第46話 大人の話

ブランチダンジョンができた日から二ヶ月。


やっと俺は登校できた。


「久しぶりやなぁ、赤堀ク……、何やそのツノ?ツッコミ待ちかいな?アァッ」


ウザい緑門を腹パンで沈めて、席に座る。


「そう言えば、ブランチダンジョンの件はどうなつてひるのかな?」


と、耳の早い青峯。


「あー……、赤堀家の財産として、ブランチダンジョンからの出土品の売値の数%を徴収する権利をもらったぞ」


両親の交渉の結果、なんかこう……、株式配当みたいなシステムで金がもらえることになった。


「おお……、弥栄!不労所得と言ふやつだね?君の子々孫々が安寧だ」


子々孫々が安寧、ね。


まあ確かに、今回のブランチダンジョンの件で俺はテレビにも出たしなあ。


いやあ、笑っちゃうよな。


こんな若造に受勲だとか。


日本ってこんなに開明的だったっけ?


いや、人間でも国でも、貧すれば何でもやるってことか……。


いやあ、思い出すな。


この前行われた受勲のパーティーを……。




×××××××××××××××




ブランチダンジョンが出現し、無事に資源採掘が確認された頃。


「藤吾、すまない。流石に断りきれなかった」


珍しく真面目そうな顔をした藤吾の父……、赤堀紫電が、藤吾に頭を下げた。


「……は?いきなり何の話?」


研究所に、もう一度倒しに行ったドラゴンの素材を渡しにきた藤吾は、父親のいきなりの宣言に呆けた顔をする。


そして、すぐに察した。


この親がこのような顔をするとなると、何か拙いことでも起きたのだろうと。


「……実は、お前に受勲の話が来ている」


「受勲……ってアレか?何かこう……、軍人とかが胸に付けてるやつ」


「そうだ、その勲章だ」


「え?そんなシステム、まだ日本に残ってたの?アレ、昭和で終わりだと思ってたわ」


「本当はな、勲章ってのは、五十五歳以上のジジババにしか貰えんもんなんだがな……、政界も、財界も、天皇陛下も、全員が『ここで叙勲くらいしてやらねば何が大人だ!』みたいな感じでいきり立ってる」


そう……、赤堀藤吾。


彼は、日本を救ったのだ。


まず、最初の冒険者として、冒険者という職業を切り拓いた。失業率10%を超えていた日本人に、冒険者という道を新たに示したということは、充分に国を救ったと言っていい。


そして、冒険者として、合計で五千億円近くまで稼ぎ、その内半分以上を国債購入に当てた。個人の国債購入額としては、紛れもなく日本一だ。


ダンジョンを単なるモンスターの住処から、宝の山であるという風に人類の認識を変えた『ダンジョンショック』の原因である、深層のダンジョン素材を一人で集めた。当時、海外から見捨てられ青息吐息であった日本の株価をV字回復させた遠因。


極め付けは、海外から輸入せざるを得ない化石燃料などが湧き出るブランチダンジョンの国家への献上。これで、今まで海外輸入に頼っていた資源のうち55%が国内(ブランチダンジョン内)生産できることが判明。


藤吾が直接稼いだ金額は五千億円ほどだが、藤吾を、ダンジョンを原因とした経済効果は、今や日本のGDPの四割を超えている。


ついでに言えば、藤吾本人の武力は、最早単騎で世界を滅ぼせるほど。


そんな存在に対して、国家が何もしないなんてことは、あり得ない。


何十年もの任期を務めた元総理大臣や、外国の元首よりも、何よりも誰よりも先に報いらねば、それは国体を揺るがす。信賞必罰は軍隊ではなく国家、社会にも当然言えること故に。


