第46話: 憤慨×憐れみ×ドン引き(あと、恍惚)
──1人で考えてもどうにもならん。
そう結論をすぐさま出した千賀子は、明美と道子に連絡を取った。ただならぬ千賀子の様子に、2人とも驚き、何があったのかと尋ねてきた。
明美からは、『自分には一切関係ない事として、二度と顔を合わせないよう徹底したらいいんじゃいの?』、と。
道子からは、『すぐに動いて、村の人達をコントロールするべき。放って置いたら、何をしでかすか分からない』、と。
とりあえず要点だけを簡潔に伝え、どのようにすれば良いかと聞けば、だ。
どちらからも、『あんた、なにやってんの(呆れ)?』みたいな反応をされたが……とにかく返答が、それであった。
明美の言い分は、単純明快。
自分には一切関係なく、彼らが何をしようがどんな結果になろうが全てを放置して、それでどうなろうがどうでもよい事として扱うというもの。
ぶっちゃけると、全部忘れてしまえというものだ。
勝手にやっているのだから、こちらも勝手にやる。わざわざこちらから構ってやる必要はないので、無かった事にしてしまえ……で、ある。
対して、道子の言い分は、その逆だ。
放って置くとヤバい事をしでかす可能性が高いので、何をやっても村人たちをコントロールした方が良い、というもの。
反抗するなら不思議な力でも何を使っても良いから抑え付けろ。言葉で止めろといっても、絶対に止めないから。
むしろ、半端に止めようとすると、こっそり作って色々と仕出かしそうだから、逆に駄目かもしれない。せめて、見える場所にしてもらわないと千賀子が困ると思う。
なので、本気で辞めさせるつもりなら、暴力も躊躇ない。いっそのこと2,3人ぐらい怪我をさせてでもいいなら、そっちの方が楽……とのことだ。
片方は徹底的な静観、片方は徹底的な制御。
どっちを選ぶのか、あるいは別の選択肢を取るかは、千賀子の判断に任せる……と、2人は言ってくれたが、それでも2人は最後に。
『半端に関わることだけは止めた方がいいと思う。どっちを選ぶにしても、手を出したなら最後まで面倒を見ないとどっかで暴走すると思うから』
と、真剣な声色で伝えた後、静かに電話を切ったのであった。
……。
……。
…………しばし、千賀子は考えた。
とりあえず、放置はしたくない。
勝手にやっていて関係ない事だと放置するのが正しいのかもしれないが、千賀子としては、その選択肢は選べない。
元が善意だとしても、手を出したのは事実。
これがキッカケで、宗教にのめり込んで家庭崩壊が続出とかいう事態になれば……罪悪感でしばらく落ち込むのは想像するまでもないことであった。
かといって、暴力は嫌だ。
だって、村人たちには悪気が無い。
勝手に神社を作って、等身大の木像を作り、よく分からない宗教を作り出そうとしている……あ、いや、駄目だな。
でも、とにかく、暴力は嫌である。
悪気は……悪気だけは無いだろうし。いや、この場合、むしろ悪気が有ってくれた方が対処しやすいから……はっ!?
そこまで考えたあたりで、千賀子は思った。
(神様のフリをして、止めさせれば……イケるかも!?)
