第36話: 少年は悪くない、デカいのが悪いのだ(憐憫)
なんとなく、兄の和広の変化には、前兆のようなモノはあった。
おやっさんに連れられて東京に行って、戻って来てから……どうにも、心ここにあらずといった様子でもあった。
以前はあまり買わなかった類の雑誌を買うようになり、なにやら丸めて伸ばした新聞紙を持って、シャカシャカと……こう、掻き鳴らすかのようなジェスチャーを取るようになった。
鏡だって以前よりも眺める時間が増えているように思えたし、どこで買ったのかサングラスを付けるようになった。
髪型もそうだが、着る物だってそう。
以前とは異なり音楽番組を見るようになり、両親に拝み倒してラジオを買ってもらったかと思えば、おやっさんに頭を下げて日雇いの仕事をさせてもらっているようだった。
そうして、千賀子が中学校を卒業する直前、兄の和広がいきなり両親に話を切り出したのだ。
──俺、音楽をやっていきたい、それで食って行こうと考えている、と。
もちろん、両親は滅茶苦茶怒った。
そりゃあ、そうだろう。
どの道を進むにしても、親からすれば『せめて高校は卒業しておけ』と言い、『そんな博打みたいな道はやめろ!』と怒るのが当たり前である。
祖父母は、『当人が決める事だし、何かに打ち込めるのは若者の特権』といった感じで、積極的に応援はしないが、否定もしないというスタンスだった。
……で、だ。
そんな両親に対して、和広は……そりゃあもう、猛烈に説得した。
学校は卒業するまでこっちに居るが、家を出て仲間たちと一緒に暮らす。
この仲間たちというのは、いわゆる不良時代に、和広と似たような悩みを抱えていた者たちらしく、今は反省して頑張っているらしい。
おやっさんから紹介してもらった下宿先に仲間たち全員で済むらしく、既に話を通してある。
家を出るのは、家にいるとどうしても甘え癖が出てしまう。本気で音楽をやって行きたいから、家を出たい。
キツイけれども、生活費はおやっさんのところで仕事をさせてもらうことになった。俺の口から言うから何も言わないでほしいと、おやっさんに俺から口止めした。
高校を卒業したら東京へ行き、改めて本気で音楽をやりたい。勝手なのは分かっているが、俺は本気だ、やらせてくれ。
……と、いった感じの、穴だらけではあるが、とにかく熱意に満ちた説得であった。
それに対して、両親は……とにかく一旦は落ち着けと説得はした。
そこまで性急に動くには若すぎるし、高校を卒業するまでは家に居た方が……しかし、和広は一歩も心を動かさなかった。
そうなれば……両親はもう、和広を止める事は出来なかった。
おそらく、和広に対する負い目もあるのだろう。
一度は非行に走ったが、とても反省し、それからは文句や不満一つ零さず進んで仕事に精を出しているのを、両親は見ていた。
それに……両親は、ほとんど無意識のうちに……ぐるりと、『秋山商店』の内装を見回し、次いで、自分たちの息子を見つめる。
──両親は、うっすらと察していたのだ。
──何をって、『秋山商店』の未来について。
今はまだ大丈夫だが、5年後、10年後も今と同じように繁盛しているか、それは誰にも……いや、誤魔化すのは止めよう。
両親はもう、気付いていた。
既に、時代が動き始めていると言う事に。
そう、これは、和広だけではないのだ。
両親が知る限り、顔見知りの家の子供が何人か、東京に仕事を求めて上京した。そうでなくとも、そうなる予定だという話も雑談がてら何度も耳にした。
こっちに、仕事が無いわけではない。だが、若者たちの数に比べて明らかに足りていない。
家族経営をしているところはだいたい、新たな人を雇い入れる余裕がない。それが出来るところも、だいたい既に目星を付けた若者に声を掛けているから、思うほど空きは多くない。
だから、溢れてしまった子はどんどん東京へ行く。確実に、若者が東京へ流れて行っている。
今はまだ気にならないだろうが、それは意識して見ないフリをしているだけ。気になる頃にはもう……そう、両親は肌で感じ取っていた。
なにせ、東京には……ここにはない、圧倒的な力が、熱がある。
今が不況だとしても、根本的に違う。テレビ越しでもその熱気を、その発展具合を、嫌でも思い知らされる。
だからこそ……しばしの沈黙の後、『辛くなったら、何時でも帰って来い』両親は、和広の勝手を許したのであった。
……これからの時代は、東京なのだ。
いずれは、『秋山商店』も古臭く寂れた小さな雑貨屋の一つになるだろう。その頃には祖父母も亡くなっているだろうし、両親も年老いているだろう。
