トリあえずトリをトリにいく

マフユフミ

トリあえずトリをトリにいく


告白はこっちから。

「…良かったら、コンビ組まない?」

そりゃあもう緊張した。

いくら同期だとは言え、向こうはローカル局ではあるもののレギュラー番組を何本も持っていた売れっ子。

解散した途端、コンビ結成のお誘いが殺到していることなんて想像に難くなかったから。

それでも、どうしても声をかけずにいられなかった。

アイツの才能が、同期の中で突出して面白かったあのセンスがこのまま埋もれてしまうなんて考えられなかったし、これまでとはまた一味違う面白さを自分なら引き出してやれるんじゃないか、なんて根拠のない自信もあったから。

しゃべくりを志す者としてはあるまじき拙さで、自分の思いを伝える。

実は僕は話すのがうまくない。

それを重々承知の上でこの世界を選んだのだから、やれるだけのことはやり尽くす。

「ちょっと、考えさせて」

アイツはまっすぐに僕を見て、そして言った。

「いろいろ考えてみる」

先に店を出ていった後ろ姿を見ながら、ふーっとため息をついた。

こんなに緊張したのはいつぶりだろう。

ちょっとだけ手は震えていたし、握っていたタオルハンカチもしわしわだ。

でも、できるだけのことはした。思いは伝えた。

あとはアイツの決断を待つだけだ。



それから3日後、今度はアイツの方から呼び出された。

「おまえさぁ、俺と組んだとして、どうなりたい?」

相変わらずまっすぐに相手を見てくる男だ。

その視線に負けないように、僕もアイツを見る。

「俺、これまでテレビとか出させてもらってきたけど、実は全部しっくりきてなくて」

それは初耳だった。

もちろん日々思うことはあるだろうけど、順調に進んでいるのだとばかり思っていた。

「本当は舞台だけ出てたい。仕事はありがたいけど、嬉しくない。ずっと、お金なんかなくてもいいし、バイトしてでもなんでも舞台に出てたいんだ」

アイスコーヒーをすする。

表面の水滴で濡れた手を、律儀に紙で拭き取る。

「そんなだから、相方の意識とどんどんズレてきて。このへんが解散の理由でもあるんだけど」

再び僕の目を見る。

「もしおまえがタレントを目指すなら、俺は組めない。もうそういう間違いはしたくないし。そのへん、どう?」

まっすぐな視線だなぁ、と思う。不器用で、それでもブレない。

「…僕は、しゃべるのもうまくないし、華みたいなものもない。そういうのも全部分かっててこの世界を目指したのは、」

しっかり目を合わせる。

「舞台に出たいからだ。劇場で生の舞台に立って、それでお客さんを笑わせたい。あの空気が好きなんだ。なんというか、生きてるって感じがする。そのためだけにやってきた」

嘘偽りない本当の話。

「だから、僕とコンビ組んでください」

強い視線がふわりと緩む。

「こちらこそ、よろしく」

アイツは柔らかい笑顔で言った。

「俺とおまえが組むなら、目指すのはあの大劇場のトリだ!」

「お、おお!」

「でっかい夢だ。それでも、おまえに誘われたときその絵が見えた。俺達なら行けるって」

うれしい。そう言ってもらえてすごくうれしい。

「それなら僕も、同じ夢見るよ」

「よしっ!俺達二人で、とりあえずトリを取りに行こうぜ!」

アイツは恥ずかしげもなく手を差し出してきたから、僕もそっとそれを握り返した。

こうして、僕たちのコンビ「トリあえず」は夜更けのマクドナルドで結成されたのだった。

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トリあえずトリをトリにいく マフユフミ @winterday

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