第41話: ビューティフォー……(愛し子的な意味で)
そして、当日。
迎えに来た滝田を出迎えた千賀子だが、想像していたモノとは違う光景に、少しばかり目を瞬かせた。
いったい何が違うのか──具体的には、迎えに来たのが滝田だけではなかった。
滝田を入れて男子が3人、女子が2人。全員がクラスメイトで、その関係性は二つに分かれている。
まず、男子たちは部活仲間。女子は……部活こそ違うが、滝田以外の男子に好意を向けているといった感じか。
つまり、男子たちは迎えに行く滝田に付いて来た(目的は、茶化し?)感じで、女子の2人は、その付いて来た男子の目が千賀子に向かないよう、けん制しに来た……といったところか。
2人とも表面上は野次馬根性といった感じを装ってはいるが、『巫女』である千賀子には分かる。
2人の女子が向けるラブの視線、その先に立つ2人の男子。まさしく、青春というやつだろう。
その男子たちに気付かれない位置から、『来ないでほしいな』といった目で見られていることに目を瞑ればの話だが。
(Oh……まさか、初っ端からこうなるとは……)
表には出さなかったが、内心では、あまりの展開の早さに心がヒクヒクと引きつった。
そうだった……警戒するのは滝田だけではなく、便乗して動く男子(と、その男子に熱視線を向ける女子)も同様なのだ。
クラスメイトの中では、滝田に対して……少なくとも、ハッキリと恋心を向けている女子が居なかった程度で安心するべきではなかった。
考えが甘かったと、千賀子は己の迂闊さを内心にて罵った。
……まあ、それはそれとして、だ。
色々と想定して心の準備はしておいたが、さすがに始まる前からスタートするとは思わなかったのは、愚痴になるだろうか。
最悪、現地(ボウリング場)に到着してからだと思っていたのだが……しかし、もはや嘆く段階は過ぎ去った。
どんな理由であれ、行くと承諾したのは己自身。
そうしたいのであればと受け入れたのも己自身。
女子から冷たい目で見られるぐらい、なんだと言うのか。
そんなに嫌ならさっさと想いを伝えれば良いし、怒る相手が違う。行動に移さない己に怒りをぶつけるべきであり、そもそも、千賀子だって突然の事なのだ。
こちらからアプローチを仕掛けたわけでもないのに、一方的に敵意を向けて来る相手にそこまで気を使おうとは千賀子も思わなかった。
(……座ってもお尻が痛くないよう荷台部分に小さな座布団が……ダサいって言われたらそれまでだけど、一生懸命気を使ってくれているのは素直に嬉しい)
それよりも、だ。
千賀子としては、そんな女子たちの身勝手な反応よりも、彼なりの優しさに、千賀子は目を向けるのであった。
……さて、そんな千賀子の内心の憤りをよそに、だ。
『お、おい……見ろよ……』
『し、白いなあ……手足が真っ白だ……』
『お、大きい……!』
男子たちは例外なく、家から出てきた千賀子の姿に見惚れていた。それはもう分かりやすく、ボケーッと呆けてしまうぐらいに露骨であった。
なんでそうなったかって、それは美貌が最初に来るだろうが、それだけではない。
まず、千賀子の全体の姿。
千賀子は別に、派手な恰好をしているわけではない。
むしろ、全体的には、いわゆる芋っぽい、野暮ったいと言われそうな恰好で。
髪型だって、特に何かをしたわけでもない、ただ伸ばしただけのロングヘアーである。
衣服の色合いもどちらかと言えば地味で、ちょっと柄の入った半袖のシャツに、そこらの服屋で売られていそうなスカートだった。
……だが、それでも、男子たちの目は釘付けであった。
いったいどうして……それは、とにかく目立つ胸元。具体的には、シャツを押し上げる膨らみで、男子たちの視線を集めてしまうのも仕方がない一面もあった。
と、いうのも、だ。