それは、仕方がない事だ。
でも、いずれは寂れていく一方の場所に、これからの若者を……そう、時代遅れになるであろう船に縛り付けるのは、親としてのエゴではないか……そう、両親は思ったのであった。
……。
……。
…………その際に、だ。
『千賀子も、やりたい事が見つかったら挑戦しなさい。私たちのことは気にしなくていいから』
『……うん、ありがとう』
『でも、何かやる時はほどほどにね……やり過ぎるかもとちょっとでも思ったら、誰でもいいから相談するように、ね?』
『お父さん? お母さん?』
なんだか、両親からなんとも表現し難い評価を受けていることに釈然としない部分はあったが……とにかく、そういう経緯から、和広は家を出ているのであった。
──で、時は流れて5月。正確には、前話より翌日になるわけだが。
『──お願い、うちのポンポコを見てくれないかしら?』
今日はなんだか神社に行かない方が良いかなと思い、何をしようかと暇を持て余していた時……唐突に、道子から電話が掛かって来た。
「……ええっと、話が見えないんだけど、私は獣医じゃないわよ」
さすがの千賀子も、それだけで用件を察するのは不可能である。
千賀子から掛けた電話でこうならちょっとイラッとしただろうが、道子からの電話なので……特に気にすることがなかった千賀子は、率直に質問を返した。
『うん、知っているよ。見てほしいのはそこじゃなくて、千賀子に一目見てほしいの』
「診察してほしいとかじゃなくて、実物を見ろってこと?」
『うん』
「……ポンポコって、たしか道子のところで所有している馬よね? なにか問題でも起こったの?」
『ん~、問題というか、千賀子には、その馬が走れるかどうかを見てほしいのよ~』
「え? どういうこと? ポンポコ……えっと、シップウじゃなくて、違う馬?」
『あ、うん、そうなの。それでね、う~ん、口では説明が難しいな~、どう話したらいいんだろ~』
「ああ、うん、分かった、会いましょうか」
獣医ではない千賀子にそういう目で見てほしいわけではなく、千賀子個人として見てほしい。
言葉にすると、何を言っているのかよく分からないだろう。
おそらく、病気の類ではないのだろうが……ド素人の私に何を期待しているのかと千賀子は思ったが、何も言わなかった。
だって、わざわざ力を貸してほしいとお願いして来たのだ。
昔に比べて顔を合わせる頻度は本当に減ったけど、それでも、千賀子にとって道子は友人である。
友人のためならば、出来うる限り力を貸したい……そう、思ったからであった。
「ところで、明美も行くの?」
『それがねえ、御家族さんが風邪に掛かったから、万が一風邪を移したら嫌だからって断られちゃった』
「あ~……それは、仕方ないか」
ただし、今回は残念ながら明美は不参加であった。
──で、再び少しばかり時が流れて、土曜日。
目的地の牧場までは遠いからということで、土曜日の早朝からの出発となる。場合によっては、日帰り出来ない可能性があったからだ。
土曜日なので学校の授業があるわけだが、千賀子は学校を休む事にした。
その点については両親から少しばかり嫌な顔をされたが、『……気を付けなさい』と注意をされただけで、それ以上は言われなかった。
おそらくは相手が道子であり、どうしても千賀子の手を借りたいという話を聞いたからだろう。
これが大して知らぬ相手なら両親も許可を出さなかっただろうが、道子のことは両親もよく知っているおかげだ。
ちなみに、学校の方は事前に『どうしても外せない諸事情のため』と伝えておいたけど、特に何も言われなかった。
これは、千賀子の普段の行いのおかげか、それとも成績が良い殻なのか……たぶん、前者だろうなあと千賀子は思った。
……で、だ。
「はぇー……でっかい車ね、外国車?」
「ん~、そうらしいけど、私もよくは……爺、この車って、なんて名前なの~?」
「イギリス製の、『ハンバー・インペリアル』という車でございます、御嬢様」
「──だ、そうです~」
「そ、そう……(ガチのセレブって、名前だけじゃなく手を叩いて使用人を呼ぶのか……)」
当日、どデカい外国車で迎えに来た道子と共に出発した千賀子は、そのままお抱えの運転手(爺)のナイスなドライビングテクニックに眠気を誘われつつも……眠ってしまう前に、到着。
そこは、千賀子の住んでいる場所よりもはるかに田舎……という言い方はなんだが、何も無い場所であった。