「ほーん、で?もらえるんならもらえば良くねえか?郵送か?」


しかし、そんな大人の話がよく分かっていない藤吾は、レアドロップであるドラゴンの逆鱗をお手玉しつつそう返す。


「アホかな?郵送な訳ないじゃん?式典だよ」


「えー……、めんどくせぇ」


「ほーらね?絶対言うと思った!……けど、流石に俺も、天皇陛下たっての願いとまで言われりゃ断れないんだよ」


日本において、『陛下たってのお願い』と言われて断れる人間はそうはいない。


「えー……」


「いや本当にね、俺らは権威とかマジでどうでも良いんだけど、上級国民の方々はだーい好きなの、『権威』!その権威の塊であるお方のお願いを断ると、かなりヤベーんだよ!上から顰蹙買うと交渉がダルい!」


紫電の言葉に間違いはない。


金も権力も愛人も手に入れたエリートが最後に欲しがるものは、後世まで残る『名誉』であり、それを保証する『権威』であるのだ。


天皇陛下が直々に、十七の若造に対して叙勲「させてください」とまで仰られているのを断れば、それはもう、大顰蹙だろう。


藤吾も当然、はっきり言語化できるほどまでにそう言ったエリートの話を理解している訳ではないが、断ったら何となく拙いことくらいは理解した。


「式典ね、はいはい。何時間くらいやんの?」


「丸一日。式典の後はパーティーだ」


「うげえ……、めんどくさ……」


藤吾の本音としては、よくわからん年寄りに囲まれるよりも、友人と遊んだり、ダンジョンで殺し合いをしたりする方が楽しい、と言ったところ。


御影流として、真顔で嘘をつく訓練などはしてきたが、だからと言って好き好んで『上級国民』の老人共と仲良くパーティーだのをしようとは思わない。


「本当にすまん。お前には、マスコミやら人付き合いやらをシャットアウトして、ダンジョン攻略のみに力を注いで欲しかったんだが……、今回ばかりはな」


「いや、良いわ。今まで、めんどくせぇ人付き合いをシャットアウトしてくれてたのは親父だし、その親父がどうしても出るしかないってんなら出るわ。特にデメリットもないんだろ?」


「それだけは保証する。あらかじめ先方には、『息子は式典などの畏まった場はあまり好まないので、無理矢理呼ばれると機嫌が悪くなる』とそれとなく伝えた上で呼べってんだからな」


「ん、なら行くわ。……あー、ほらアレだ、スーツ。ドレスコードってのが必要なんだろ?教えてくれよ、親父」


「ああ、最高級品を用意するから、これから採寸だ」


「うへえ……、ダルそうだ」




漫画やアニメでは、『何十万円のブランドスーツ!』が金持ちのステイタスとされているような描写がよくあるが、一流のビジネスマンや本当の金持ちは、既成のモデルではなく特注品を作らせるというのはよく知られている話だ。


そもそも、武道家として鍛え込んでいる藤吾の、大きく、アスリートのような肉体を吊るしのスーツなどで包めば、さぞ不恰好になるであろうことは想像に難くない。


故に、テーラーやスタイリストが吟味した素材とデザインを使うこととなった。


もちろん、藤吾という存在の価値が分からないほどスーツ業界は馬鹿ではなく、一流のテーラーやスタイリストを惜しみなく派遣してくれた。


それも、一流のセレブやビジネスマンが着るようなスーツを作るプロフェッショナル達の、過密なスケジュールに割り込みを入れて。


もちろん、今回は正礼装による朝の叙勲、夕のパーティーなので、用意されるのは燕尾服なのだが、それとは別に夕方に行われる受勲パーティー用の礼装や、マスコミの前に出る為のブラックスーツなども用意した。


……今後、藤吾のような若者が、冒険者として大金を稼いで公の場に出るとすると、スーツが必要。


そのテストケースとして、日本最大最高の冒険者のスーツを作る!という、社運を賭けた一大プロジェクトになっていることは、藤吾には知る由もなかった。


周りのスタイリストに言われるがまま、採寸を済ませて……。


「お好きな色はございますか?」


「え?あー、赤ですかね」


「ではこちらのネクタイは……」


「あー……、おまかせ!全部おまかせします!」


礼装は、しっかりと用意された。




そして、十一月。


秋の叙勲式である……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る