この頃(昭和40年:1965年頃)の女性はまだ食料事情の関係(栄養学についてもそうだが)から、痩せ形の体形が多かった。
もちろん、全員がそうではない。
この頃には既に『美容体操』という言葉があったし、ダイエットに励む女性たちも居た。
だが、日本全体で見れば少数派であり、その少数派も、新陳代謝が衰え始めた中年の女性が多かった。
大半の人達はそこまで太ることが可能な食生活を送れるようになるのは、もう少し後のことなのだ。
ゆえに、この頃の女性平均バストサイズはA~Bが過半数を占めており、C以上は少数派……DやEより上となれば、探そうと思っても見つけられないぐらいに希少な存在で。
特に、要所は細く締まっているのに、要所は膨らんでいるといった体形の女性ともなれば……それこそ、イリオモテヤマネコぐらいの希少性であった。
「……あ、秋山さん、大きいね」
当然、受ける衝撃は女子たちも同じである。
普段は分厚い生地の制服に隠れているし、体操服という野暮ったい恰好と、学校の中という状況ゆえに注視することはしなかったが、改めて対面して、分かってしまう。
同性であろうとお目に掛かったことのないスタイルを前に、女子たちは呆然とした様子で、そう呟くのが精いっぱいであった。
ちなみに、その言葉に込められた感情は称賛や感想ではない。当人に自覚はないが、そこには嫉妬混じりの悪意が込められていた。
どうしてかって、同性とはいえ公衆の面前で相手の体形やら何やらを口にするのは、この時代であろうとマナー違反であるからだ。
「よく言われる」
けれども、そこに触れると泥沼のアレに発展するのは分かっていたので、千賀子はサラッと流したのであった。
……。
……。
…………少し話は逸れるが、昔は『貧乳が好まれていた』というのは、色々な要因が重なったことで生まれた誤解であるという説がある。
着物文化であった明治以前、そもそも巨乳は今以上に皆無であり、また、栄養状態も今より悪かった。
ぶっちゃけると、よほど恵まれた家の生まれでなければかなりの痩せ形が基本であり、それゆえに、巨乳=肥えたデブという認識が生じた。
だから、そもそも巨乳などいないのだ……そして、時は流れて昭和に入り。
この頃の調査でも女性より、自身の巨乳を嫌がるという報告がいくつか上がっているが、それは実のところ意味合いが少し違う。
お金持ちであることも大変なんですよ……といった、そういう類の典型的な謙遜である。
なにせ、美容目的の豊胸は昭和20年代(もちろん、違法であり危険性大)ですら行われていたというのだから、驚きである。
実際、そこまで行かなくとも、豊胸を
……さて、逸れていた話を戻そう。
「…………」
先程とは別の、もう片方の女子の視線が、千賀子の全身を舐めまわすようにジロジロと上下したが……何も言わなかった。
理由は、一つ。
この頃はまだ巨乳向け(千賀子レベル)の衣服が皆無に近く、胸のサイズに合わせると、例外なく太っているように見えてしまっていた。
それを知っていた女子は、太っているように見えるだろう千賀子の姿をなんとか揶揄して、男子たちに『千賀子=デブ』という印象を残そうと思ったのだ。
……だが、それが出来なかった。
何故なら千賀子の見た目は、パッと見た感じだとお洒落とは無縁の野暮ったさ満載だが、実際は、千賀子の体形に合わせて作られた衣服を身に纏っているという分かり難い罠なのである。
つまり、変に胸を強調しているわけではなく、かといって腰回りはキュッと細く見え、スカートだって高級品でもなく安物にも見えない、絶妙な塩梅なのである。
分かり難いが、見る人が見れば、『そ、それをいったいどこで手に入れたんだ!?』と目を剥いてしまうようなコーディネート……それが、今日の千賀子の恰好なのであった。
──Q.実際、どこで手に入れたの?