……いや、実際には何も無いわけじゃないのだが、そう思ってしまうぐらいに、そこは広々としていた。
まず、目の前に牧場がある。名は、『双の葉牧場』
道子が先に寝てしまったせいで詳しく説明を聞けていないが、ここで生まれた馬をいくつか、道子の父が購入しているらしい。
本格的な調教を行うのは別の場所らしく、ここではそこに至るまでの段階……つまり、生産・飼育を行い、最低限の教育を施しているとのことだ。
馬の他にも家畜(食肉用)の販売も行っているらしく、少し離れたところにあるスペースが、そうらしい。
(……え、あれ? 確かにちょっと離れたところにあるけど……別の牧場かと思ったよ)
目をよく凝らせば、なんとか確認出来る。だが、さすがに距離が有りすぎて、細部まで確認することは出来なさそうだ。
規模としては、驚くべきことに中規模らしい。
千賀子から見れば、『こんだけ広大なのに中規模!?』と思わず道子と眼前の光景を交互に見やったぐらいである。
まあ、千賀子がそう錯覚してしまうのも無理はない。だって、本当に広いのだ。
芝生なのか草原というべきなのかは判断が付かないが、とにかく広々としている。かなり遠くまで見える柵もそうだが、その向こうはまた柵が見える。
所々にポツンと影というか点が見える。目を凝らせば、それは馬だ。遠いからパッと見では点にしか見えないが、目を凝らせばなんとか確認出来る。
そのまた奥に、ポツンと見えるのは……おそらく
こっちの方が近いとはいえ、さすがの千賀子でも顔が分からないぐらいに遠いが、作業員らしき人が馬を引いて作業をしているのは確認出来た。
(あれ、あの子ってどう見ても小学生……まあ、私がそうだったし、小学生でも普通に戦力扱いされるか……)
その中で、他よりも年若い人物(なんとなく、そんな雰囲気)を見付けた千賀子は、なんとなく己の小学生の頃を思い出した。
「それじゃあ、歩きましょうか」
「え、ここから?」
思わず、千賀子は目を瞬かせた。
というのも、車が止まったのは入口も入口、『双の葉牧場』の看板より少し手前だ。
奥の方に見える厩舎までには遮る物は何もないし、道が狭いわけでもない。それどころか、車4台が横に並んで走ってもまだ余裕があるぐらいには広い。
別に歩くこと事態は苦ではないが、好きでもない。
せっかく車で来ているのだし、少しぐらいは楽をさせてもらっても……と、思ったわけなのだが。
「それがね、お馬さんってすっごく臆病な生き物なの~。見慣れない車が来ただけで身構えて逃げちゃう子もいるから、歩けるなら歩いた方が良いってパパがね~」
そう言われてしまえば、千賀子もそれ以上は言えなかった。
餅は餅屋、素人が見栄を張る必要はない。千賀子は指示に従って、徒歩で厩舎へ向かう。その後ろで、運転手の爺がゆっくりと続く。
……考えてみれば、馬に限らず動物というのは基本的に臆病である。
人を容易く殺せる熊ですら、いくつかの状況を除けば、まず距離を取って逃げの手を打つぐらいには臆病なのである。
その中でも草食動物はさらに臆病な個体が多く、香水を付けているだけでも反応してしまうというのも珍しくはないのだ。
「……ねえ、道子」
無いのだが……事前に言われていた通り、香水の類はおろか、匂いが付くような食事も何も一切手を付けていないのだが。
「私の気のせいじゃなければ……こう、なんか様子を見に近付いてくる馬がさ、なんか、そう、ち○○立ってない?」
どういうわけか、近付いてきた馬のほとんどが、素人目にも分かるくらいにハッキリとアレを勃起させていた。
正直、その光景は年頃の少女……いや、男性であっても、思わず腰が引けてしまいそうな光景である。
「ん~、今が発情期なのかな~?」
「えぇ……なんか軽い、軽くない?」
「お馬さんのお○○ちん、長いよね~」
「えぇ……(呆れ)、まあ、長いけどさあ……」
しかし、道子は特に気にした様子もなく、スタスタと先を行く。
確かに、長い。実物を見るのはコレが初めてだが、本当に長い。いや、馬の体格からすれば長くないのかもしれないが、千賀子の感覚では長いし太い。
でも、道子は全く気にしていない。欠片も、怯えていない。
その、あんまりな自然体というか、見た目とは裏腹な図太さに、そういうものかと思った千賀子は納得してその背中に続いた。
まあ、それはそれとして、道子が特に怯えないのは、安全だと確信している……という面もあるだろう。
万が一にも客に怪我をさせたら廃業しかねない話になるので、柵はかなり分厚い板で、高さもかなり高く設計され……ん?
