第10話 アリスと巣窟の宝物

Ⅰ.

 ある日の夏休みの朝。

ガザガサ……

「なかなか見つからないわね」

と十一歳になったアリスは、額の汗をハンカチで拭き取り、引き続きガザガサ……と納屋の中を探ります。

そしてやっと表面の塗装が白っぽく変色した古い竿と、回すとカリカリカタカタと何か空回りした音をたてるポンコツなリール、それと隅角に転がっているスプーンルアーを一つだけ見つける事ができました。

そのスプーンの表面は銀メッキが所々剥がれ落ち斑目の模様になっていました。

ちなみにスプーンルアーとは、その名の通り、持つ部分が取れてしまったかの様な釣り針の付いたスプーン型の形状をした疑似餌です。

 

 アリスは、そのスプーンは糸先に付けて、水中をリールで引っ張り、泳ぐ魚に似せて動かし、魚を食べる魚を、食べる方じゃない方のスプーンを使って、その魚を食べる方の魚を騙し釣り上げ、その日は食べる計画です。

  

 何故アリスが釣りをしたいと思ったのか、それは昨日、男の子達が釣った魚を河原で焼いて食べてるところを見かけ。

「私にも、一口ちょうだい」

と言いより、受け取った串焼きにされた川魚のお腹を、一口にしては少し大きくガブリとしたら、とても油が乗っていて美味しかったからです。

 単純にアリスは食いしん坊なので魚を、もっとお腹いっぱい食べたいと思いました。

いっぱい食べるには、自分でいっぱい釣るしかありません。

 焚き火は流石に幼いアリスには無理なので、魚を家に持ち帰りお母さんにオーブンで焼いてもらう事に決めました。

キャンピングナイフと長靴は運良くそれからすぐに、とんとん拍子で見つかりました。

 かくしてアリスは、その見つけた頼りない古い釣具と長靴を履いて河原に向かいます。


Ⅱ.

 到着した河原には、気持の良い清風が吹いていました。

周りには、誰もいませんでした。

アリスはライバルがいない事にシメシメ〆飯しめめしと思いました。

そしてアリスは岸に膝まずき十字を切り祈ると、感を研ぎ澄まし、感じた深みにスプーンを投げ入れました。

すると直後にドン! とイキナリ竿が曲がり、ギーとリールから糸が出て行きます。

一応糸切れ予防の為のドラム装置は壊れてない様です。

アリスは慌ててドラムを少し締め、リールを巻きますが、なかなかスムーズに回りません。

アリスは、川の中に入り、一生懸命カリカリカタカタと空回り気味のポツコンリールを巻きます、巻きます、すると今度はピッキと竿にビビが入った音が聴こえ。

『これはダメかしら』とアリスが感じた時、バッシャ! っと目の前の水面から魚が飛び出て、アリスに体当たりして来ました。

アリスは慌てて横に避けると、その魚は頭を浅瀬に打ち付けてしまった見たいで、寝てる様に静かになってしまいました。

アリスは、その魚の両エラに両手を突っ込み。

『ウンショッ』と岸迄引っ張り上げました。


アリスは、やりました。

 目の前にアリスと同じくらいの大きな虹色の綺麗な魚が横たわっていました。

アリスは嬉しくて、その場で少し、川の神様に感謝を込めて鴨をイメージした踊りをしました。

踊り終わるとアリスは、昨日男の子達が魚の腹を切って臓を取り出している光景を思い出しました。

その理由も聞いていました。

持ち帰る時に内臓を抜かないと身に臭みが移るそうです。

アリスは腰にぶら下げているキャンピングナイフを抜きました。

刃はキラリと光り、その光が顔に反射したアリスの顔は緊張で真顔です。

ドキドキしながらお腹に刃先を当てると。

「ちょっと、タンマ!」

「えっ!」

なんと魚が喋り出しました。

「助けてくれよ」


アリスは言いました。

「ダメ、私は、あなたを食べたいの、あなたのお腹黄色くて脂乗って美味しそうね、それにデカいし、食べごたえありそうだわ」

「ひー そ、そう言わずに、タダとは言わないよ」

「あなたは最初からタダよ、だって私がタダのスプーンで釣ったんだから、タダのただの魚よ」

とアリスが舌をペロりと出し、目を光らせると。

「わー ちゃっと本当痛いからやめてー、まだイキたくないからー、宝のありかを教えるからー」

「宝?」

「そう宝、君のその竿とリールより、いい竿とリールが落ちている場所を僕は知ってるんだー」

アリスは自分の壊れかけたリールとヒビが入った竿を見て頭の中で計算しました。

ここは魚を助けて、その竿とリールを手に入れた方が、その先も沢山の魚を作る事ができると思いました。

「うん、いいわよ、案内して」

「よし来た、その前にルアー外してくれるかい」

「それはダメ、それしたらあなた逃げちゃうでしょ」

「ちっえ、しっかりしてるな、じゃあ、とりあえずついて来て、君の名は?」

「私はアリス」

「アリスか、僕はジョーと呼ばれているよ」

「なんか鮫見たいね」

「僕は鮫より優しいぜ、それより僕を浅瀬迄押し戻してくれよ」


「ウンショッ、ドッコイショ」


そんなこんなでアリスは、浅瀬を泳ぐジョーの後を着いて行きました。


Ⅲ.

