トリ あえず

楸 茉夕

トリ あえず

「そういうスタンプあったよな」

「スタンプ?」

「メッセージアプリのスタンプ。トリあえず云々みたいな」

「あーあの鳥のやつ」

「そうそれ。ただの被りなのか、わかっててやってんのか、単にスタンプの方を知らないのか」

「ネタ被りなんて珍しくもないさ。スタンプの方を知らなかったんだろうさ」

 話している二人の頭上に、黒い影が差し掛かった。見上げれば、トリさんが翼を畳んで急降下してくるところだった。

「うわあ!」

 二人はすんでのところでトリさんを避ける。トリさんは地面に激突する寸前に翼を開いて着地した。

「黙って聞いていればトリのことをパクリだのカブリだのと」

「そこまでは言ってません」

「トリさんとあの鳥は似ても似つきません」

 口々に言う二人を、トリさんは翼で指した。

「大体もう人類のアイデアなんて出尽くしてるんですよ! トリと言われたらトリあえずと言いたくなるでしょう⁉︎」

「そうですね自然の摂理です」

「トリさんの仰るとおりです」

 二人に言われてトリさんはフンと鼻を鳴らした。

「それで、書けたんですか」

「いやあ、まだ……」

「取り敢えずプロットはこんな感じで……」

「取り敢えずで濁すんじゃありませんよ! 締切は疾うに過ぎてるんですからね! 口を動かす暇があったら手を動かしなさい! 明日の朝までですよ! いいですね!」

 言うだけ言い、トリさんは飛び去って行った。トリさんは一羽しかいないので、常に忙しそうにしている。

「大変だなあトリさんも」

「色違いで何羽かいたらまた違うんだろうけどな」

 呟きながら二人は作業に戻る。明日の朝までとのことだったが、明日とはいつのことだろうか。

 二人とも、ここのところ太陽を見た記憶がないのだ。

「俺たちもがんばろ」

「書かないと出られないからな」

 ○○しないと出られない部屋なんて、フィクションの中だけだと思っていたのだが、二人は今まさにそのような部屋に閉じ込められている。

「と言うか、さっきのトリさんどっから入って来たんだろうな」

「そういえば……窓も扉もないよなここ」

 二人と机椅子とpc以外は何もない世界。周囲は白で塗りつぶされている。

「……本物かな?」

「やめろよ、二人で同時に幻覚見たってのかよ……」

 どちらにせよ、もうトリさんはいない。二人には書くことしか残されていない。



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