カラス的美少女~保護したカラスが実は美少女で、しかも今は一緒に暮らしてるって話なんだけど、これは鳥獣保護管理法に適用されませんよね?~

真輪月

第1話  カラスは保護したけど、美少女を保護した覚えはありません

 新月の夜空のように黒く、長い髪。

 すべてを呑み込む黒星ブラックホールのような瞳。

 白魚しらうおのような、透き通った白い肌。


 だが、モノクロームだけでは決して収まりきらない美貌が、そこにあった。


 そんな彼女を言い表せる単語があるとすれば、最低でもこれだろう。


 ――──絶世の美少女


 そんな美少女を前に、少年は尋ねる。


「誰だお前は……」

「カラス……かな? それとも……――――」


 そこでは目を覚ます。


「…………? ……涙…………?」



◇◆◇◆◇◆◇



 月明かりと街灯が優しく照らす夜道。

 簡素な住宅街。車通りも少ないこの道を、一人の少年が歩いていた。


「いやーー、今日もよく働いた!」


 PM.9:30

 彼――上白石かみしらいし 瑞葵みずきは学校7限、そして17時から4時間(プラス延長30分)のバイトを終え、帰路に就いていた。

 右手には、帰りに閉店ギリギリのスーパーで購入した果物類と、仕事で使って古くなった軍手が入ったビニール袋。


 彼は上機嫌だった。

 今日の賄いがほかほかの弁当だったからだ(いつもは冷たい)。


 るんるん気分で鼻歌交じりにアパートの外階段を上り、自分の部屋へ……


「…………ん?」


 家の前に、ナニカが落ちている。

 そこまで明かりが届ききっていないため、遠目では、それが何か判別できない。


 置き配……は頼んだ覚えがない。

 そもそも置き配であれば、通路のど真ん中に置いたりしないだろう。もし本当に置き配なら、配達員はきっと、かなり雑な人だ。


 瑞葵はそれが何かを確認するため、速足で進む。

 まず、不審物である可能性が40パーセント。置き配の可能性55パーセント。その他5パーセント。


 瑞葵はそれをよく見るために、しゃがみこんでスマホのライトを点ける。


 色は黒。真っ黒。

 だが、若干の光沢がある。

 ――羽毛。


 これらの情報だけで、答えは導ける。


 黒×羽毛×このサイズ感=カラス


 ──そう、烏(鴉(カラス))だ。


 真核生物ドメイン

 動物界

 脊索動物門

 鳥綱

 スズメ目

 カラス科

 カラス属

 おそらくハシブトガラス種。ハシボソガラス種ではなさそう。


 某世界的時刻ロックバンドが歌にした、あの鳥。

 どちらかと言うと、マイナスなイメージが多い鳥。




 瑞葵は、ライトに照らされているその瞳が、真っ直ぐに自分を見つめていることに気が付いた。

 続いて、その視線が下へ移動し、嘴がわずかに開く。


 カラスは生きている。

 そして、あるものを求めている。


 察した瑞葵は袋に手を入れ、甘夏を一つ掴み、取り出した。

 丁寧に皮を剥き、つぶつぶの果肉を取り出す。

 それを一つまみ掴み、カラスの口の中へ落とす。


 ……このまま放置というのは後味が悪い。 


 ──仕方がない。れるか。


 瑞葵は、そう決意した。


 だがその前に、この剥いてしまった甘夏をどうにかしたい。

 このままビニール袋に入れようものなら、他の甘夏とぶつかって潰れかねない。

 そうなると、ビニール袋の中はベッタベタの果汁まみれ……。

 決して気分がいいものではない。


 瑞葵はまた、カラスの口の中に甘夏の欠片を落とす。


 ……目に見えてカラスの体調が良くなったような気がする。

 だがそれはきっと自分自身のエゴだろう、と彼は自分を納得させた。


 瑞葵はカラスの口の中に甘夏の欠片を入れ続け、やがて甘夏一つがカラスの口の中へ消えていった。