──A.女神様が一晩で用意してくれました(下着込み)。
それはもう、すごい勢いであった。
着るの、着るよね、着るべきよね、着るべきでしょ、着なきゃ駄目よ、着るの、着るのよ、着なさい……といった感じで、それはもう、すごい迫力だった。
あまりの迫力に、千賀子は抵抗する気すら起きなかった。
まあ、何を着て行けば良いのか分からなかった千賀子にとっては渡りに船だったので、良かったのだけれども。
ちなみに、当の千賀子は『女神様、なんか最近優しい。これ、着心地良いし……』といった感じで。
着替えた直後、女神様より、『ふひっひ、か、かわぃ……』というテレパシーが届いていたが、何時もの事かなと大して気に留めていなかったりする。
「よ、よし、それじゃあ、出発しよう!」
そうして、我に返った滝田の一言がきっかけとなり、誰も彼もがハッと気を取り直して自転車に跨った。
「それじゃあ、お願い。重かったらごめんね」
「い、いいよ! でも、俺も気を付けるけど、落ちないようにしてくれよ!」
「うん、ありがとう」
妙なタイミングで声が上擦って大きくなったり、所々で声が詰まったりしているのは、それだけ緊張しているからなのだろう。
あえてその事には触れなかった千賀子は、座布団が取り付けられている荷台へと腰を下ろすと……そっと、滝田の肩に手を置いた。
「うわっ、ごめん、驚かせた?」
瞬間、ビクッと滝田の身体が震えたことに千賀子が謝れば、「い、いや、俺ってくすぐったいの苦手だから!」よく分からない返事が……まあ、横に置いといて。
(──っ、これ、思っていたよりも安定感悪い)
思考を切り替えた千賀子は、どうにも落ち着かない重心の違和感に、むむむっ、と首を傾げた。
現在、千賀子は自転車の荷台に腰掛ける……すなわち、横座りする形を取っている。不安定なのは分かっているが、スカートなので跨って座れないからだ。
小さい頃は身体も小さく軽かったうえに、子供だからとスカートでも跨って荷台に乗っていたが、さすがに今は周囲の目があるから出来ない。
加えて、自転車に乗ること事態が久しぶりだ。時期に慣れるだろうが、それまでは危ないかもしれない。
……空を飛んだりワープしたり、
「い、いいか?」
「ん~、ちょい待って……」
とりあえず、このまま走り出すと危ないので、なんとか重心が安定する場所を探るが……どうにも、しっくり来る場所が無い。
たぶん、横座りをしているからだろう。
思い返せば、転生前も転生後も、乗る時はほとんど同じ姿勢だったから、こういう座り方をするのは本当に初めてなのかもしれない。
(そういえば、自転車の荷台に座ったこと事態が久しぶりだしなあ……)
あーでもない、こーでもない。
どうにもしっくり合わない感覚に、千賀子は悩む。
無理やり進んで怪我をしてもさせても申しわけないし、滝田の面子を潰すことにもなってしまう。
でも、何時までもこうしてるわけにはいかず……いっそのこと、神通力で誤魔化すべきか……いや、ここまで密着した状態だと、確実に違和感を覚えられ……ん?
……。
……。
…………密着?
(あ、そうか、こうすれば良いのか)
フッと正解を閃いた千賀子は、グイッと身体を傾け……滝田の腰に片腕を回すと、そのままピタリとその背中に身を寄せた。
(おっ、これは良いな)
そうすると、思っていたよりもけっこう重心が安定した。
滝田は体操をやっているだけあって体幹が鍛えられているようで、体重を預けてもビクともしない。
まるで、中に
(う~ん、女になって改めて実感するけど、男の身体ってやっぱり女よりも基本的には固いよな……)
指先に触れる、ガチガチに固い身体を感じ取り、千賀子は1人納得する。
ちなみに、体勢的に辛いのは千賀子の方だが、そこは『ガチャ』の力だ。
見た目には分からないが、千賀子の全身は柔軟性に富んでおり、I字バランスは楽勝、うつ伏せの状態から背を反らして、足を頭の横に置いても苦にならないぐらいに柔らかい。
この体勢で半日過ごしたとしても、少しもダメージを負わない……なので、涼しい顔を出来ているわけであった。
「でっ、や、わら……っ!!!」
「ん? なんか言った?」
「い、いや、なんも! い、いいか!?」
「うん、待たせてごめんね」
その言葉と共に、千賀子はギュッと力を込めてさらに身体を寄せる。
少々暑苦しさを覚えるが、受け止める滝田の方が己より暑いのが明白なので、文句は言わないし不満もなかった。
(う~ん、やっぱり重いのかも……いや、でも、どうなんだろう? 前世でも、荷台に誰かを乗せた事ないからなあ……)
ただ、向こうからの提案とはいえ、何かしらブレーキが掛かるたび、慣性の法則に従ってズシッと圧し掛かるように体重を掛けてしまうことに、ちょっと申しわけないなあ……と千賀子は思ったのであった。
──幸いにも、トラブルに見舞われることなく……いや、どうだろうか。
