのと一緒よ、本体の私」
「うっさい」
一言で切り捨てた千賀子は……そのまま、2号の提案を考える。
土地に関して、千賀子が海外の土地を考えないのは、前世の記憶が関係している。
それは、前世のバブル景気において、日本人が外国の土地を買い漁り、相当な不満や敵意を生み出してしまったという事実。
結局、最終的には法律の違いやバブル景気が弾けたことで売却され、ほとんどの土地は手放されたが……この混乱で、現地の人達に対して多大な影響をもたらしたのも、事実である。
正直、大して価値が無いと思われる山を持っているだけで、色々と面倒事が発生したわけだし、これで日本よりもはるかに物騒な海外の土地ともなれば……と、尻込みしているわけだ。
「なら、食べ物買いまくって配ったら?」
「産業を破壊してしまう行為は嫌かな」
「東京の店で似たような事をしていたじゃないの」
「あれはお店の中で完結していた小規模だから良いの! そっから販路を広げようとはしなかったでしょ」
「言われてみたらそうね、本体の私」
「それじゃあ、芸能界とかそういう世界に出資でもしてみたら?」
「芸能界は……前世で、関係者の人からすっごい失礼な態度を取られたから、正直なところ、泡銭だろうとお金は出したくない」
「そう言えば、そうだったわね」
あーでもない、こーでもない。
しばしの間、言い合う二人。
けれども、結局のところは同一の存在(片方は分身だけど)なので、妙案など早々に思いつくわけもなく。
今は思いつかないので、『臨機応変に思いついてから決めよう』という、要は行き当たりばったりな結論に至ったのであった。
……。
……。
…………で、どうしたものかと悩みつつも、けっこう気楽に考えていた千賀子だが……トラブルは、思いもよらない方向からやってきた。
『──どうしよう、千賀子。道子にはちょっと、相談できなくて』
それは、少し時は流れて10月入ってすぐ。残暑も過ぎ去り、長袖を着る者が増え始めた頃。
『このままだと、一家離散するかも……』
それは、明美からのSOSの電話であった。
『ボイラーぶっ壊れちゃって、新調しないと駄目みたいで……』
内容はまあ、女子高生に聞かせても手に余り過ぎる話であった。
『建物自体も老朽化が進んでいるとかで、どうしよう……うちに、そんなお金無いよ……』
千賀子としては。
(……世話になっている友達の頼みだし、何億ぐらいでボイラーって新しく買えるかな?)
こういう時のための『賽銭箱』じゃん、と思ったわけである。
────────────────―
※神社の物資について
『神社』で得られる物資はもう個人消費を諦めたので、毎日とんでもないペースで増え続けている。
たぶん引っ張り出したら東京ドームをいくつもパンパンにしてしまうぐらいの量になっているかもしれない。
仮にこの物資を市場に出せば……さすがに日本全体ならともかく、地域経済を破壊してしまうのは間違いない。
なお、千賀子の懸念通り、本当に千賀子が何も考えずにこの商品を神通力パワーでゴリ押しして売りさばけば、日本の一次産業(特に、畜産)は壊滅的な被害を被っていただろう。
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