それは、閃きである。少なくとも、千賀子にとっては。
鉄は熱いうちに打て、何事も最初が肝心。
そう、思った千賀子は、先手必勝と言わんばかりに動いたのである。
……。
……。
…………ちなみに、この時の千賀子はすっかり忘れていた。
2人から、『半端に手を出すのだけは止めろ』、と。
普段の千賀子ならば、ちゃんとその忠告は耳に入り、どちらかの選択を選んでいただろうが……どうも、千賀子は混乱していたようだ。
それも、分かり難い最悪の形で。
千賀子自身ですら気付けないぐらいに、判断が滅茶苦茶になっていることすらも気付けないぐらいに。
まあ、誰だって自分を主とした宗教が勝手に作られているなんて知ったら、混乱して当たり前である。
というか、普通は怖がって距離を取る。混乱しているとはいえ、なんとか止めさせようと説得する千賀子は、真面目で優しい方である。
その際、ロウシは……なにやってんだろといった感じで、終始ポカーンとしていた。
これが女神様案件なら、ロウシから頭突きの一つでも入れるところだが……残念ながら、今回のコレは女神様案件ではない。
忘れてはいけないが、ロウシは馬である。馬に、人間社会の細かいルールを理解しろというのが無理な話なのだ。
馬であるロウシからしたら、『慕われるだけだし、何を嫌がっているの?』みたいな感覚でしかなく、本当に残念ながら、千賀子の短慮を止める者が居なかった。
──で、行動を開始した千賀子はどうしたかというと……まず、『サラスヴァティー』に変身した。
恰好は……顔は以前と同じく布作面で隠して、身体の方は、いわゆるインドの伝統民族衣装であるサリーというやつだろうか。
詳しくは知らないが、サラスヴァティーに変身している時に力を使うと勝手にこの格好に衣服が変化してしまう。
つまり、人前に出てから力を使うと、一瞬だけとはいえ裸が露わになってしまう。さすがに、そこまで千賀子は羞恥心を捨てていない。
だから、彼女は事前に力を使って恰好を変えてから、村人たちの前に姿を見せることにして──それから、改めてこんな事を止めるようにと訴えるつもりだった。
「ほ、ほあ、ほああ、ほぁああああ!!!!!」
「仏様! ああ、如来様! ありがとうごぜえます! ありがとうごぜえます!!」
「仏様が
「ワシらの祈りが届いたのじゃ!! はあ、ありがたや、ありがたや……!!」
「おお、後光が……なんと、美しい……!!!」
だが、無理であった。
誰も彼もが、変身した千賀子の姿を目にした瞬間、その場に膝をついて頭を下げると、それはもう千賀子の方が引くぐらいに興奮し始めたのである。
村人たちの平均年齢は40代とか50代ぐらいっぽい(つまり、若者が少ない)のに、その熱気と来たら凄まじいの一言だ。
あまりにも勢いがあるせいで、直前まで意気揚々としていた千賀子の方が面食らい、思わず一歩引いてしまったぐらいであった。
……まあ、千賀子は知る由も無い事だったが、村人たちが興奮してしまうのも無理はない。
と、いうのも、だ。
千賀子が助けた『冴陀等村』だが……その歴史からして、中々に不遇なのである。
まず、冴陀等村の始まりは戦国時代からだとされている。
山に囲まれているがゆえに、他国を攻めるための中継地点にするには難しく、逆に、他国からの足掛かりにするには不便な場所。
日照りの時間が短いせいで米を作るには不利だが、全く取れないわけではなく、放置しておくには勿体無い。
そんな場所に、冴陀等村は作られた。というか、気付いたら出来ていた。
その地を治めた大名たちからすれば、完全に放置されて秘密裏に敵と内通されるわけにはいかず、最低限見ておけば、少量とはいえ米が取れるから……という感覚だったのだろう。
また、一年を通して日照りの時間が少ないせいか、季節に関係なくひんやりとしており、冬は雪が積もる。
その気候ゆえに希少な薬草(傷に良く効くとか)が取れるということが分かってからは、その地を治める大名たちから、最低限の保護もされていたらしい。
しかし、それが続いたのは昭和に入る前まで。
昭和に入ってからは、ソレよりも安価かつ大量に手に入る傷薬が開発、生産されるようになったことで、村の価値は激減した。
結果、何が起こったかと言えば……想像を絶する貧乏暮しである。
日本が戦争になってから、足りない物資を補うために村で取れた薬が売れたが……それでも、村の寿命を少しばかり伸ばすのが精いっぱいで、動ける若者は全員出て行ってしまったのだとか。
