とりあえず食べますか?

宿木 柊花

第1話

 小鍋を用意する。


 取手とってを失ったフライパンを除けば唯一の我が家の調理器具。

 今はレンジ調理もあるけれど、サバ缶を爆発させてから怖くてやっぱりガスに戻った。

 使い込んでいてレトロな花柄は焦げ付きで燃える花畑みたいになっているが、気に入っている。

 中は比較的きれいに使っていると思う。気づいた時には底にあったはずの花はなくなっていたけれど。


「今日は何にしようかな~?」


 冷蔵庫をあさる。

 スライスチーズがあった。

 二枚。

 賞味期限は今日。


 冷凍庫も漁る。

 豚肉発見。

 しもで中は見えないけれど、たぶん小間切れのはず。


 庫内の野菜置き場を確認。

 少しずつ残った野菜と少量のきのこ。

 玉ねぎは少し匂う。

 振り向けばしなびたキャベツ。

 なぜ一玉買ってしまったのか。


 腕まくりをしてギリギリ食材たちを調理台へ並べる。どうしたものか。


「ちょっと待っててね」

 話しかけて、きゅっと胸が締め付けられた。

 静まり返った部屋は何も変わらずそこにあるのに、その冷たさは容赦なく心臓を握る。


 唇を軽く噛みしめ、目をぎゅっとつぶる。

「よし!」

 パッと開いた視界は鮮やか。


 野菜を細かく細かく刻み鍋へ入れる。

 何でもいい。

 まだ食べられる野菜をみんな刻んで入れていく。刻んでいる間は目の前の事だけに集中できる。見たくない現実も骨身にしみる寒さも忘れられる。

 全てが細かく刻めたら、塩とこしょうを振り入れ、あればナツメグを少々したいところだが今は無い。

 そこへレンジ解凍を友人に教わってこころみた豚を入れる。

 やっぱり小間だった。大きめの豚肉四枚は取っておく。

 鍋の中で優しく混ぜて四等分し、チーズを半分ずつ丸めて芯にいれた肉団子を作る。

 取っておいた豚肉で包み、大きな肉巻きが四つできた。

 鍋はそのまま使うことにする。


 手を洗って萎びたキャベツを優しく一枚ずついでいく。萎びているからかゆっくりやれば切れずにきれいに取れた。

 これも友人に教わった通り洗った水気たっぷりのままラップで包んでレンジへ入れる。

 しんなりしたらこぶしで芯を叩く。痛いけどここが大事らしい。

 四つの肉巻きのうち一つをキャベツの上に置き、春巻きのように巻く。巻き終わりは下にして楊枝ようじで留めたいが無かったからそのまま鍋に並べる。


 四つ入れるとギチギチでかわいそうだけれど、開く心配もなくそのまま水を入れた。

 友人がくれた葉っぱはパリッと折るといい香りが広がった。

 これを乗せればいいって言ってたな。


「ない!」


 問題発生!

 トマト缶がない!

 固形のコンソメもない!

 家中漁ってようやく見つけたのは、コンソメ味のカップスープの素と食べかけのコンソメ味のポテトチップスだけ。

 味はコンソメだけど、ダメかな?


 ぐるぐる部屋の中を回ってからお腹の鳴き声で思いきって両方入れた。


 ぐつぐつ、ぐつぐつ。

 弱火でコトコト。


 ちょっと味見。

 うーん……薄い?

 塩を足して味見。

 やっぱり何かが足りない。

 ふと棚の奥に野菜ジュースのパックを発見。

 トマトベース……。

 行けるか……?


「入れちゃえ!」


 優しくコトコト。

 味見。

 甘味十分。

 でも塩味と何かが足りない。

 醤油を少々。

 グッと良くなった気がする!


「できた」


 器に入れて友人に何とかできたと写真を送る。

『よかったね』とスタンプが返ってきた。


「見て。上手にできたよ」

 空っぽの部屋。

 一人きりになってしまってから初めてちゃんとした料理を作った。

 低いテーブル。

 癖で中央に置いた料理。

 もうあの攻防戦もしなくていいのだと思うと、涙がこぼれた。

「今日はねぎ入ってるからダメだよ……」


 こんなにも静寂は重かっただろうか。

 部屋は広かっただろうか。

 味がしなかっただろうか。


「あとでごはんあげるね」


「そうだ、キャベツ、レンチンできるようになったんだよ? 好きだよね」


「ごめんね、勝手に泣けちゃうだけだから心配しないで」


 真っ暗なテレビにいびつに笑う私が映る。

 一人きりの部屋は無機質で色がない。

 無理やり食べたロールキャベツも一口が限界。

 残りの三つをタッパーに入れて冷蔵庫に押し込む。

 冷凍の方が良かったかもしれない。

 これも一つの願掛けのようなもの。



「今から行くね」

 銀行から下ろしておいたお金は大家さんへと書いた封筒に入れておく。バイトで貯めて少しは足しになるはず。


 いつもはしない化粧に戸惑いながらも我ながらきれいにできたと思う。

 お気に入りの服を着て、浴室に向かう。

 あの子の首輪をブレスレットにして新しいカッターの切れ味が良いことを願う。

 お湯を出して湯船に溜まっていくのを眺める。

 私は本当に歪んでいる。

 あの子の元へ行けるというのに手が震える。


「あ、最期にサヨナラ言っておかなきゃ」

 友人にありがとうとサヨナラを送信する。


 ピコーン!

 玄関扉のすぐ近くでLINEの音がした。

『開けろバカ!』

 友人その声に弾かれたように立ち上がり、扉にすがり付く。

「開けない」

『ならピッキングするぞ』

「できないくせに」

『きれいにはできないけど、開けるだけならどうとでも方法はあるんだよバカ』

 私はそっと鍵を開けた。

 扉が破壊されても困るし、すぐに帰ってもらおう、そうしよう。

 大家さんへどこまでも迷惑かけるわけにはいかないから。


 友人は扉を強引に開けて私を掴んだ。

「よかった」

 何か勘づかれていたようだ。

 それから友人は帰らなかった。

「ひっでー、顔」

 豪快に笑う彼女に私もつられて笑う。

「お腹空いたロールキャベツ残ってるならちょうだい、ほら好きそうなお菓子買ってきたからさ」

 彼女はズカズカ上がってきた。

「食べかけのポテチ入れたけどいいの?」

「全然オッケー」

 買い物袋の中には歯ブラシも入っていた。

 帰る気はないらしい。


 今夜は彼女のメーク講座が始まる。

 明日はファッションだそうだ。

 その次は料理だって。




 ごめんね、まだ私は彼女に解放されないみたい。すぐに行くから待っててね。

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とりあえず食べますか? 宿木 柊花 @ol4Sl4

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