第59話: うんのよさ先輩休暇中の結果
色々あったけど、ひとまずテイトオーのトラブルを終えた千賀子だが……二度あることは三度あるということわざがあるように、トラブルが重なってしまった。
まず、ロウシのパン売りに支障が出た。
どうやら、以前の親子プレイによる売り上げ窃盗の話がそういう人たちの間で共有されているらしく、明らかに不審な親子連れが出現するようになったらしい。
最初は気のせいかと思ったし、気にし過ぎかとも思った。
だが、さすがに二度三度と手を替え品を替え、あの手この手で2号の気を逸らし、アッと気付いた時にはもう遠くへ走り去って行き。
慌てて確認すれば、お金が無くなっていたりパンも無くなっていたり(時にはパンだけ無くなっていたり)、まあ、そういうのが続けば、嫌でも警戒するわけで。
『よくよく見れば、子供の靴が変に汚れすぎていたり、服も黒ずんでいたり、怪しい点がいっぱいあってね』
「えぇ……」
『最近だと、パン売りの最中に1回か2回は、これ見よがしに泣いている子供を見かけるわよ。ご丁寧に、親が顔を殴って怪我をさせているから、本当に泣いているわけだけど』
「えぇ……(ドン引き)」
『すごいのだと、真正面からパンをくださいって子もいるわよ。あんまりにも痩せこけているから、もう可哀想で……本当に必死な顔で食べるから、むせないか心配しているうちに……ねえ?』
「えぇ……(超ドン引き)、前はそこまで酷くなかったじゃん……」
『オリンピックが終わってからしばらくの間はかなり不景気だったから……生活が立て直せなかった家の子は、もう言葉では言い表せられないぐらいに酷いわよ』
「け、景気は良くなってきているじゃん……」
『恩恵を受けられるのは若くて元気がある子か、持ちこたえられた人だけよ。その間に身体を壊したり心を壊しちゃったりした家の子は、どんどん取りこぼされていくから……』
「2号、辛いけど、あまり施しをすると……」
『分かっているわよ、だから今週から売るのを止めたでしょ。さすがに、店の方まで出待ちするようになったら駄目よ』
結局、積もり積もったトラブルを処理しきれなくなり、『ロウシのパン売り』は1966年の7月で廃業(届け出は出していないけど)となった。
恵まれない子供たちの境遇に同情はするが、1人1人面倒を見ていたらキリが無い。ただでさえ、『冴陀等村』という特級呪物を抱えているのだ。
それに、そういった子供たちは、ただ施せば良いわけではない。
まず、その子供の親が割り込んでくる。
この手の親は根本的に己のやっている事が悪い事だとは微塵も考えていないので、冷静な話し合いというのは絶対に通じない。
純粋な暴力で黙らせる、それ以外の手段では効果が薄いのだ。また、逆恨みして信じ難い暴挙に出る場合もあるから、とにかく関わらない方が良い。
そして、子供の方も問題だ。
そういった子供は大なり小なり精神的な傷を負っているため、下手な同情心を見せると、(生きるためとはいえ)あの手この手で近づいてくる。
その家の周辺をうろついたり、入り浸るようになったり……酷い時は、その家の子を害してなり替わろうとする場合もあるらしい。
理由としては、その子が居なくなれば、自分がその家の子になれる……といった感じらしい。
実際、既に『秋山商店』の周囲に……隠れているらしいが、パン目当てで出待ちする子が出て来ていたから、もうこれはどうしようもない話であった。
……そう考えたら、冴陀等村は奇跡なのだろう。
まあ、病的と言っても過言ではない思考と心が
……え? 冴陀等村で引き取れないのかって?