 そこで瑞葵は軍手を嵌め、カラスを玄関脇に移動させた。


 軍手を外し、鍵を開け、中へ入る。

 段ボール箱を取り出し、カッターで高さを調節する。

 そこへタオルを敷き、カラス用簡易ベッドの完成だ。

 部屋を見渡し、簡易ベッドを置く場所を探すが、良い場所がない。

 結果、枕元に置いた。


 瑞葵は玄関の扉を開け、軍手をはめてカラスを抱き、部屋の中へ運ぶ。

 そして慎重にカラスを運び入れ、簡易ベッドに寝かせる。


 瑞葵は軍手を外し、甘夏を入れていたビニール袋に入れて、縛ってごみ箱に捨てた。

 そして念入りに手洗いうがいを済ませ、風呂を沸かす。


「……まだいるか?」


 先ほど机の上に雑に置いておいた甘夏を取り出し、カラスに見せる。

 ……返事はない。当然だ。


「そうだよな、返事なんかあるわけ……――」

『――いる。あと二個ちょうだい』

「………………ん?」


 誰かが瑞葵の独り言に応えたような気がしたが……聞いたことのない声だし、この部屋には誰もいないはずだった。

 瑞葵は甘夏を置き直し、部屋中の扉を開け、不法侵入者がいないことを確認した。


 あの声は誰の声だったのか……。

 声は若い女のもので、声優のように綺麗だった。だが、口調のわりに弱々しかった。


「気のせい……か? …………いや、まさかね」


 瑞葵は再び甘夏を取り皮を剥いて果肉を取り出し、皿に載せる。

 一個まるまる剥き終わったが、先ほどの言葉が頭から離れず、瑞葵はもう一つ甘夏の皮も剥く。


「ほら、食いな」


 カラスの口の中に、瑞葵は一つ一つ丁寧に、甘夏の欠片を落としていく。

 そして、すべての甘夏がカラスの腹の中に納まった頃――


 風呂が沸いたことを知らせるアラームが、静かに鳴り響く。



◇◆◇◆◇◆◇



「ふぃーー……さっぱりさっぱり」


 瑞葵はようやく、40分にも及ぶ長風呂から出てきた。


「っと、カ~~ラァ~~ス~~…………寝た?」


 ふと思い出し、ビブラートをかけながらカラスを呼び、見るが……その目は閉じていた。


 その寝姿は、まるで人間のようだった。

 簡易ベッドに敷いたタオルの、少し高くなった部分に頭を乗せ、体を横にして寝ていた。

 体の下にある翼はだらりと伸びている。


「カラスでもこんな風に寝るんだな…………。あ、洗濯物干さないと」



◇◆◇◆◇◆◇



 瑞葵がカラスを保護してから三日。

 この三日間、カラスは一向に目を覚まさなかった。

 だが、果物だけは食べていた。


 寝てはいるが、食事だけは取るカラス。

 それがこの三日間、瑞葵と同居していた存在だ。

 瑞葵は不思議に思いつつも、世話を続けていた。




 ――ピピピ……ピピピ……ピピ――


「ん………………くぁ~~ふ……」


 AM.6:30

 スマホのアラームで、彼は目を覚ます。

 アラームを止めようと手を伸ばす。


 ――ざらり


 本来訪れるはずの保護フィルムの滑らかな感覚の上に、更に別の触感が存在していた。

 何本もの、細く、丈夫な糸を触ったような感覚。


 瑞葵は重たい瞼を開け、焦点の合わない目でスマホのある方――枕元を見やる。

 まどろんだ視界でも、異常だけは彼の眼に存在感を訴えかける。


「――…………ぅん……」


 そして彼の耳にも、異常が届く。

 同時に、視界に映る異常が僅かに動いた。


「んぅ……」


 彼は視界と音の異常を頼りに、視界を移動させる。


 視界の先――枕元。

 そこにあった瞳と目が合った。


「あ…………おはよーー……」






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る