──客に怪我をさせるのがマズイのは分かるけど、廃業にまで行くのかって?
そりゃあ、だって、馬という生き物は高い。特に、レースに出すための競走馬ともなれば、その値段は一気に跳ね上がる。
ただ買うだけならまだしも、世話をしたり、調教をしたり、必要に応じて獣医の手配も定期的に行う必要がある。
ぶっちゃけると、並みの収入では馬主には成れないのだ。
この頃でも一口馬主(一頭の馬に、複数人が共同出資する)に似たシステムがあるけれども、この頃は貧富の差が激しく、共同で馬を所有しているのは少数派であった。
……つまり、この頃の馬主は基本的に金持ちが多く、金持ち同士の繋がりがあるからこそ、というわけなのである。
「こんにちは~」
「ああ、いらっしゃい。聞いていたより早く着いたみたいだね」
そうこうしているうちに、厩舎の隣にある家(たぶん、牧場主の自宅なのだろう)へと到着した道子は、たまたま出て来ていた男の人に挨拶をした。
その男の人は、この時代では珍しくふくよかな体形をしていた。
ただ、単純に太っているかと言えば、そうではない。
全体的にがっしりとした体形で、デブというよりは、ちょっと太り気味のレスラー……といった感じだろうか。
顔立ちこそ優し気だが、こういう仕事(肉体労働的な意味で)をしているからなのか、けっこうな巨漢に見えた。
「紹介するね~、双葉叔父さんですよ~」
「どうも、双葉叔父さんです。オジサンとでも呼んでください。君が千賀子ちゃんだね、話は聞いているよ」
「あ、そうなんですか」
チラリと道子に視線を向ければ、道子は満面の笑みを浮かべた。
「叔父さん、こう見えて優しいから、怖がらなくていいよ~」
「こう見えては余計だよ、道子ちゃん」
「いや、そうじゃなくて……まあいいか」
しかし、話してみるとまた、一気に印象が変わる。
なんというか、道子の親族だなと思わせる程度には雰囲気というか、絶妙な天然具合……とりあえず、悪い人でないのは分かった。
性根が悪性なら、千賀子を目にした瞬間の目で分かる。『巫女』の神通力で抑えたとしても、ねちっこく、内心に隠した欲望が感じ取れるからだ。
けれども、双葉叔父さん……オジサンには、それがない。
道子の紹介もあるけど、ひとまず気を緩めても良い相手だなと……千賀子は肩の力を抜いたのであった。
そうして、だ。
学生である千賀子と道子の時間は、特に有限だ。なにせ、学校があるのだから。
どちらも特に疲れていなかったので、早速といった感じで目的の馬と顔合わせをすることに……だが、どうもタイミングが悪かったようだ。
オジサン曰く、『
曳き運動とは、手綱やロープを使って厩務員(きゅうむいん:世話をする人)が馬を引っ張って運動させるというもの。
これは馬にとって非常に重要な作業であり、歩行異常の早期発見だけでなく、人間とのコミュニケーションや、心身の成長のために必要な事である。
なので、よほどの理由が無い限りは引き運動を止めることはしないし、むしろ、ストレス解消のためにこの頃からでも積極的に行われていた。
「──ん? 辰二、何かあったのか?」
「うん、やっぱり今日も調子が悪いようで、すぐに歩くのを止めちゃうんだ」
だが、この日。
これまたタイミングが良いのか悪いのかは分からないが、何時もならあと30分以上は戻ってこないはずの目的の馬が、戻ってきた。
手綱を引いているのは、背丈からして小学生の男の子。到着した時、チラッと千賀子が見掛けた、あの子供であった。
いくら何でもありな部分が多い昭和でも、他人の子供(それも、小学生)を働かせるのは普通に違法だし白い眼で見られる……つまり、この男の子は。
「紹介するよ、息子の辰二だ。こう見えて、そんじゃそこらの大人より馬の事を分かっている優秀な息子だよ」
「こんにちは、辰二です」
紹介を受けて頭を下げた男の子は、やはり、オジサンの子供だったようだ。
まだ小学生だからなのだろうが、オジサンとはあまり顔が似ていない。母親似なのか、パッと見た限りはちょっと線の細い真面目な少年……といった感じか。