村人たちが受け入れる事が出来るなら、千賀子としては何の問題もない。そう、あの村の異質さに順応出来るならば、なにも。
──なんとなくだが、間違いなく生きては出られない……そう思えてならないから……話が逸れたので、戻そう。
問題は、そえだけではない。それ以前に、役所の問題もある。
というのも、そもそもがロウシのパン売りは違法である。
あんまり長く続けると役所から探りに来られるし、金銭よりもロウシの気分転換、運動不足解消、神社の物資を消費するために始めたことだ。
これまでは子供がやっている事だからと大目に見られていたが、既に千賀子は17歳。見た目も見た目なので、いつ目を付けられてもおかしくはない。
というか、だ。
名前だけとはいえ馬主になっているわけだし、半ば趣味みたいなものだけど、お店も一つやっているわけで……よくもまあ、目を付けられなかったなあ……と、千賀子は思ったわけだ。
──で、だ。
次は、東京の店も、以前よりも店を開く回数を減らさざるを得なくなったということ。
別に、千賀子がナニカをしたわけでもないし、以前のように放火されたわけでもない。
理由は、以前に比べて客層が変わったから。
千賀子も道子から聞くまで知らなかったが、どうやらここ2~3年の間に警察組織(正確には、国)が本気で暴力団の取り締まりを行い始めたのが原因らしい。
いわゆる、『第一次頂上作戦』と呼ばれるやつで、これにより猛威を振るっていた暴力団組織がかなり一掃されたとのこと。
一見、とても良い事なのだが……千賀子の店に限り、そうならなかったのだ。
と、いうのも、だ。
千賀子の店は、良くも悪くも様々な組織がぶつかり合う中で際立っていた、ある種のオアシス。
この店の中だけは切った張ったの殺し合いは御法度、スマートな客として暗黙のルールが出来ていた──が、それは以前の話。
こう言ってしまうのはなんだが、以前の千賀子の店に来る客は比較的上流の、礼節をわきまえた者が多かった。
そういうマナーを学んだことが無い、ヤクザ者でも、だ。
その世界にて厳しい上下関係を経て、皮肉ではあるが、必要でもないのに堅気に手を出さない、筋の通った者が多かった。
だが──警察の全国規模の取り締まり作戦に始まり、激動する景気への対応に人々が追われた結果──客層が、ガラリと入れ替わってしまった。
言うなれば、『東京』が以前よりも若者の街になったのだ。
それは、地方より仕事などを求めて上京してきた若者たちの熱気が、ついに東京のキャパシティを超えてしまったからだが……とにかく、空気が以前とは変わった。
……なんというか、あえて言葉にするならば、金は無いけど無駄に長居するし態度のデカい若者が増え始めたのだ。
彼ら彼女の半分近くは学生で、もう半分近くは社会に出たての若者で、大なり小なり時間と衝動を持て余した者たちで。
そして、どちらも余暇に回せる金が少なかった。
だから、2,3人で来てジュースを一杯頼んで1時間も2時間もダラダラ過ごして帰ったり、当たり前のように何も注文せず待ち合わせ場所代わりに使ったりする者が増え始めたのだ。
なんなら、千賀子の見ていないタイミングで小銭を盗んだり、勝手に裏手の鍵を開けてフルーツを盗もうとしたり、置いてある備品を盗んだり……とにかく、酷いモノだった。
おそらく、店内には千賀子しかいないから、ナメられていたのだろう。
見付けて怒鳴っても、『すみましぇ~ん(笑)』といった感じでヘラヘラ笑って誤魔化したり、謝りながら果物を食べて、そのままヘラヘラ笑いながら逃げる者まで出たり。
一番酷かったのは、注文もせずに真正面から口説いてきたかと思えば……いきなり胸を揉んできた時だろう。
正直に言おう。
あまりに突然のことに驚き過ぎて、その時の千賀子は自分が何をされたのかすら理解出来ず、一瞬ばかり意識が飛んでしまっていた。
ハッと我に返った時にはもう、その者たちは仲間と一緒にゲラゲラ笑いながら、『また来るぜ~次は生乳揉ませろよ~』と言い残した、その背中が遠ざかっていた後だった。
……。
……。
…………嫌悪感は、あった。
そりゃあ、千賀子は行為に嫌悪感を覚える。
だが、そういうセクハラに対する耐性はそこらの女子より強く、ぶっちゃけると、慣れてしまっている。
だから、嫌悪感はすぐに過去のモノとなった。
それ以上に、千賀子は腹立たしくてならなかった。
ここまで他者を舐め腐った糞野郎を、千賀子は欠片も大目に見るつもりはなかった。
(くたばれ! 100億回苦しんでくたばれ!! なんなら1000億回ぐらい全身揉み千切られてくたばれ!!)
──次に店に来た時は、神通力で投げ飛ばしてやる!
