第9話 アリスと帽子屋

語り・帽子屋


 私は、一人で帽子専門店をやっている。今は散歩中である。

今日は店主である自分が定めた店の休日では無いが、顧客が来店する予定も無く、だからと言って商店街のメイン通りから外れた、人の行き来が閑散な通りにある私の店に、通りすがりの客が訪れてくれる事は稀な事もあり、損得勘定で電気代節約も兼ね、気晴らしに年の瀬も迫る冬空の下、店を閉め、最初にも言ったが散歩する事にした。

もう一つ先に言っとくと帽子を作り置きする必要も無い。

なぜなら早い話し、帽子の売れ行きは悪く、在庫として店の隅に多量に余ってるのである。

もっと解りやすく言うとお店は潰れそうなのである。

 そんな私は、子供の時から人見知りで変に真面目な所もあり、軽い嘘も後で罪悪感を感じでしまう性格である、その事から接客は向いて無いと思い(今は商売も)最初は帽子工場で働いた、工場では当然接客する事はない、ただ工場は様々なタイプの人間が集まって来る場所でもある。そんな複雑な人間関係にも十年程で疲れ、接客はやだなと思いつつも帽子を作る技術はしっかりと身に付いた事もあり自営ならひとりで気楽と考え、貯めたお金を全て使い、帽子屋を始めた。

しかし店を始めてすぐに自分の考えの甘さに気づいた!

時代は帽子だけを専門店に買いに来る人は少なくなっている社会になっていた。まあ中には帽子にこだわりを持ちわざわざ私のお店に足を運んでくれてる人もいる、ただやはり商売は数売ってなんぼである。たまに高値を付けた帽子が売れても、良い生地で使った帽子は持ちが良い、大事に使えば一生物である。

その事から商品としての循環は遅い。

それを補うにはやはり大勢の顧客を囲い持つ事である。

そんな顧客達を引き止めるためにも上手い接客トーク技術が必要になるが前にも言ったとおり私はもともと人見知りの心配性でおまけに潔癖症でもある。接客は何かと自然に普通の人よりストレスが溜まってしまい、顧客の話しが長くなるとつい対応や言葉使いの端々に、ほころぶの糸の様にポロッと横柄が頭を出してしまう。

帽子に限らず物事にこだわりを持つ人は全員とは言わないが心が繊細な人が比較的多く、こちらが一つ言い方を誤れば気分を害してしまう、そうなるとしばらく、もしくは永遠にお店に来てくれなくなってしまう。

そんな感じで身の内に飼った毒蜘蛛が吐き続ける毒に侵蝕される様にジワリジワリと心は追い詰められ、身体の方も毒糸でがんじがらめにされたかの様に間接の節々が痛く成り、今のザマである。


 ……散歩中一人の少女が木の高い所に乗ってしまった麦わら帽子を取ろうとし孤立奮戦していた所に出くわした。その子は最初、木を蹴ったり揺らしたりしていたがそれがうまく行かないと次は手を合わせ「風よふけ、風よふけ」と呪文を唱え始めた。

……少し経ち『おっ!』と小さい木枯らしが少女の目の前に発生した。がすぐに消えた……。

神風はそう簡単には吹いてくれない事を、現在色んな意味で追い詰められている私は身を持って知っている。


 やがて万策尽きた少女は、

『!』(ギックリ)

切り札を切る様な眼差しで私の事をジーと見つめて来た……。

私は頼りない人間ではあるが、なぜか人に頼られる性分も待ち合わせている。

それに、言っての通りまだ帽子屋なのだ。

その事からこれもなにか縁と思い、近くの竹藪の竹を折り、その麦藁帽子を取ってあげ。ついでに少女がしているエプロンの破れた穴が気になったので少女の前に膝を着き持ち合わせていた針と糸で縫い合わせ、簡単な蝶々の刺繍もお守り代わりに入れてあげた。

少女はその蝶々に凄く喜び、満画の笑みで、

「おじさんありがとう、私しアリス、おじさんは?」

「おじさんは、名乗るほどの者じゃ無いよ、じゃぁね」

と愛想笑いを返し、帰ろうとしたらその少女は私の上着のジャッケットの袖を掴み、軽く会釈し……何と!

