ストーム財団編

第15話 ようこそ、ストーム財団へ

第15話 ようこそ、ストーム財団へ


「ようこそ、ストーム財団へ」

急におそらく偉い人との会合場所であろう立派な部屋に通されて、急に言われた言葉である。僕たちは、その言葉の意味を理解できずに一瞬固まった。すると、そんな僕らを見て、相手がこう言った。

「座って話をしようか」


僕たちがソファに座ると、相手が話しかけてきた。

「そう言えば君たちとは初対面だったね。自己紹介がまだだった」

そう言って、自らのポケットから名刺を取り出した。

「私はザイン。このストーム財団ストームバスター北アフリカ師団の情報課の長でございます。以後、お見知り置きを」

「情報課?あまり聞いたことがないな」

おじさんがそう疑問を口にする。よくこの流れで話せたと思う。

「そうですね。情報課は主に上下の情報をやりくりする課ですから。民間へは広報課が降りますし、ほぼ我々が市民に認知されることはありません」

「上下の情報・・・・・・、ってことは本部とかからの情報ってことか?」

「はい、それと、上への報告ですね、主な業務は」

「へー、それで今日はどういったご要件で?」

おじさんは名刺をしまい込むと、本題へと移った。

「先日の件のことを上に報告した際に下った命令なのですが・・・・・・、養子であるエヴィルさんとハナさんを、我々ストーム財団にスカウトしたい・・・・・・と」

急だった。あまりにも急だった。急すぎて吹くかと思った。

「え?」

「私も聞き返したのですが・・・・・・あまり詳細はわからないんです。上の見解としては多分お二人があのSH(ストームヒューマノイド)に唯一接した人物だからだと思いますよ」

「だとしても急すぎやしませんか?そっちの負担も大きいでしょうし」

「それはそうなのですが・・・・・・なにせ“上の命令は絶対”ですから・・・・・・」

少し悪びれた表情で相手の男は返した。

「もちろん、断る権利はあります。さすがに我々とて強制などしたくありません。ストームバスターという仕事は楽なものではないです。戦闘員になれば死ぬ可能性もある。そんな危険な仕事です」

ストーム財団に入るには厳しい審査がある。それは、それほど危険であり、エリートでなければ入ることができないというトップ財団だからこそのこと。それを全て無視してまで自分たちを欲する理由が、全くわからなかった。

「こんなケースは初めてで・・・・・・うちも混乱しています。『上は何を考えているんだ!』って言っている人もいましたね・・・・・・」

あちらもこの状況を丸呑みできる状況ではないらしい。どうやら、また面倒事に巻き込まれたようであった。

「今日返答は難しいでしょうから、一度持ち帰って検討されてみてください。退院日、今日でしょう?」

狙ったように今日の朝にこの話を持ちかけたのはこのせいか。

「電話番号はさきほど渡した名刺にあるので、そちらにかけていただければ、すぐに対応できます。返答の期日はそうですね・・・・・・」

そう言って彼は部屋の隅にあったカレンダーを見る。よく見ると、まだ先々月のままだ。男は立ち寄ってカレンダーをめくる。

「そうですね・・・・・・今日が4月9日なので・・・・・・13日ぐらいまでに返答をいただけると嬉しいですね」

そう言って再びソファに戻って来る。

「このような時に急にお呼びしてしまってすみませんでした。じっくり家に帰って考えてください」

そう言って男と共に部屋をでた。

「あんたの部屋じゃないの?」

おじさんがそう聞くと、

「ここは来賓用の接客室なんです。今回は特別に貸していただきました」

「へー、どうりで見ない部屋だと思ったよ」

「それでは、私はここで」


その後、僕たちは車に乗って自分たちの街へと帰った。家に帰るのは実に一週間ぶりだ。

「やーっと帰ってこれたな」

おじさんは家のドアを開けて中にはいるなりそう言った。おじさんも僕らの入院に伴って一緒にいてくれたのだ。家が久しぶりなのは変わらない。

「よし、どうやら壊れたところはなさそうだな」

あの巨鳥、デーモン・フェザーの暴風による被害を街はもろに受けていた。実際に都市機能は70%以上が麻痺しているという。この街はこの付近では一番大きい街でもあるが故に、その被害は深刻なのだという。

エヴィル達の家は被害を受けた礼拝堂のほぼ真逆に位置しており、ダメージは全く無かった。

「とりあえず全員が無事でよかったわ」

ハナがそう言う。

「今日はゆっくりしよう。俺は運転で疲れたんだ」

おじさんが車を長い時間運転して帰ってきたからか、おじさんはソファに横になると、すぐにいびきをかきながら寝てしまった。

「そういえばエヴィル、アレはどうするの?」

「アレ?」

「団員の人が言っていたやつよ」

「あー・・・・・・」

エヴィルは返事を濁らせる。

「私はあまり乗り気じゃないわ。正直・・・・・・上手く仕事をできるイメージがつかないわ」

ハナのその言葉を聞いて、エヴィルも言う。

「ボクも同じだ」

天井を向いたまま続ける。

「正直エリートたちの集まるあの場所に馴染める気がしない。ボクの友達も数人ストーム財団の入団試験を受けてたんだよね」

少なくとも、常に一定層の志望者がいる。それがあの組織だ。実際にネームバリューは抜群で、かなりのエリートだということの証明にはなる。そういう名声を求めて入るものも少なくはない。だが、一番の理由は・・・・・・

「やっぱり浮く気がするんだよね・・・・・・。大抵の人はSK(ストームクリーチャー)に強い恨みとか憎しみを持っている人だし・・・・・・そんな中に入っていける勇気はボクにはないかな」

ストームバスターとしての仕事を復讐として捉える人もいるのだ。それ以外にも給料や、それこそスカウトなど、ありとあらゆる方法で優秀な人材が各地から集められる。それがストーム財団なのだ。