………

………

アリスはそれからだいぶ長い時間、渓流の中を歩かされました。

「まだなのー、そらそろ着かないと、あなたのお腹切るわよ」

と業を煮やしたアリスがナイフを手の中で回しながらそうボヤくと。

「えっ! もう少しさ」

「どこ~、そろそろジョーさんヤバいかもよ~」

「な、君はチンピラかい、あ! そ、そこだ! その木の裏」


慌ててジョーが尾で差した場所は、言われないと気づかない様に隠された洞窟の入り口が、倒された木の裏にチラチラと見えていました。


「ここは元ビーバーの巣さ、そして今は僕の休憩所さ」

「ビーバーさんは、どこに行ったの?」

「ハンターに撃たれて、それまでさ」

「……」


 洞窟の中は足首が浸かるくらいの浅瀬で、その天井には時折蝙蝠がぶら下がっているのが見えました。

辺りには、漂木の他に、ゴムボールや瓶それに何かの生き物の骨や皮らしきものを時々浮いており少し不気味でした。


アリスは洞窟の浅瀬をスイスイと泳ぐジョーの後に着いて進んで行きました……。


 やがて行き止まりの小さい岸に何か横たわる人影らしきみたいな物が見えました。

それは、髑髏しゃれこうべ迄揃っている白骨遺体でした。

その遺体は長靴を履いている事からアリスと同じ釣り人の様です。

その手には、竿とリールが握られていました。

ジョーは言いました。

「僕を釣ろうとして深みに落ちた池沼さ、僕がここまで引っ張って来たのさ、重かったね、糸はなんとか切れたけど僕のお腹には、金のルアーが入ったままさ、たまにズレて痛くてしょうがない、それより、もういいだろスプーンを外してくれよ」

アリスはジョーの口に手を入れスプーンを外して上げました。

「ありがとう、じゃあ、竿とリールはアリス、君の物だ、どうぞ持ち帰ってくれ、あとその死体の胸ポケットには金貨が三枚入ってるぜ、じゃあな」


 ジョーは去り、アリスは遺体に手を合わせた後、その竿とリールを手に取るとそれは綺麗な上等な物で、長くその場に放置されていたにもかかわらず錆び一つありませんでした。

ただ気がつくとさっきまで足首くらいの高さの水が膝の辺りの高さまで上がっていました。

アリスは慌てて、洞窟を引き返しました。

でも、遂に首の辺り迄、水が上がって来てしまいました。

なのに巣の出口はまだ少し先です。

どこからかジョーの声が聞こえて来ました。

「アリス、君は、もうお終いさ」

「私を、騙したのね」

「騙してないさ、竿とリールは、ちゃんとあっただろ」

「でもこれじゃ」

「僕は人間が嫌いなのさ、また遂、釣られてしまったら、同じ様にして助かるさ、その竿とリールを餌にしてね」

「卑怯者!」

とアリスは叫びました。

「卑怯者?、僕は君らと同じさ、世界は騙し合いなのさ、僕は騙すのが上手いからここまで身体も頭も大きくなれたのさ、まあ僕は者じゃなく魚だけどね、卑怯魚かな」

と魚はカラカラと笑いました。

「助けて、私はあなたを助けたじゃない」

「……君を助けて僕に得する事は、あるのかな?、ないよね、そればかりか将来、成長した君に仲間達が沢山釣られてしまうさ、君はそれだけ釣りのセンスがあるよ、ここで息の根を止めておかないとね」


アリスは魚に殺されくらいならと腰のナイフを抜き、お腹に押し当てました。


それを、見たジョーは、慌てて言いました。

「おいおい! 早まるなよアリス、冗談だよ、ついでに少し懲らしめただけさ」


…………


Ⅳ.

…………気づくと青空が見えました。

『私は天に召されていくの』

と思った時、アリスは、自分の口から水がピューと噴水の様に飛びてるのが見えました。

知らない人がアリスのお腹を押していました。

アリスは、どうやら溺れてしまっていた様です。

手には元々持って来た竿もリールも、あの綺麗な竿とリールも持っていませんでした。


回復したアリスは、夕方に家に戻り、思い返しても、どこまでが夢だったのかは、とうとうわかりませんでした。ただ夏休みも終わりの一週間前にさしかかった日、新聞に大イワナを釣り上げた人の記事が載っているのをアリスは目にしました。

その魚は昔から釣り人の間では有名で、その名は、イトキリジョーと呼ばれている事を知ると、アリスは唐突に金貨の事を思い出し探すと……長靴の中にその金貨を見つけました。

アリスは、その金貨で新しい釣具を買い揃え、少しどこか寂しさを感じつつも、家に持ち帰る魚は三匹迄と決め、時折釣りを楽しみました。


[END]

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