しかし、オジサンが自慢した通り、腕前は良いのだろう。
ほんのちょっとでも馬が身体を動かせば、そのまま引きずられるようなサイズの差があるというのに、一切臆することなく手綱を引いている。
度胸もそうだが、それだけ馬を信頼しているというわけであり、その信頼に馬が応えているというわけでもあり……なるほど、腕は良いと自慢するだけの事はあるのだろう。
「あ~、辰二くんだ~、久しぶり~」
とはいえ、だ。
「……お久しぶりです、道子姉さん」
そんなオジサン自慢の息子も思春期に入って来ているのか、ほがらかに笑いながら近寄って来る道子を前に、プイッと辰二は顔を背けたのであった。
……まあ、辰二が顔を背けるのも、致し方ない。
良識ある大人であるオジサンと執事もそうだし、男の記憶(前世)がある千賀子だって、胸なんぞ自分ので見飽きているから気にも留めていないが……そう。
道子は──巨乳なのである。
それも、ただの巨乳ではない──爆乳、魔乳といっても過言ではないビッグサイズである。
いくら特注のブラを付けているとはいえ、現代よりも質は劣る。つまり、普通に歩くだけで、『ユサッユサッ……』と双山が揺れるわけだ。
加えて、道子は顔立ちも良い。ハッキリ言えば美少女である。
そんな美少女が、ユサユサと無自覚に胸を揺らしながら近づいてくる。視線を合わせるかのように軽く屈めば、余計にその大きさを強調されてしまう。
思春期に入りかけている少年に、そんな魅惑な光景を直視し続けろ……というのは、無理な話であった。
──だが、この時の辰二は運が悪か──悪かったのだろう。
「…………っ!?!?!?」
何故なら、視線を向けた先には……何気なく彼を見やる千賀子が居て、目が合ったからだ。
例えるなら、ボスキャラを前にして逃げ出せたかと思ったら、その先で隠しボスが出現していた……といった感じだろうか。
そう、今さら語るわけでもないが、千賀子は美人である。
それも、非の打ち所のない美人。さすがに道子より胸は小さいが、それでも、誰が見ても『巨乳である!』と太鼓判を押すサイズ。
道子の場合は何度か顔を合わせているし、親戚のお姉さんという関係ではあるが……千賀子とは、今日初めて顔を合わせるわけで。
「……あれ? 辰二くん、なんだか顔が赤いよ、大丈夫~」
加えて、言葉が出ないぐらいの衝撃を受けて呆然としているところに、色々な意味で直視出来ない道子の手で、グイッと直接顔を動かされてしまえば、どうなるか。
「──だ、だいじょ、大丈夫だから!」
言ってしまえば、すっぽり己の顔を埋められるぐらいに大きな胸元、その谷間を、視線をちょっと下げるだけで見える状態になるうえに、ふんわりと匂いも嗅ぎ取れたわけで。
ぎくしゃく、ぎくしゃく、と。
傍目にも分かるぐらいにぎこちない動きで、辰二は手綱を引っ張って……厩舎へと向かったのであった。
──ブフフン。
その際、やれやれ……と言わんばかりに鼻息を吹いて、指示に従う馬の姿があったけど……まあ、辰二が気付く様子はなかった。
……。
……。
…………そうして、だ。
「……その、息子が申し訳ない」
「いえ、まあ、私が言える立場ではないので……」
息子の純情っぷりを差し引いても、客を相手に無礼な態度を取ってしまった息子の代わりに謝罪をするオジサン。
あくまでも運転手兼付き人である爺からすれば、自分に謝罪をされても……といった様子。
「……? どうしたのかな~?」
そして、あくまでも親戚の子供としか思っていないがゆえに、自分のダイナマイトなバストが思春期の少年の心に如何ほどの衝撃を与えてしまっているかに気付いていない道子と。
「あ、ふ~ん……(察し)」
道子のバストと、少年の態度を見て、色々と察してしまった千賀子が残されたが……まあ、たいしたことではなかった。
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