第14話 アリスと騎士団

 十八歳の夏、アリスは誕生日のプレゼントにお父さんに馬をねだり、初めて馬に乗りました。

その馬は白馬でとても駆けるのが早く、アリスは、その馬上の高い目線から、歩き慣れた丘道を下へと駆け抜けていると羽が生えたグリフォンの様な気持ちになれました。

そして鞭を持ち、馬上から人を見下ろす事に楽しさを感じる、すこしサドな自分にも気づきました。

そんなこんなでアリスは、少し気も大きくなっていきました。


 そんなある日、いつもの丘下りにも飽きて来た頃、その名を聞いた事はありますがまだ訪れた事のない、名所の湖畔のほとりにある羊牧場を目指す事にしました。

その道中、白樺しらがばの森の中で綺麗な湖を見つけました。地に刺してある木看板には鏡湖と描いてありました。その名の通り水面を覗き込むと鏡の様に自分の顔が鮮明に写り込みました。

アリスはその写り込んだ自分の顔を観て少し疲れている感じにも見えましたが、何か自分に似てる別人の様で、少し綺麗に感じました。

「鏡よ鏡よ、鏡さま、どうやらこの世で一番綺麗なのは、私では無い見たいね、いま映っている人は、どこのだれかしら?」

と独り言を呟くと、アリスは、その湖で馬も自分も休憩する事にし、馬にその湖の水を飲ませ、一回背伸びをし、腰に両手を添えて数回お尻を振り腰をほぐすと、その場に座り膝を抱え、湖の水面に映り込むアルプス連峰と、薄い淡白色からだんだんと深い蒼色に、ソーンと変わってゆく、抜けゆく空を眺めていました。