「そうよね・・・・・・。私もそう思うわ」

ハナも自分の考えに同感のようだ。だが、エヴィルにはある一つの取っ掛かりが残った。それは——あの男が発した最後の言葉である。その言葉をここで言うことは私でもできない。だが、これだけは言わせてほしい。その言葉は、全てをひっくり返す、壮大な計画なその元にたどり着くための唯一の手がかりであり、目印であるということだった。


たとえ自分の命をなげうってでも、彼の願いに応じるべきか。エヴィルは夕日が見える時間帯に散歩をしていた。考え事をするときにエヴィルはたいてい一人で散歩をする。

(あの言葉が本当かどうかはわからない。でも、それならいくつかのことに説明がついてしまう)

でも、その選択には大きな代償が伴うことをエヴィルは最初に理解していた。

(この選択は全てをなげうつ覚悟があってこそ成り立つものだ。でも自分にその覚悟、いやたとえそうしたとしても叶えられる自信がない——)

たとえそれが我々の悲願であってもなのか。あまりにも残酷すぎるこの世界には嫌気がさす。だが、それの裏返しなのか——


エヴィルの顔に夕日の光が一直線に差し込んだ。

「——世界は美しい」


エヴィルが家に帰ったのは結局日が落ちてからだった。といっても、そこまで遅いわけではない。日が地平線に消えていくのを見届けてから帰っただけだ。でも、ハナは心配してくれた。

「遅いからまたなにかあったかと思ったじゃない。本当にやめてよね」

「ごめんごめん。わかったから」

そう言って部屋に戻ろうとすると、いつもと何か違ったのか、ハナが鋭い質問を投げかけてきた。

「何か、悩み事でもあるの?」

さて、どうするかとエヴィルは考えた。案外、正直に話すことも悪くはない気がする。だが、それはそれでハナに押し付けるような気がして、ためらった。だが、あまりにも間を開けすぎた。完全にハナの中では疑問が確信に変わったようだ。

「何かあるなら隠さずに言って。私は・・・・・・貴方が心配よ」

余計エヴィルはためらう。流石に自分のわがままに他人を巻き込むのは気が引ける。だからこそ言えない。

「・・・・・・」

エヴィルはそのまま何もいわずに自分の部屋へと入ってしまった。ハナは部屋の中まで追ってくることはしなかったが、しばらくの間、彼の部屋を見ていた。


(これが我々にかせられた使命ならば、果たさなければなるまい。だが・・・・・・、いや、考えるのを放棄しよう。これ以上考慮しても仕方がない)

エヴィルは自分の部屋で頭を冷やしつつ、考えていた。何を自分はすべきなのか。自分の与えられた時間を使って何をすべきなのか。

(やはりこの選択を選ぶべきだ。私も・・・・・・彼と同じ道を歩むはずだったのだ。この道から逸れれば・・・・・・私は絶対後悔する)

彼の目は生きているのか、それとも死んでいるのか。どちらかわからなかった。


「エヴィル、大丈夫か?」

彼が部屋を出るなり、おじさんが話しかけてきた。おそらくハナから様子がおかしいことを聞いたのだろう。それを踏まえて、こう言う。

「あ・・・・・・ああ、大丈夫だ」

その口調に違和感を覚えたのか、おじさんは一瞬戸惑うような顔をしたが、そのあとにつづけた言葉は、

「そうか。ならいいな」

だった。


「で?二人はどういう気なんだい?」

夕食の席でいきなりおじさんが聞いてきた。

「財団のこと?」

ハナが問い返すと、そうだ、というように首を縦にふった。

「一応・・・・・・」

ハナがそう言いかけた時、

「入団しようと思ってる」

エヴィルがそう挟んだ。

「え?」

急なことにハナが聞き返す。

「自分の仕事とかもなくなっちゃったし、別に入るのもいいかなって考えたんだ」

急に意見を変えられたことにハナはびっくりしたのか、しばらく黙ったままだった。

「ハナはどうするんだい?」

おじさんは黙ったままのハナに話題を振ってきた。すると、

「・・・・・・私も入る気だよ」

エヴィルはその言葉に驚いた。

「別にボクが行くからって無理はしなくていいんだよ。君は・・・・・・」

「別に私の意思で決めたことよ。他人に否定される気はないわ」

急に強い口調で当たってきたため、少しびっくりしたが、それもそうかと納得する。そして、再び正面のおじさんにむかう。

「別にオレは構わんが・・・・・・」

数秒考えたのち、彼が発した言葉は、

「別にオレはハナの言った通りお前たちの考えに口を出すつもりはないが・・・・・・死ぬなよ?」

死、という言葉が口から発せられ、一瞬空気が凍り付く。だが、

「ええ、死ぬようなことはしないわ。危なくなったらすぐに逃げるから」

そうハナが答えた。

「そうか・・・・・・。ならおまえらに任せるぞ」

そう言って自分たちにポケットに入っていたくしゃくしゃの名刺を渡した。

「電話は自分でかけろよ?お前たちで決めたことなんだから」

そう言うとおじさんは席を立った。


「はいはいもしもし」

電話をかけると名刺の男、ザインの声が聞こえてきた。

「すいません。こんな時間に」

「いえいえ、電話をかけてこられたってことは決断されたんですね」

「はい」

一拍置いて言う。

「例の話、お受けしてもよいでしょうか」

ちょっとその返答は意外だったらしく、相手の声が聞こえなくなった。

「もしもし?」

あまりにも返答がなかったのでエヴィルが問い返した。

「そ、そうですか。わかりました。正確なことはまた後日連絡いたします」

「あ、はいわかりました」

「それでは改めまして・・・・・・ようこそ、ストーム財団へ——」

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