6—1

 パビリオの街へ戻ってきたログナ達は、広場へ差し掛かるところでアマンダと別れた。


「では、私はここで」

「後でまた」


 一旦着替えてからギルマスへ報告すると言ったアマンダは、ギルドへ行く前に自宅へ戻るという。

 今回の討伐の経緯については、アマンダの契約獣である白猫が既にギルマスへ簡易報告の手紙を届けている。よって、ログナ達三人はそのままギルドへ向かい、未達の手続きをしてもらう事にした。

 午後からの時間をどうしようか、話し合いながらギルドの扉を潜った。


 朝一の肉壁を経験したからか、人気ひとけの無い依頼ボード前が酷く寂しく感じられる。まだ昼を回ったばかり、閑散としているのも無理は無い。

 ついさっきの喧騒が嘘のような静けさに、逆に違和感を覚えながらカウンターへ向かった。


 冒険者の少ない時間帯だからか、カウンターにいる職員もまばらだ。談笑したり、片付けをしたり、各々が和やかな雰囲気で過ごしている。

 丁度目に留まったのは書類整理をしている年若い男性職員だ。キースが声を掛けると依頼用紙を差し出した。


「未達の手続きお願いしまーす」

「未達、ですか?」


 怪訝な顔をして依頼用紙の内容を確認した職員が、それを受け取る事なくキースに返して来る。


「今朝受けた依頼をもう未達ですか? 期限も無いですし、まだお昼なんですから今からでも向かったらどうですか? 諦めるなら罰金扱いになりますけど、貴方達のような駆け出しにはそちらの方が痛いのでは?」

「あー、話せば長くなんだけど、今回は特殊な事情なんで、罰金にはならないって言われてんの」

「罰金が無い未達なんて聞いた事ない。適当な事言って誤魔化しても、あなた方が不利益を被るだけですよ?」

「だからぁ特殊な事情っつってんだろーが」


「よせ」とクラインがキースの腕を引く。少ないとはいえギルドは無人ではない。新人潰しの件もある事だし、あまり目立った事にはなりたくない。

 クラインの目で訴えられたログナが、苦笑を滲ませキースと代わった。


「今日の依頼にはギルドの支援員が同行しています。既にギルドマスターにも報告が上がっている筈ですので、確認してもらえませんか?」


 面倒とばかりに舌打ちが飛んで来た。態度の悪さに不快感は覚えたものの、そこはグッと堪える。


「こんな低ランクの依頼で不測の事態なんて起こる訳ないだろ。出来ないなら最初から受けるなよ」

「田舎もんだと思って舐めてんのかてめぇ。 あぁ?」


 が、約一名が無理だった。

 カウンターへ乗り上げそうなキースを再びクラインが宥め、ログナがポーチに手を入れて探った。取り出したのはシュヴァ・ルーの角と翡眼だ。依頼達成の条件にあるそれを出した事で、事情があると伝えた意味をそれとなく伝えた。穏やかな笑みを消したログナが目の前の職員を見据える。


「これらは今日手に入れたものですが、自分達が狩った訳ではありません。なりたくてなった職業で不誠実な真似なんかしない。確かにオレ達は田舎者だし若輩者だけど、冒険者としての矜持は持ってます。こちらが誠意を見せた以上、ギルドもそれ相応の対応をすべきではありませんか?」


 カウンターの素材を確認し、ログナをジロリと睨みつけた職員は、再び舌打ちをしてから奥へと入って行った。

 カウンターの奥の方には一つの扉があり、おそらくその先が事務所か何かなのだろう。出てくるのがまともな職員であれば良い。


「何なんだよアイツ! 頭ごなしに否定しやがって!!」

「お前の言葉も足らなかったけどな」


 クラインに突っ込まれて一瞬言葉を詰まらせたキースだったが、やはり納得はいっていない様子だ。

 確かにキースの説明もないものだらけだったが、支援員が同行していて更に報告が上がっている筈なのだから、そこを確認すれば良かっただけの話だ。それを渋られたのは違うと思うし、自分らが『たかが駆け出し』だからと言う理由なら納得など出来ない。


 と、扉の向こうが段々騒がしくなって来た。何かあったのかと待っていると、一人の男性職員がこちらへとやって来た。

 年齢はログナ達よりも大分上だろう。髪には白いものが混じっている。きっちりと制服を着こなし、大きな屋敷にいたならば古参の執事かとみまごうような所作が、彼の立場を如実に表している。


「先程は当ギルドの職員が大変失礼致しました」


 深々と頭を下げた彼は、三人よりも年配であるにも関わらず何の躊躇いもなく開口一番謝罪した。

 それはログナ達の言に偽りが無かった事、更には特殊な事情がギルド側に伝わっている事、そしてギルドからの正式な謝罪であるという事を示している。

 もしもさっきのヤツが戻ってきたら文句を言ってやろうと息巻いていたキースは、その勢いが削がれ「お、おぅ」と戸惑った表情をしている。


「オレたちは未達の処理だけしてもらえれば良いので」

「こちらにも落ち度はあったしな」


 頭を上げた職員は穏やかに微笑み「ありがとうございます」と礼を述べた。


「彼には再度ギルドの研修を受けてもらう事になるでしょう。それと、お三方にマスターから伝言をお預かりしております」

「おっさんから?」

「何でしょうか」

「依頼の件も含め話を聞きたいので、執務室までお越し頂くように、と」


 依頼の件だけではないという事だ。仕方の無い事とはいえ、こうも立て続けにギルマスの執務室へ呼び出される事になるとは。

 嫌な意味で変なイメージがつかないといいなぁ等と思いながら、三人は案内を断り三階へと続く階段へ向かった。




「(この短期間に二度も訪れる事になるとは)」


 何も悪い事をしていないのに緊張するのは、他の部屋の何倍も大きな飾り彫りの施されたこの扉のせいだろう。

 ふうと小さく息を吐き、ログナは扉をノックした。直ぐに開いた扉の先で彼らを出迎えたのは、先程まで一緒だったアマンダだ。着替えるからと別れたのだから当然だが、身なりが装備からギルドの制服に変わっている。


