とりあえず通販詐欺

七倉イルカ

第1話 梱包箱のサイズ


 「……とりあえず、何とか利益を上げないとなあ」

 漁港の近くにある『ミズモレ水産』の小さな事務所。

 机の上のパソコンの画面を見る船岡は、深い溜息をついた。

 

 船岡は漁師である。

 父親の跡を継いだのだ。

 父親は、昔気質の漁師で、水揚げした魚をセリ場に運んで売ることのみで生計を立てていた。

 このように市場を通して商品を流通させることを『市場内流通』と言う。


 船岡は違った。

 時代は変わったのだとばかりに、『市場外流通』に力を注いだのだ。

 市場を通さない直接販売、ネットを利用した通販である。

 立ち上げるのは、さほど難しくはなかった。

 通販サイトに生産者・販売者として登録し、手順に従って、水揚げした魚介類をサイトにアップして売ればいいのだ。


 今、船岡の前にあるパソコンの画面には、通販サイト内にある、『ミズモレ水産』の商品が表示されていた。

 『鮮魚詰め合わせA・1㎏以上 2300円(税込み)+送料』

 『鮮魚詰め合わせB・3㎏以上 4500円(税込み)+送料』

 『鮮魚詰め合わせC・6㎏以上 8800円(税込み)+送料』

 そして、水揚げした魚のサンプル画像がある。


 売れれば、通販サイトに手数料を支払う必要があるが、それでもセリ場で売るよりは、割がいい。

 市場内流通では、消費者に届くまでに、大卸、仲卸、販売者と中間業者が入り、それぞれが利益を確保するため、どうしてもセリ場での値は安くなり、消費者に届く値は高くなる。

 500円でセリ落とされた鯛が、スーパーに並ぶころには1800円となるのだ。

 しかし、通販による、市場外流通でさばけば、大卸、仲卸をすっ飛ばし、自らが販売者になるため、多くの利益を得ることが出来る。

 単純計算で言えば、上記の鯛を1500円で出品して売れれば、セリ場に回すより1000円も儲けが増え、消費者も300円安く購入できる。

 ただし、実際には送料がかかるため、消費者はあるていどまとまった量を買わないと、安く鮮魚を手に入れることはできない。

 そのため、船岡は鮮魚を詰め合わせとして㎏単位で売っているのだ。

 通販による販売は、梱包、発送などの手間も掛かるが、その分、実入りも大きいのである。

 

 しかし、同様のことを考え、実行する漁師も増えてきたため、ここ最近の売り上げは右肩下がりとなっていた。

 売値を下げれば、売り上げは持ち直すだろうが、利益は減る。

 漁船の燃料が高騰する今、それは避けたかった。


 「こんにちは」

 と、事務所にスーツ姿の男が現れた。

 「あんた、誰だい?」

 船岡が顔を向ける。

 「わたくし『サギトリ梱包』の佐木沢と申します。

 通販サイトで、御社のページを拝見し、利益アップのお手伝いができると思い、うかがわせて頂きました」

 「利益アップ?」

 佐木沢と名乗る男が名刺を差し出し、船岡は警戒する目でそれを受け取った。


 「はい。当社で販売している、この梱包箱をお使いいただければ、利益が二割ほどアップすること、間違いございません」

 佐木沢は足元に置いた大きな紙袋から、二つの発泡スチロールの箱を取り出した。

 「こちらに置いても、よろしいですか?」

 船岡に許可を取った佐木沢は、近くの作業台の上に、その発泡スチロールの箱を置いた。


 60サイズと80サイズ。

 鮮魚を発送する際、船岡が良く利用するサイズの発泡スチロール製の梱包箱である。

 注文の入った鮮魚は、発泡スチロールの箱に入れ、新聞紙を間に挟んで保冷剤を乗せる。

 魚に直接氷を当てると、氷焼けを起こし、味の低下や型崩れが起こるのだ。


 「いつも使っている梱包箱と、どこがどう違うんだ?」

 「まあ、とりあえずは、お聞きください」

 佐木沢はインチキ臭い笑みを浮かべて言う。

 「御社の商品の梱包ですが、鮮魚詰め合わせAは60サイズ、Bは80サイズ、Cは100サイズの梱包箱を使われていることと思います」


 「そうだよ」

 船岡がうなずいた。

 配送業者の冷蔵便は、重さと外寸によって料金が決まる。

 外寸とは、梱包箱の外側、長さ・幅・深さの三辺を合計した寸法のことである。

 60サイズは、重さが2㎏以内、外寸が60cm以内。

 80サイズは、重さが5㎏以内、外寸が80cm以内。

 100サイズは、重さが10㎏以内、外寸が100cm以内。

 それぞれ重量がオーバーしない様に魚と保冷剤を入れて発送している。


 「現在、御社の販売ページは、このような形かと思います。

 あ、梱包箱のサイズは、私が付け加えさせていただきました」

 佐木沢は、持参していたタブレットを起動させた。

 画面に、簡素化された船岡の販売ページが映し出された。


 『鮮魚詰め合わせA・1キロ以上 2300円(税込み)+送料』60サイズ

 『鮮魚詰め合わせB・3キロ以上 4500円(税込み)+送料』80サイズ

 『鮮魚詰め合わせC・6キロ以上 8800円(税込み)+送料』100サイズ


 「これを、このように修正します」

 佐木沢が画面をスワイプすると、修正版が現れた。


 『鮮魚詰め合わせA・1キロ以上 2300円(税込み)+送料』60サイズ

 『鮮魚詰め合わせB・80サイズに入るだけ 4500円(税込み)+送料』

 『鮮魚詰め合わせC・100サイズに入るだけ 8800円(税込み)+送料』


 ……?

 船岡は首を傾げた。

 詰め合わせAは変わっていないが、BとCは、魚の重量ではなく、梱包箱のサイズが記され、そこに入るだけという説明になっている。

 「あんたさあ、80サイズの梱包箱いっぱいに鮮魚を入れて4500円なら、割に合わないよ。

 100サイズも同じだね。

 今のままで売る方が、よっぽど利益が出るさ」


 「分かります。分かります。

 ですからこそ、わが社の梱包箱なのです。

 この80サイズと、100サイズの梱包箱を使えば、とりあえず、利益は爆上がりです」

 佐木沢の言葉を聞いた船岡は、驚いた顔になった。

 「あんた、今、なんて言った!

 まさか、その梱包箱は……」

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