そう心の中で吐き捨てつつ、中指を立てた後で塩を撒いたが……その怒りも、そう長くは続かなかった。
何故なら──肝心のそいつらが、来なかったからだ。
いくら腹を立てているとはいえ、顔すら見せない相手に何時までも怒りが持続するわけもなく……だが、しかし。
千賀子の美貌に目が眩み、ちょっかいを掛けて来る者は後を絶たない。いくら神通力で抑えているとはいえ、限度はあるのだろう。
そう、思い返せば、少し前に連続1000回以上のガチャを回したばかり。24時間絶え間なく千賀子は神通力にて抑えているが、完全ではない。
特に、性欲が一番強い時期の異性には、神通力のガード越しでも察知されてしまうようで……しかも、だ。
いわゆる、学生運動に傾倒した、反体制主義というやつなのだろう。
千賀子からすれば、そんなに嫌なら学校も家も飛び出してからヤレやと思ってしまうような人たちが、だ。
テレビを点けていれば、やれ体勢主義がどうだの、商業主義だのなんだの、聞いてもいないのにうっとうしくしたり顔で話しかけてきて。
そのうえ、千賀子が相手にしていないのに、一緒に戦おうだの何だの集団で押し掛けてくるし、それを無視していたら──なんと、外から石を投げつけて店のガラスを割りやがったのだ。
これには──さすがの千賀子もビキビキッと青筋を立てて怒りを露わに、逃げていく背中に中指を立てると。
(くたばれ! そんなに革命をしたけりゃあ、死ぬまで革命ごっこに明け暮れろ!! 甘ったれのおぼっちゃんめ!!!)
そう、心の中で吐き捨てつつ……塩を撒いて、割れたガラスの片づけを行うのであった。
……。
……。
…………さすがに、だ。
完全に店を閉めるつもりはないが、あまりに面倒臭い客が増えたし、もう色々と面倒臭くなってやる気を失った千賀子は、店を開く回数を減らしたのである。
その事について、千賀子は道子にも伝えている。
最初は問題なく軌道に乗っている店を閉めることに、首を傾げていた。だが、客層が変わったという話が出始めたあたりで、あ~っとナニカを察した様子であった。
『そっかぁ……そっちの方も、そうなって来ているんだね~』
「知っていたの? 教えてくれたら良かったのに……」
『ごめんね。あくまでも人伝だし、学生の間でそういうのが流行って来ているっていう話は入って来たけど、そこまでとは思ってなくて~』
「たぶんだけど、どっかで爆発するよ、アレ。バリケードとか作って、本気の革命ごっこを始めるかもしれないよ」
『う~ん、千賀子がそこまで断言するなら、私たちの方でも警戒しておくね~』
「とりあえず、ほとぼりが冷めるまでは店を開く回数を減らすからね。駄目なら、もうあの店は引き払っていいから」
『うん、わかった。こっちとしても、まだしばらくは千賀子のやりたい通りでいいよ~』
「そう? ありがとう、それじゃあね」
『うん、またね~』
電話越しの、連絡。
それ以上の事を口には出さなかったが、道子たちの方でも東京が変化している情報は得ていたのだろう。
まあ……道子たち(正確には、その背後に居る大人たち)からすれば、所詮は子供のごっこ遊び。
特に、戦時と戦後の混乱を生きぬいた者たちからすれば、そのようにしか見えないのもまた、仕方がないことなのかもしれない。
……まあ、とにかく、だ。
千賀子自身が店に立った時に起こった不運が続いたからなのも理由の一つだが、とにかく、ちょっと嫌気が差した千賀子は、そう決めたのであった。
──で、そうなると、だ。
実質的にやる事が少なくなったので、2号と3号の手が空くようになるのでは……そう、客観的に思うだろうが、そうならなかった。
むしろ、逆だ。なんでか、やる事が変わっただけで、無くなったわけではなかった。
まず、千賀子はこれまで通り学校に通い、時々家の手伝いをして、東京の店を開いて。
あとは、冴陀等村にて監視……いや、見ておかないとどうなるか不安なので……その合間に、ロウシと触れ合い。
2号は、千賀子が学校に通っている間の冴陀等村の監視。
ロウシも千賀子の分身であることは分かっているのか素直に言うことを聞くので、楽らしい。なお、テイトオーはいまだにガチで困惑してします。
千賀子が冴陀等村に来たら、『神社』にて毎日追加される物資の整理。
具体的には、神社がある『山』の一部に女神様の手で作られた『家畜場』などの視察──ではなく、まあ、とにかく、確認である。
いったい、どうして?
