第11話  カラスとスマホ

「さてさて、次はどこへ行こうか」


 上機嫌なアステリアは、そう瑞葵に尋ねた。


「まだ時間はあるしなぁ。……あ、食料品は?」

「明日の朝の分はあるから大丈夫だよ」


 家の食料事情は彼女が把握している。

 瑞葵もたまに料理はするため、ある程度把握してはいるが、今朝、昨晩はアステリアが料理をしていた。

 だから、彼女の方がより正確に知っている。


「服はまだ見るか? まだいくつか店はあるけど」

「そうだね、できればある程度買いそろえたいし。他の次元で手に入れた服はたくさんあるけど、この次元のセンスとどうにも合わないのが多いからね」

「ああ、よく家で着てるやつな」


 アステリアは部屋着として、瑞葵の感性からしてよくわからない衣服を着ている。

 着物のようであったり、法衣のようであったり、インドのサリーのようであったりと様々だ。

 「~のように」と表現できないものもある。

 瑞葵の印象としては、「一周回ってお洒落」「異世界モノのコスプレ」。


 その中でも特に、彼女が愛用しているのは、瑞葵と初めてヒト型として出会った日に彼女の幻影が着ていた、黒い着物のような服。

 あれが、彼女が故郷でよく着ていた衣服なんだそうだ。

 ちなみにその日に着ていた黒のジーンズは、この次元のファッションセンスに合わせて彼女が魔法で作ったものだ。


「そうそう。特によく着ているあの、ミズキが和服みたいって言ったあれは故郷の服だから、落ち着くんだけどね。外で着るには少しまずいかなって」

「……そうかもな。でも……」


 だがもしかしたら、新たなファッション系統の誕生に繋がるかもしれない。


「でも?」

「ものによってはありな気もするけどな。SNSにあげてみたらバズりそうだ」


 まあ、もしバズったとしても、それは彼女の衣服よりも顔のせいだろう。

 SNSで美男美女が蔓延るこのご時世でも、間違いなく彼女は輝く。


「…………それはそうと、アステリア、スマホ持ってないよな?」

「これのこと?」


 そう言ってアステリアは、ポケットの中からスマホを取り出した。


「そう、それ。……え、なんで持ってんの?」


 瑞葵は、彼女がスマホを使っているところはおろか、充電ケーブルすら見たことがなかった。

 二週間も一緒に過ごしているにも関わらず、だ。


「仕事で、連絡を取るのに必要って言われてさ」

「でも、通信料払うのに銀行口座とかがいるはずだろ? 口座を作るのに、今度はいろいろな手続きがいるだろ?」


 彼女は、マイナンバーカードはおろか、戸籍登録すらしていないはずだ。

 この次元ではない次元で生まれ、この次元ではカラスとして過ごしていた。

 何もかも存在していないからだ。


「そうだね。でも、いくらでも穴はあるんだよ」

「穴?」

「うん。そこで、その穴に詳しい人にちょっと頼み込んで、この次元での『私』を作ってもらったの。おかげで、いろいろ自由が利くようになったからね」

「……それ、大丈夫なのか?」


 怪しい犯罪臭しかしてこない。

 データの改竄、捏造。


「だーーいじょうぶだよっ! 人自体は私が直々に判断したんだし、あの界隈は信用が第一からね。こっちよりよっぽどシビアだけど、等価交換の法則は保たれてるよ」

「そうか。まあ、気を付けろよ」


 魔女に何を気を付けろというのもおかしな話だが、瑞葵からすれば、彼女は等身大の人間となんら変わりない。

 ただ、不思議な能力が使えるだけで。


「うん、ありがとっ! あ、こっちはプライベート用だから」


 そう言ってアステリアは、ポケットからもう一つ、同じスマホを取り出した。


「二つ持ちかよ」

「まあ、一つは買って、もう一つはコピーしただけなんだけどね」


 コピー……複製……。

 瑞葵は先ほど、服屋で交わした会話を思い出していた。


「…………この次元の流儀に乗っ取りたいんじゃなかったのか……?」

「一台はちゃんと買ったよ。まあ、通信料はちゃんと二台分請求されるし、いいでしょ?」

「なーーるほどな。それなら言葉に偽りはなし、か…………?」

「そうそう」

「んなら、連絡先でも……」

「それならとっくに登録してるけど?」


 さも当然のように、アステリアはそう言い、無料通話アプリの友達画面を見せてきた。

 そこには、確かに瑞葵のアカウントがあった。


「ちょちょ、えぇ?」


 瑞葵は急いで自分のスマホを取り出してアプリを開いた。

 そして友達リストを開いた。

 注意深く上から読んでいく。


 ――だが、探す必要はなかった。


「あ」


 友達リストの一番上にあった、Asteriaと書かれた、見知らぬアカウント。

 カラスのアイコン。

 十中八九、彼女のアカウントだ。


「ね?」

「いつの間に……」


 普通、友達登録されたら通知が来て、許可不許可の案内が来るはずだ。

 だがそれがなかった。

 それどころか、すでに許可済みになっている。


「まさか、オレが寝てる最中に……?」

「いや? まあ、魔法でちょこっとね」


 なるほど、魔法であれば不思議ではない。


「っと……端っこまで来ちゃったね」

「そうだな」


 二人は、フロアの端のエスカレーターから二階へ降りてきた。

 そこより端は、特に目ぼしいものは売っていないから通り過ごした。


「じゃあ、このまま買い物して帰ろうか」

「一階には何かスーパー以外ないの?」

「服屋はいくつかあるよ。ほら、このすぐ下に、めっちゃ安い店があるぞ。どうする?」

「うーーん……少しだけ見て、時間があるなら買い物して帰りたいかな」

「よし、そうしよう」


 二人はエスカレーターで一階へ降りた。


 現在の時刻は――PM.19:44

 閉店まで、まだまだ時間は残されている。





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