お礼に私をお茶会に誘ってくれた。

私は、そのアリスを家迄送り届け、玄関先で家の方に軽く挨拶をし帰るくらいのつもりで袖を引っ張られながら後を付いていったが着いたそこは、アリスの家では無く、だからといって喫茶店でも無く。

散歩道の端に設けられた些細な休憩所だった。

その休憩所は、元々生えていた木の切り株を加工しテーブルに利用していた。

腰掛ける椅子も同じ切り株だった。

簡単に説明すると小大小と道に沿う様に横に並んで生えていた三本の木を切り、そのまま利用した、まだ命が宿る、生きている休憩所でもある。

その事が良く働くか、もしくは祟るかは木の性質的問題であろう。

感じ的にはヤナ気持ちは湧いては、こないが……(物理的に台風対策としては完璧だ)

その息吹の休憩所でアリスは、パンパンに膨らんだ背負っている赤いリュックから白いテーブルシートを取り出し、そのテーブルの上に敷き、続けてティーセットを取り出し並べ始めた。

音からして、そのティーセットはプラスチック製に思われる。

アリスは中央に置いた少し深めの皿に、瓶詰めされたクッキーをザーと流し入れだ。

皿には、大盛りでクッキーが盛られた。

目の前のカップには、水筒から紅茶?(にしては色が、濃過ぎる)

なら、コーヒー?(香りはしない)

何か謎の飲み物を注いでくれた。

用意が終わるとアリスは一息つき、

「おじさん食べて」

と言う。

私は前にも言った通り潔癖症である。

飲食店や親が作った物以外を口に入れるのには、抵抗感がある。

まさか、こんな展開になるとは、思わなかった。

お茶会は断ればよかったと後悔した。

そんな感じに、少し考えていたら、

「どうしたの? 遠慮しないで食べて、私が、焼いたバタークッキーよ」

アリスは私を、ジーと見つめている

ここで純粋な子供の心を歪めさせてはいけないと思い、思い切ってクッキーを掴み口に放り込み、すぐにコーヒー(仮)を流し込んだ…! そして思いもしない衝撃が口の中に走り、混乱し咳き込んでせっかく口に入れたクッキーも吐き出してしまった。

コーヒーだと思っていた飲み物は、少し炭酸が抜けたコーラだった。

「あら、おじさん大丈夫? そんな慌てて食べなくてもいいわよ」

私は、色んな意味で限界を感じ、切り出した。

「おじさん今日は、用事があるからこの辺で帰るよ」

「え、まだ来たばっかりじゃない」

「今度ね」

「今度って、いつ?」

「えっ!」

アリスは私を、見つめている。

何かドキドキする……

気の弱い私は、ついその場からとりあえず早く脱っしたい一心で、

「明日、同じ時刻に来るよ、今日は招いてくれて、ありがとう」

と言い、サッサとアリスに背を向け逃げる様にして帰ってしまった。

途中に振り向いたらアリスは寂しそうに座っていた。


 次の日、約束をすっ飛ばそうかと思っていたが、あの帰り際に見た、アリスの寂しそうにしていた光景がどうも頭にチラつき気になる。

とりあえず待ち合わせ時刻より、だいぶ遅い時刻になってから、遠目に覗いたらアリスは座って待っていた……

こんな私を……

私は感動し、腹をくくり、

「やあ、ごめんね、急な用事があってね」

と挨拶をし席に着いた、緊張しテーブル上を見渡した、そこで見た物はなんと! 皿に盛られたクッキーは一つ一つ袋に小分にされ売られているお菓子に代っていた。

置かれた飲み物も全てが缶に代わっていた。

「こっ、これは」

「これなら、おじさんでも大丈夫でしょ」

とアリスは微笑んでくれた。

この子はあの短時間で私の事を、ここ迄観察し見抜いていたのか……

私は……子供に気を使わせてしまった。

私もそのアリスの気持ちに応え、私自身も接客からまた人から逃げては行けないと思い直した。

 

 その日のお茶会は前回よりも華やかだった、何故なら私の前には薔薇のドライブフラワーが一本差し込まれた綺麗な小さい花瓶が置かれ、その薔薇越しに見えるアリスの左右には、他の招待客かの様にうさぎとネズミのぬいぐるみも追加され場は和み肌寒さも吹き飛ばすかの様にとても楽しく心は温かくなれた。

ひとつ気になった事は、今日のクッキーは昨日のクッキーと同じ形をしていた。昨日の手作りと言うのは嘘であろう、当然だが、あえてそこには触れずにしておいた。

些細で可愛い嘘である。


[END]

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