「どうぞ」


 彼女に促され三人は再びギルドマスターの執務室へと足を踏み入れた。


「お前らはなんだ、引きが良いのか悪いのか分からんな」


 そう言って豪快に笑うレオールは、アマンダに睨まれて姿勢を正した。


「うちの若いのが悪かったな。あの世間知らずのボンボンはきっちり精魂叩き直しておくでな」


 そう言ってニヤリと口元を歪めるギルマスに、ログナは何故か背筋がヒヤリと冷えた気がした。「アイツ死んだな」とボソリと呟いたキースの声が聞こえたから、自分の感覚がおかしかった訳では無いようだ。

 アマンダがお茶を淹れてくれたのを受け取ると、改めてレオールが口を開いた。


「まず専属の件じゃが、許可しよう。ギルドとしてもお前らには期待しとる」

「本当ですか!?」

「いやったぁ!」

「が、一週間待て」


 歓喜を全身で表現しようとしたキースが止まり、ログナとクラインが同時にレオールを見た。


「今日の依頼で起こった事については確認した。ギルドとしても異常事態と認識しておる」


 Dランクのゴブリンソルジャーが下位ランクの魔物を統率していたという事実は、ギルドに衝撃が走った。迷宮内での話なら無い事も無いだろうが、それでも聞く限り多くは無い。それがこちら側なら尚更だ。少なくともレオールがギルマスになってからは一度も無い。

 明らかに調査しなければならない案件だった。


「詳しい調査が必要な上、特殊な案件の為に実力のある調査員が行う必要がある。という訳で特務遂行係の出番という訳じゃ」


 調査期間として一週間欲しいと言うことだった。何となく予想していた事だったので三人は了承し、ゴブリンの様子や根城内の様子など、質問に答える形で報告する。レオールは満足気に話を聞き、最後にそうじゃったと何かを思い出したように自身のポケットへ手を入れた。


「そうそう。これを返さんとな」


 出てきたのはゴブリンソルジャーの魔石だ。報告の為に一旦預かると、アマンダに託してあったものだ。

 まさか返って来るとは思っていなかったログナは、驚いた表情のままそれを受け取った。


「売れば銀大貨にはなるじゃろう」

「え!?」

「マッジ?」

「オレ達が貰って良いのか?」

「お前さんらが討伐したと報告を受けとるが?」


 ギルマスの視線の先には姿勢正しく佇むアマンダの姿がある。それに釣られて三人もアマンダを見た。


「はい。間違いなく」


 頷いて見せるアマンダ。

 確かに元はと言えば自分たちが受けた依頼ではあったが、半ば強引について行った自覚がある。それだけに経験値欲しさに討伐したとはいえ受け取って良いものかと躊躇してしまったのだ。


「あなた方が受け取るべき正当な成果です」


 そんなログナの心の内を覗いたかのように、彼女の天然石のごとく艶やかな青が鮮やかに意識に刻まれる。魔石に目を落としたログナは自分たちで手にした『成果』をギュッと握ると、手が震えそうになるのを誤魔化すようにポーチへしまった。


「じゃぁそう言う事だから。調査が終わり次第追って伝える。それまでは三人で動いとれ」


 アマンダに「待ってるからな」と告げ、三人は執務室を後にした。廊下の奥に消えていく話し声に口元を緩め、アマンダは残された湯呑みを回収していく。


「なかなか面白そうな連中だ」


 そういう状況だったとは言え、二度も自分の部屋に呼んだ彼らを気に入ったのか、レオールは機嫌良さげにおとがいに手を当てている。久しぶりに骨のありそうな新人が現れた事で、面白くなってきたと満足気な表情だ。


「えぇ。彼らといると退屈する暇が無さそうで」

「あんなに真っ直ぐ来られると、目を逸らすのも一苦労じゃの」


 心当たりがあり過ぎるアマンダがフッと小さく息を漏らした。


「ええ……本当に」

「大丈夫なのか?」


 声色を変えたレオールへゆっくりと視線を戻す。

 アマンダに向けられた眼差しは、確かに彼女を案じるものだ。それがどう言う意味なのかは、アマンダには正しく伝わっている。


「ええ」


 問題ないと返すアマンダに、レオールはそれでもと続けた。


「ちゃんと言え。無茶はするな。絶対だ」

「分かってるわ」


 目線を上げた先には大きな白猫がいる。いつの間にそこに居たのか、黄金色の瞳は真っ直ぐアマンダへ向けられている。

 湯呑みを乗せたトレイを一旦テーブルへ置くと、アマンダは白猫の元へ歩み寄り腰を落とす。ゴロゴロと甘えるように喉を鳴らす首をかいてやる。幸せそうに目を細める白猫に表情を柔らげ、そして立ち上がるとレオールへ向き直った。


「では、私はこれから現地へ調査に向かいますので」

「ふむ。頼んだ」


 湯呑みを乗せたトレイを手に持つと、白猫と共に執務室を出て行った。

 いつもなら入念に下準備をしてから物事にあたる彼女にしては、何とも大胆な行動だ。


「(あやつらを気に入ったのは俺だけじゃ無かったと言うことか)」


 愉快気に笑うとレオールは通信装置の備わった魔道具を起動し、早速どこかの連絡先の番号を打ち込み始めた。

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