『今日は、この湖迄でよいかしらと』

アリスは思いました。

でもすぐに、

『一回決めた目標は達成したいとね』と考えを思い直しました。

そうな事を考えていたら、馬に乗った男子の集団が対岸側に現れ、アリスから少し離れた場所でアリスと同じ様にそれぞれの馬に水を飲まし始めました。

その男子達が着ているキラキラした上着の両肩部分はキノコの様な形していて、その身なりからして若い貴族の人達とアリスは思いました。

少しして、その人達は、アリスの方を指差して何かを騒ぎ話し始めました。

やがてそのうちの一騎が群から飛び出し、湖のふちを時計周りに走り、アリスの方に駆け寄って来ました。


アリスは『何よ』と思いました。


目の前迄来た。その馬上には、少し息を切らせた、青年の姿がありました。

その青年は、アリスの顔を見つめてきました。

気の強いアリスも負けずに見つめ返します。

そして馬から降り、アリスに軽く会釈をし。

「これは、お嬢様、どちら迄?」

アリスは、その青年の少し甘いマスクと清潔感のある短いシチサンに分けた金髪のツーブロックヘアーに、少し気を良くし、目的地を教えて上げました。

「ほう、これは奇遇ですね、私達もそこへ行く所なんです、どうでしょう、ご一緒しませんか?」

「別にいいけど、私は早いわよ」

そう言うと、その貴族の青年はニコリとし。

「それは、それは、では、是非にそのお手並みを拝見したいと思います」

アリスは、その貴族の青年の仲間達と順に挨拶を交わしました。

皆んな少しヤンチャな感じですが良い人達見たいです。

その青年達が着ている上着の背には、騎士が持つランス(長槍)の刺繍がお揃いで施されていました。


 アリスを隊長気分で先頭になり、走り出しました。

でもその思いとは裏腹に、アリスは、ドンドン追い抜かれ、すぐにその青年貴族達から離されてしまいました。

焦って馬にいつもより強めに鞭を撃ちます。

でも中々に追いつけません。

おまけに、あれだけ澄んていた蒼空も黒く変わってしまい。

アリスは、さらに焦りました。

『こんな、はずじゃ!』

雨が降って来ましたが、そんな事を気にしてる場合ではないとアリスは思いました。

そのうち道が長い見通しの良い一直線な道に変わりました。

アリスは、そこで遅れを取り戻そうといっそう激しく馬に鞭を入れ、一気に速度を上げました。

その影響で視界は放射線に変わり狭まっていきます……そして遂に先に微かに見える貴族達の群れが見えて来ました。

『よしっと! もう少しよ!』と思った時、一騎の馬が速度落としたみたいで、すぐにアリスの横に並びました。

その馬に乗っていたのは、最初にアリスに声をかけてきた青年でした。

アリスは言い放ちました。

「なに、笑いに来たの?」

「笑いに?、違うよ、知らせに来たのさ」

「知らせにですって、何よ!」

「まあ、聞きたまえ、この先はもうすぐ、急なカーブになるよ、それを知らせにさ」

「カーブ?、そんなの近付けばわかることだわ!」

そうアリスが意気込むと、その青年は、またニコリとし。

「これは、失礼」

と頭を下げて来ました。

アリスは、その青年の態度を白白しく感じ、馬鹿にされていると思いました。

「わかったわ、もう行っていいわよ! 見ての通り亀だった私は、ユックリひとりで行きますので! どうぞお構いなく!」

そうアリスが、またツーンと意気込むとその青年は、

「亀~、はっははは、君は僕達を見失わずに着いて来れてるだけで大したものさ、皆んな関心してるよ、特に僕は」

「特にですって、心では、笑ってるくせに!」

「笑ってないよ、僕なんか最初は、すぐに置いていかれたからね、後で皆んな聞いてごらんよ」


「……」


「おっと、そろそろカーブ来るよ、違ったもうカーブ中だよ」


「えっ!」


 アリスは、その青年と馬上から話していた事で無意識にスピードを落としていたそのおかげで、その近づく迄、いえ、気付かずに、それは駒が飛んだ様にしてふいに差し掛かってしまう不思議な急カーブを曲がって行く事かできました。

が雨は視界を歪ませる様なスコールに変わりました。

そのカーブの終わり頃に、その外側の少しそれた場所に一枚の廃壁があり、一瞬雷が光った時、その壁に向けて駆けていゆく自分の残像がアリスは見えた気がし、瞬きするとその壁の前に置かれた複数の十字架の石碑が目に入りました、その時、青年の声が聞こえました。

「アリスこっちを見るんだ! 行く方向を!」

そう言われてアリスは、少し前を走る青年の背の方を向くと頬に何か冷たい刃物の様な風がかすめていった気がしました。

アリスはスコール越しの青年の背を見続けました。


………

 

「あの十字架は、だれかが亡くなったみたいね……」

と雨も通り過ぎ、無事にカーブを曲がり切ったアリスがそう呟くと、青年は苦虫を噛み潰した様な顔をし。

「あのうちの一つは、僕達の仲間さ」

「仲間なの]

「そう、僕達がチームを作った時、一番早い奴だったんだ」

「一番早い人、そんな馬に乗るのが上手な人が、なぜなの?」

「そうさ、ひと一倍早かったらから、ひとりで先行して走ってしまい、あのヤラシイ場所に一枚だけ残る城壁に自慢の白馬と突っ込んでしまったのさ」


「……」


「皆んな、その時、この道を走るのは、初めてだったんだよ、あの壁を含めてこの道は、騎手の視野視界も精密に計算し、こさえた、太古の騎馬落としの罠さ、カーブの前がやたら長く一直線になっているのもなんか変だろ……」


「……」

アリスの頬には、涙が無識に流れていました。


青年はその涙に手を伸ばし拭いながら言いました。

「これだけは、忘れないで思っていてほしい、君も俺たちも馬の命を預かっている事を」


 アリスは黙って頷き思いました……あの鏡湖で彼達に遭わなければ、馬の能力を自分の能力と勘違いしおごっていた私は、間違い無くあの直線で調子に乗ってスピードを出し、自分の身は、しょうがないとしても、指示を聞くしかないこの子(馬)迄も道連れにそのまま……

そう思うと、アリスは背筋が、ゾクリとしました。

そして人との出会いは大切にしようと思い反省し、今の無事の身である自分に繋がり、犠牲者でもある先人とその白馬の冥福を、馬上から手を合わせ、お祈りしました。

青年の方は、取り出したロザリオを空に掲げ……

「主よ、この時を戻してくれた様な出会いと、名誉を挽回する時を与えてくれた、この二つの奇跡に感謝します……」

そう呟きました。


 アリスとその青年は、皆んなから少し遅れて、目的地である湖畔の牧場を見下ろせる丘の上に立ちました。

そこには、先に到着したみんなが木に繋いだ馬達が安らいでいました。

丘から見下ろした、その牧場の背に広がる湖一面には、空が写り込みそれはとても幻想的な雰囲気でした。 

周囲には、お昼を知らせる牧場からの鐘の音が心地良く鳴り響いていました。

アリスと青年も馬を木に繋ぎました、横に並ぶアリスの白馬と青年の黒馬は愛想がとても良さそうでした。

アリスは「此処で少し待っててね」と馬達に話しかけると、青年と相槌を交わし、花や蝶、蜜蜂、黄金虫、それら達が生き生きと栄え渡り見える、その丘を、爽やかな風を感じながら牧場へと下りました。


 花が満面に絡んだアーチ状の牧場の入り口で出迎えた皆が何か二人を囃しはやし立てています。

何故なら、アリスが何かに導かれているかの様に無意識と、その横に立つ青年の腕に手を絡ませていたからです。

それは素敵な夏の、恋の始まりの時でもありました。


[END]

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