ただ座っている千賀子はそうでもないが、自転車をこいだ滝田は違ったようで、駐輪場よりやって来るのが最後だった。
おそらく、疲れたのだろうと千賀子は思った。
既に集まっていたクラスメイトたち(つまり、集合場所)の所へ下ろされた千賀子は、ハンドル部分へぐったりと身体を預けているその姿を見て、あえて触れなかった。
前世が男だった千賀子には分かる。
女子の前で、息切れしている姿を見られたくないのだろうな、と。
己が逆の立場だったなら、見える範囲までは涼しげな態度で見栄を張るだろうな……と、1人千賀子は察していた。
……で、かる~く人数確認を済ませてから、ボウリング場へと入った学生たちだが……その反応は、二つに分かれた。
一つは、これまでテレビの向こうでしか見たことがない、『ボウリング場』のきらびやかな雰囲気に目を輝かせた人たち。
床のワックスに汚れや剥離は一切無く、天井に取り付けられた照明その他諸々にも傷や欠けも無く、レールより反射する光すら、輝いて見える。
オープンして間もない事もあって、店内は何処も彼処も本当にピカピカで、うっすらと新品の臭いを嗅ぎ取れるぐらいに全てが真新しかった。
そして、もう一つは……ここまで日本が発展してきている嬉しさと共に、なんとも言えない哀愁を覚えずにはいられない千賀子であった。
そう、滝田たちクラスメイトからすれば、最新の遊技施設である『ボウリング場』も、前世の記憶がある千賀子からすれば、映像でしか見たことがないレトロな光景でしかなかった。
何もかもが、千賀子が知る『ボウリング』よりも古い。
眼前の全てが新しいのに、千賀子の中では全てが古い。
これまで幾度となく感じた事だが、それでも千賀子はこういう時、なんとも言い難い寂しさを感じるのであった。
……。
……。
…………まあ、それは、同時に。
「──な、なんかガチャンガチャンしてる!? え、あれ、もしかして……き、機械を手作業で動かして、ピンを並べてセットしているの!?」
「え、そりゃあそうだろ、秋山は不思議な事を言うね」
「だ、だって……んん?? ちょ、倒れたピンの向こうから出て来た手が、ピンを片付けたんだけど??? 中からにゅうっと手が出てきたんだけど???」
「……??? そりゃあ、あそこにいないと手が届かないからでしょ。それに、片付けないと邪魔だからじゃないの?」
「それは分かっているけど……んんん??? え、向こうから伸びているこの謎のレール、店員が向こうから玉を転がすための????」
「そりゃあ、ボウリングの玉って重いから、転がさないと大変でしょ、いちいち持って来たらクタクタになるよ」
たとえば、ピンを揃えたり回収したりセットしたりする専門の職員であるピンボーイの姿に面食らうといった、前世の記憶があるゆえに起こるギャップ。
それを楽しめるのは、前世の記憶を持つ者だけの特権でもあった。
────────────────―
千賀子の知らない神社の秘密(ヤキ入れ済み)・その4
実は、神社の手水舎は一ヶ月に1日だけ、中の水が酒に変わる日が──あったけれども、千賀子は未成年である。
酒は二十歳になってからというロウシのヤキ入れによって、ひと月に一度という機能は失われ、非常に美味しい水が常時出るようになっている。
この水は言葉には出来ないほどの美味であり、味覚が敏感な子供ですら美味に思えるうえに、ミネラルも豊富に含まれた軟水である。
また、千賀子の体調によって成分が変化するようになっており、塩分が不足していたら塩分が、ビタミンが不足していたらそのビタミンが補充される。
ちなみに、味は変化せず、常に美味しい水である。
ぶっちゃけると、常にマルチビタミン&マルチミネラル入りみたいな水なうえに吸収率も高いので、この水を飲むだけでサプリメントいらずな製薬会社泣かせの仕様となっている。
もちろん、過剰摂取といったアクシデントは発生せず、その場合は只の美味しい水に変化する。
ちなみに、千賀子はこの水を定期的に汲んでは家族だけでなく、明美や道子、あとはおやっさんにも譲っている。
女神様からは了承されており、飲んだ人からは『こんなに美味しい水は他に知らない』とのことで、大好評である。
ただ、条件として基本的に一日一回、千賀子が手水舎の水溜まりへ直接口を付けて飲む必要があるとのこと。
衛生的にどうなんだと思わなくはなかったが、すっかり昭和の感覚に馴染んでいる千賀子は特に深く考えず、女神様からも『そこらの水道水よりはるかにキレイ』との事なので、墓場まで秘密を持って行こうと思っている。
いちおう、ロウシは『あのさあ……(呆れ)』と思ったらしいが、これでもれっきとした馬なので、その程度なら別に……と、あまり深く考えてはいない。
※なお、手水舎の水溜りに口付けする際、千賀子にも気付けない、水面に映る『 』の姿を見てはいけない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます