第47話 受勲

秋の叙勲式。


着たくもない燕尾服を着込み、ジジババばかりの式典に連れて来られた藤吾。


先日の選挙を終えて任命されたばかりの、総理大臣の岸原文喜が、そんな藤吾の名前を読み上げた。


「赤堀藤吾、前へ」


「はい」


「日本国天皇は、赤堀藤吾に、大勲位菊花章頸飾と、並びに、大勲位菊花大綬章を授与する」


授与されたのは、大勲位菊花章。


これは、総理大臣を長年勤めた場合や、外国の国家元首に儀礼的に授与されるような、最高級の勲章である。


今までに生前に授与されたケースは、外国元首への贈与などを除くと、十本の指に満たないほど。


かの伊藤博文や東郷平八郎などが授与されていたレベル、と言えば伝わるだろうか。


とにかく、歴史に名を残すレベルの偉人のみが、人生の最後の最後にやっと授与されるようなものなのである。


それをいきなり、十七の若造に授与するというのは、異常な話であった。


だが、その異常事態が罷り通る程に、この赤堀藤吾という男は、日本に多大な利益を齎したのだ。


更に……。


「赤堀藤吾君……、ありがとうございます。君のお陰で、日本は救われました」


天皇陛下から直接にお言葉を賜り、頭まで下げられるのは、異例も異例のことであったが……。


「はい……?いや、俺……、僕は、好き勝手に戦っていただけで、褒められるようなことはしていません」


「それでも、お礼を言わせてください。君が血を流して戦ってくれたお陰で、今があるのです」


「は、はあ……、あー、お気になさらず……?」


藤吾は、いまいち事の重大さが分かっておらず、適当に受け答えをした。


まあ、それも仕方のない話だ。


いかに、キチガイ剣法の達人であろうと、立場的には田舎の高校生に過ぎない藤吾にとって、皇族がどうとか、お言葉がどうとか、そんなものの価値は分からない。


分かるはずもない。


もちろん、「何となく凄いんだろうな」くらいは頭に思い浮かぶが、具体的にどう凄いのか?直接にお言葉を賜ることがどれだけ異例の事態なのか?そんなことは分からないのだ。


故に、ぶっきらぼうな、素っ気ない態度で、謙遜するかのような言葉を返した。


本人の本心は、「戦いたいから戦っただけなのに、なんか偉い人から褒められて困惑してる」ということだけである。


だが、その飾らぬ態度が、かえって陛下の歓心を買った。


天皇陛下は、藤吾が謙遜しているのだと思い、「何と謙虚な若者なのだ」と感心なさったのである。


こうして、結果的に、藤吾はミスすることなく、叙勲式を終えられたのだった……。




そしてその夕方。


受勲を祝うパーティーが行われる。


会場は、東京都内でも最高クラスのホテルにて、形式については、立食形式で行われることとなった。


東京の高級ホテルで立食パーティーと聞いて、藤吾は「飯が美味そう」と思い、ウキウキで来た。


だが当然、そうはいかない。


ホテル側はもちろん、最高級のブッフェを提供するが、パーティーに出席するエリート層の頂点達のメインは料理を楽しむことではなく、パーティーを通して人間関係を作ることである。


ウキウキで皿を片手と尻尾に構えて、料理に突撃しようとした藤吾だが……。


「もし、良いかね?」「君が赤堀君か」「是非、話を聞かせてくれたまえ」


『上級国民』の方々に阻まれた。


「良くねぇですね。飯食いてぇんで」


「ははは、そうかね。いや失敬、若者に食事を我慢しろとは酷なことを言ってしまったね。食べながらで良いから、話を聞かせてくれんかね?」


ツンケンとした藤吾にも、笑顔のまま話しかけてくる。


十七の若造にあしらわれても、利益がある限り嫌な顔の一つもしない辺り、彼らも筋金入りだ。


老人達は微笑みを浮かべながら、「いやあ、若いとは素晴らしいですなあ」だの、「私も若い頃は腹一杯食ったものです」だのと言っている。


「はあ、そうですか」


ブッフェから、綺麗に盛られたローストビーフを一列全部取るという蛮行をしつつも、藤吾は適当に対応する。


「まず、自己紹介をさせてもらうよ。私は、『富士山建築』の会長である、田岡祐造だ」


「あー……?すみませんけど、知らない会社ですね」


『富士山建築』は、国内最大の建築業者である。……が、まあ、田舎の高校生である藤吾は知らなかったようだ。


「はっはっは!そうかね!我が社もまだまだだな!」


そう言って、一頻り笑ったのち、田岡はこう言った。


「……実は私はね、去年まで寝たきりだったんだよ」


「はあ、寝たきり」


「若い頃の無理が祟ってね。たまに車椅子で人前に出る程度だった。……それが、君の齎したポーションのお陰で、再び立てるようになったんだ。……ありがとう」


「そうですか、良かったですね」


田岡の万感篭る礼の言葉。しかしそれをサラリと流した藤吾。


「……君は、金に物を言わせて若返った私を、軽蔑しないのかね?」


それを聞いた藤吾は、シャンパンを一気飲みしてからこう言った。


「ポーションを買えるほどの金も、ポーション買える立場にある権力も、あんたの努力の結果でしょうに。何でそれに文句を言わなきゃならないんですかね?」


と。


藤吾の価値観は、徹底して弱肉強食にあり、強い者は何をしても許されると考えている。


しかし、ここで言う強さとは、単なる腕っ節だけではない。


知力、財力、権力、そう言ったものを全て含めた総合力を指す。


その総合力が高ければ、偉そうにしたり、暴虐を為したりしても良いと、そう考えているのだ。


確かにこの老人が若返り健康になると、後進が席を譲ってもらえずに困るなど、色々と問題はあるだろう。


しかし、それが気に食わないなら、下の奴らが力をつけて、この老人を会長の座から引きずり下ろせば良い……、そのように藤吾は考えているのだ。


そのような話をすると、集まった老人達は強く警戒した。……もちろん、表にそれを出すような未熟者はいなかったが。


権力者達からすれば、このような『自分ルール』で行動する人間は、酷く扱いづらいのだ。


権威に一切怯まないし、法も道徳も自己意志次第で簡単に無視する……。


こう言った人間は、敵対すると、後先を考えずに全力で攻撃してくるのだ。


権力者にとって、一番恐ろしいタイプである。


故に、周囲の権力者達は、藤吾に嫌われないことを指針として行動をとり始めた。


特に、藤吾の好き嫌いについては、厳重に記憶した。


「好きなもの?あー……、日本酒が好きですかね。あとは美味いもんとか。本やテレビ?いやー、話題になったのくらいは見ますけどあんまり……。一番好きなのは殺し合いですね」


「食い物?まあ、肉ですかねえ。ってか、冒険者ならやっぱり、肉食わなきゃならんでしょう。とにかくカロリーが欲しいんで、脂たっぷりのラーメンだのステーキだの揚げ物だの……、そういうのを食いまくらなきゃガス欠ですよ」


「酒は、地元の鳳凰雷電ってのを常飲してますね。新作のポーションベース酒がウメェんですわ」


「好きな女のタイプ?肝の太さが第一ですかね。ダンジョンで殺し合ってるんだから、怪我もするわ血にも塗れるわで。それに一々文句言うような女は駄目でしょうね」


「嫌いなもの?特にないですね。まあ、喧嘩売られたら買いますけど。強いて言えば……、弱い癖に口だけ一丁前な奴とかは気に食わないですかねえ」


こうして、藤吾は、『上級国民』らの中で話題の存在となったのである。


かつて、宮廷で生きてきた貴族が、人間関係の構築と謀略に特化していたように、現代の貴族たる彼らもまた、それらに特化していた。


そんな彼らの見極めでは、藤吾という存在には余計な手出しをするべきでないと見抜けたのだ。


木端企業の幹部程度なら、「仲を深める」だのと理由をつけて無理矢理飲み会だのなんだのと、藤吾を呼びつけていただろう。


だが、ここにいる彼らエリート達は、それをやったら潰されると見抜いているのである。


日本屈指の大企業の会長、政治界、法政界などの重鎮達。彼らは、『飲みニケーション』で仲良くなろう!などと言った浅はかで下品な行動はしない。


そんなことをすれば、藤吾の顰蹙を買うと、この短い会話で理解できたからだ。


あくまでも今回は、藤吾ですら断りきれないパーティーの場での顔合わせで、しかも全員が藤吾に下手に出て礼を述べている。


これからのエリート達は、何かと理由をつけて藤吾に贈り物をしたり、藤吾の周りの人々に利益を提供したりなど、さり気なく恩を売ってくるだろう。


それも、露骨にならないよう、藤吾の機嫌を損ねないように、だ。


その辺りの匙加減はまさに絶妙の一言。何故なら彼らは、現代の貴族、『上級国民』であるから。


弁舌と人間関係の構築において、日本でトップのコミュ強集団なのだから、藤吾のような存在との接し方も、当然心得ていると言うだけの話だ。

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