なので、現在の冴陀等村には若者がごく少数しか居ない。
残っているのは冴陀等村以外での暮らし方を知らず、移住するだけの能力が無く、勇気も無く、知りたいとも思わない。
良くも悪くも冴陀等村が世界の全てになってしまった……骨の髄まで、冴陀等村の人間になってしまっている人たちだけであった。
それゆえに、災害が起きた時……村人たちは、何も出来なかった。
何故なら、村人たちにとって、ソレは初めての事であったからだ。
そして、様子を見に来た人たちは……何もしてくれなかった。
悪夢のような光景と絶望に身動き出来なくなっている村人たちを、まるで見世物か何かのようにカメラを回すだけで、手伝いすらしてくれなかった。
それどころか、途方に暮れる村人たちを『古臭い田舎の貧乏人』としてでしか見ないうえに、金に困っているのだろうと数少ない若い娘を無理やり手籠めにしようとしたのだ。
村に唯一有った役所に頼ろうにも、外部から来ている人物ゆえに連絡が取れず、避難したっきり戻って来ない。
なんとか気力を振り絞って最寄の警察(片道、小一時間近く掛かる)を頼っても、のらりくらりとたらい回しにされ、ならばとそこの役所に頼っても、『管轄外なので』と何もしてくれない。
──このまま村を捨てて他所へ行くか、それとも村と共に死ぬか。
それは、狭い村の中で生きてきた年月が長いほど、辛い選択であったし、その世界しか知らない若者にとっても辛い選択であった。
誰が言ったわけでもなく、自然と誰もが似たような事を考え、倒壊した建物や、泥を被った作物、枝葉やらが流れ着いている河川の惨状を前に、途方に暮れるしかなかった。
……そんな時に、千賀子は姿を見せた。
それも、人間とは思えない姿で、人間には不可能な超常的な現象を引き起こし、田舎者だと嘲笑された自分たちの手を取り、微笑んで(村人たちの妄想である)くださったのだ。
そんなの、脳が壊れて当たり前である。
そして、そんな村人たちの姿を見て……キッカケは思いつきだとしても、その後で千賀子が憐憫の情を覚えてしまうのも、致し方ない事なのかもしれない。
なにせ、千賀子がその村の人達を実際に目にした時……その姿に、思わず胸を痛めたぐらいに、酷かった。
衣服はどれもこれもツギハギだらけで、誰も彼もが薄汚い。
蓄えなんてそれほどないだろうし、まともに食事も休息も取れていないから、老若男女の区別なく、顔色が悪く、痩せていた。
……でもまあ、それでも、だ。
どうせこの後には警察なり何なりが助けに来るだろうし、それまで持たせる分だけ手助けすれば良いだろう。
そんな気持ちがあったからこそ、千賀子はそれ以上の事はしなかった……が、しかし。
(なんで、前に見た時よりみすぼらしい恰好になってんだよ……)
改めて村人たちの姿を見た千賀子は、どうしても同情せずにはいられなかった。
だって、あれから一ヶ月以上は経っているのだ。
それなのに、村人たちの境遇が改善している様子もなく、新たに助けが入った形跡も無い。
いったい、どうして?
(まさか、意図的に放置されている?)
いや、そんなはずは……だが、そうでなければ説明が付かないと千賀子は思った。
……実際のところ、その想像は大当たりであった。
理由は、逃げ出した役所の職員による諸々の隠ぺいのため。
村人たちは知る由もないが、一足早く村人たちを見捨てて逃げた職員たちは、冴陀等村に充てられていた予算を着服していたのだ。
それも、1年や2年の話ではない。
代々この地に赴任する事になった公務員たちによる、暗黙の副収入。遡れば、明治から続いている汚職事件である。
そしてそれは、役所の者たちばかりではないうえに、広範囲に及び……発覚を恐れた彼ら彼女らは、口封じと言わんばかりに、救助を送らせていたのだ。
……村人たちによる、閉鎖的かつ悪い意味で保守的な思想によって、事態を悪化させ続けている一面もあるだろう。
こんな状況なのに、神社や木造を作って神頼みに走ろうとするのが、その証拠だ。村人たちは被害者ではあるが、落ち度もあったのだ。
しかし、それを責めるのもまた、酷というものである。
この地における三権全てがグルになっているせいで、気付こうと思っても気付けない環境が完成されていたのだから。
また、それは金銭的な話だけではない。ここ数年では人的な意味でも、村人たちは……大事な金づるだった。
そう、村人たちは知らないし、無邪気に思っているのだ。
