もう二度と
母が倒れたとの連絡が来たのは、夏の兆しが見え始めた昼過ぎのことだった。仕事を早退し、実家に向かう新幹線に乗り込んだ。病院に着いたのはその日の深夜で、母は冷たくなっていた。病室を片付けていた姉には仕方がないと言われたけど、自分の運のなさをここまで悔やんだことはなかった。
母と最後に話したのは、いつだったのだろう。上京してから一度も帰省することはなかった。数年ぶりの実家は、白檀の香りが漂っていた。
「ヒナタ、元気カナ」
母とは違う、けれど母のような話し方をする声が聞こえた。居間の棚の上に見慣れない鳥かごがあった。中にはカナリーイエローの鳥が一羽いた。そういえば俺が進学した直後にカナリアを飼い始めたと母が話していた。ひとりぼっちだと寂しいのよ、と笑いながら。
俺はスマホを取り出し、「カナリア」と調べる。目の前の鳥と画像は色は同じものの、くちばしが大きく異なっていた。
「インコなんだけど」
母は適当な人間であったことを今更ながらに思い出した。一通り飼育方法を調べてから鳥かごをのぞくと、インコと目があった気がした。
「ヒナタ、ナラ、大丈夫」
その言葉を聞いて、もう二度と母とは会えないのだと泣いた。
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