そこの家畜や植物には意思がなく、全てが全自動で処理がなされている。なので、本来なら千賀子たちが様子を伺いに行く必要はない。
だが……つい先日。
『あんまりにも愛し子が可愛いから、毎日いろんな物を7t~144tに増やします❤』とかいう、アホみたいな看板が神社に立てられたことで、そうも言っていられなくなった。
それを見た瞬間、『か・げ・ん、を・しろよォォォォォ!!!!』とちょっとキレたのは……いや、それ見てニヨニヨしている女神様から見下ろされていたから、キレて当然だろう。
とはいえ、怒ったところで自体は好転しない。
看板に記されていた『いろんな物』という、恐ろしさを覚えるぐらいに気になるワードがあるせいで、無視する事が出来なくなった。
なので、確認する。
万が一、とんでもない物を作られていたら、止めるために。
女神様的には分身も愛し子判定なようで、可愛い可愛いと愛でようとしてくるぐらいで、それを邪魔してこないのは幸いであった。
(……ただ、撫でたり抱き着いてきたり、感触が伝わってくるのは……正直、ビックリするから止めてほしいけど)
そんな、本体である千賀子の内心を他所に、3号。
3号は、どういうわけか千賀子や2号とは違い、世界を回りたいといきなり宣言したかと思えば、そのままの勢いで何処かへ行ってしまったのである。
3号曰く、『これからの時代、何事も備えが大事だし……』とのこと。
(なんか、私の分身なのに謎の行動力が有りすぎじゃない?)
そんな疑問が脳裏を過ったぐらいに、3号の移動先は無秩序で行き当たりばったりにしか見えなかった。
まあ、情報は仕入れておいて得をする事はあっても損をする事はないので、好きにさせておくことにした。
とりあえず、3号に限り『同期』を定期的に行い、その都度帰宅も行うという条件の下で……そう、さすがに『同期』を行うしかないと千賀子も覚悟を決めたわけだ。
千賀子としては、『同期』をする際の意識が溶けあう感覚が気色悪いので、あまりしたくはないのだけれども、仕方がない。
……。
……。
…………とまあ、そんなわけで、だ。
なんだかんだと分身たちの手が無くば、過労死してしまうような過密スケジュールであるのは変わらないので、千賀子は変わらず分身を解除することはしなかった。
2号が居るおかげで時間に余裕が出来たし、3号のおかげでテレビや新聞では得られない様々な情報を知る事が出来たからだ。
ある意味気分転換も兼ねていたお店の事や、ロウシのパン売り中止のトラブルもあったが、おおむね千賀子の日常は平穏に過ぎていた。
──が、しかし。
『──次のニュースです。先日、○○町にて発生した親子の傷害事件ですが、治療空しく本日未明に親子両方が死亡したとのこと。これで通算11組目となる、この原因不明の連続傷害事件ですが、いまだ警察は解決の糸口を見いだせず──』
「……学生が火事を起こして全身火傷、一家全員死亡か。こういう無鉄砲さは戒めにしないと……怖いよね、火事はね」
『──シックな香り、ガツンと来る大人の世界。大人としての一歩、その味わい深さは、吸ってみなければ分からない──わかば、新発売!』
「力道三、喧嘩騒ぎを起こして留置所入り、仲良くなった警官と酒のみしているのがバレて厳罰……なにやってんの、あのおっさん?」
そんな平穏が続いたのも、ミンミンとセミの声が喧しく鳴り響く、夏の日。
何時ものように冴陀等旅館の一室で、最近になって出回るようになった缶のコーラをグビグビ飲みながら。
点けっぱなしのテレビに耳を傾けつつ、横になった姿勢のまま新聞をダラダラ見続けるという、家族が見れば苦言を零されそうな姿勢でいた千賀子の下に。
「それにしても、今年の夏はまた暑く──って、いたっ!?」
突如、鋭い痛みが心臓より走ったのは。
あまりに突然の事に、ビクッと身体が跳ね起きたわけだが……痛みは一瞬のことで、その名残すら無く。
「……え、なに? 今の、な──ちょ──」
何だと首を傾げた、その瞬間──千賀子は、流れ込んできた記憶によって、理解した。
「……3号、撃たれて死んじゃったよ」
と、同時に、言わずにはいられなかった。
「なんでベトナムに行ってんの、アイツ??????」
前回『同期』を行った時は大阪だったのに、その次はベトナム……そのチョイスに、千賀子は首を傾げるしかなかった。
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※ 女神様のことで誤解が生じているので、一つ訂正
女神様は別に千賀子がどうこうされても基本的には天罰は下しません
いちおう、千賀子が殺されるといった事態になれば「めっ!」とお仕置きをしますけど、それだけです
例外は、千賀子が「この屑野郎!」というレベルでガチギレした相手に限ります
女神様にとって、それはもうお願いだと判断しますので、その後で千賀子がキレた相手の事を忘れたとしても、女神様は止めません
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