この村から飛び出した者たちは、元気にやっていると。便りはないけど、都会に出て頑張っていると。
その誰も彼もが、酷い最期を迎えているだなんて……知らないのだ。
だからこそ、裏に関わっている者たちからすれば、このまま村人たちが死んでしまう方が色々と都合が良いのだ。
なにせ、報告では、『冴陀等村の人達は保守的で、役所の指示に従わない閉鎖的な考えの人達が多い』というふうに通している。
僻地であるがゆえに、人数自体も少なく、予算も掛けられないことから、死んでしまえば改めて調査をしようとする者はいないだろう。
そう、死んでしまえば、全てが丸く収まる。
むしろ、死んでほしいと……本来ならば助けに動かなければならない者たちが、そのように動いていた。
だから、テレビ等に続報が流れなかったのだ。
表向きは、何の観光名所もないド田舎で災害が起きただけで、注目が集まらないから……そんな理由を付けて。
(……酷い。本当に、酷い)
そして、この時。
前回は酷い状況に意識が向いていたのと、まだ感覚に不慣れだたから気付けなかった。
だが、今は違う。
サラスヴァティーの権能とも言える力を持って、千賀子は事態の一端を察してしまった。
そう、『サラスヴァティー』は聖なる川の化身であり、流れるもの全ての女神とされている。
流れるものとは、物理的なものだけではない。
言葉や弁舌や知識や音楽……すなわち、流れるモノ全てから情報を汲み取る事も可能である。
また、『ククノチ』に変身すると、木々から情報を得る事が出来る。
直接千賀子が目視したり記憶したモノよりかなり断片的だが、木々の寿命は長く、記憶した物を忘れない。
どちらも、本来の力を発揮するには変身する必要はあるが、どちらにならなくても、その権能の一部を使う事が出来る。
これは、『巫女』としての能力。
神ではなく、神に仕える者であるがゆえに、巫女に限りは無い。
だから、今は『サラスヴァティー』だとしても、『ククノチ』の力を使う事も出来た。
(──助けよう)
そして、知ってしまったからこそ、千賀子はもう……村人たちを見捨てることなど出来なかった。
哀れだと思った。
村人たちは、何か悪い事をしたわけではない。落ち度はあるにせよ、村人たちを騙した者たちがのうのうとするのは、許せない。
そう、許せないと思った。
許せないからこそ、哀れだと感じたからこそ、村人たちを助けたいと思った。
(助けよう──絶対に!)
せめて、村人たちが己の手を離れて生きていけるまで……それが、助けた者の務めであると、千賀子は思ったのであった。
──そして、そんな千賀子の──いや、愛し子の想いを、女神様は(一方的に)──見逃さなかった。
ゴウゴウゴウ、と。
その瞬間、とてつもなく強い風が吹いた。
それは、地に額を擦り付けんばかりに土下座をしていた村人たちですら、思わず身体を固くしてしまうぐらいに、強く。
そして、その風がピタリと止まった時にはもう──千賀子の後方、村人たちが作ろうとしていた神社は、様変わりしていた。
一言でいえば──全体的には『千賀子の神社』を基本としつつ、それよりも大きく、色々なところが豪華な感じになっている──冴陀等村に用意された、千賀子の新たな神社であった。
「おっ、おお、おおお……!!!!」
風が止まって、各々が恐る恐る顔を上げれば……誰も彼もが、神の奇跡を前に、それ以上の言葉を発せなくなって──いや、違った。
「ほ、ほあ、ほああ、ほぁああ──うっ!!!」
『落ち着きなさい、人の子よ。まずは、食事を取りなさい。無いなら、私が用意しますから』
「ほ、ほあ、ありが、ほぁあ、ほぁああ──ふぐっ!!!」
『無理に話さなくていい。とにかく、工事は一旦止めて、落ち着きなさい。まずは、腹を満たしてから』
「あ、ありが、ほあ、ほんとう、ほぁあ、ああああ──ぶっ!!!」
『あの、いちいち射精するの止めてもらえますか? (ドン引き) そんな身体で気をやれば、死にますよ? (ドン引き)』
ただ、興奮のあまり、声を掛けるたびに、村人の一部がビクッと腰と声を震わせてケイレンする様は。
(そうだよね、精液だって液体だものね……嫌だなあ、こんなの知りたくないなあ……)
助けたいという思いこそ消えないが、後回しにしても良いんじゃなかろうか……と、千賀子に思わせるには十分であった。
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