ラストドリーム

如月千怜【作者活動終了】

ラストドリーム

「総統! このままではもうすぐ最終防衛ラインが突破されます!」

「総統! 本土への帰還命令を下したシュタイナーの部隊が戻ってきません!」

「総統! もう動ける衛生兵に余裕がありません! このままでは負傷者の治療が――」

『『『総統! 総統! 総統!!』』』


 彼らは無線経由で自らの軍を率いる総司令官『エイドラフ・タウゼント総統』に報告及び進言を送っていた。

 だが彼らの声は総統には届かない。なぜなら総統は、無責任なことにも既にこの戦いを放棄していたから。




 彼の耳に雑音は届かなかった。それは人生最後に描く絵を描き切ったため。

 彼は青年時代、画家を目指していた。そのためにこの国で一番の美術大学を受験した。

 だが彼の夢は結局叶わなかった。故に彼は軍人となり、長い時を重ねて総統となった。そして今、連合国の猛攻を受け敗戦の時が刻一刻として迫っている。

 彼は決して無能な軍人ではなかった。むしろ有能すぎるほどであった。だからこそ連合国は彼の才能と思想を恐れた。

 彼に無数の伝令を送る部下達は改造人間にされた兵士達。誰も自覚などしていないが、全員が彼の思想の被害者であった。

 そう、彼は敗戦を間近にした時になって、封印していた『画家になる』という夢を思い出したのだ。


 連合国軍の兵士が、彼の総司令部にたどり着いた時は、既に彼は拳銃自殺していた。

 そして彼は、連合国軍の用いている言語全ての分の遺書を書いていた。


『君達の勝利を祝して私の最後の絵を送る。君達がこれをぞんざいに扱おうと、私に君達を恨む権利はない』


 奇しくも連合国軍の兵士達は、エイドラフ総統が最後に観た景色をおもんばかったのか、この絵の銘を『ラストドリーム』と命名した。


 戦争が終わった後、連合国軍の兵士は彼の絵を丁重に扱った。そして連合国の盟主であった国の一番大きな美術館に寄贈したという。この絵は極悪人エイドラフが生きた証の一つとして、記憶されることになった。


――世界中から憎しみを背負ったこの男が、自分達と同じ一人の人間であったという証拠として。そして――どんなに素晴らしい画家だとしても、過ちを犯す証として。








【作者コメント】


 本作の公開を最後に、如月千怜はカクヨムでの執筆活動を当分終了します。先日から告知していた通り、これはエイプリルフールの嘘ではありません。

 お読みいただいた方はわかると思いますが、本作は第2次大戦における某国の総統がモデルです。

 ただしあくまで作中に登場する国家及び人物は、あくまですべて架空のものです。

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