トリあえず③。~ そんなあいつはすとーかー ~
崔 梨遙(再)
1話完結:約2200字。
トリあえず、何か書きたいと思いました。
ですが、“とりあえず”と言われても幅が広すぎて困りました。
なので、フッと今思い出したことを書きます。
まだ、書いていなかったと思いますので……。
「お願いがあるんやけど」
十数年前、30歳を過ぎた? くらいの時、女友達の朱音(あかね)からお願いされた。朱音は真剣な表情だった。
「何? 何でも言うてくれや」
「ストーカーを退治してほしいんやけど」
朱音は、ホステスをやっていた。僕は朱音の男友達。だが、僕は友達というポジションに満足していなかった。そう、僕は朱音の恋人の座を狙っていたのだ。これは、チャンスかもしれない。好感度を上げたい僕は、簡単に引き受けてしまった。“ここで助けたら、僕に恋愛感情を抱いてくれるかもしれない”僕の期待は膨らむ一方だった。そうだ、女性のピンチを救ったら愛が生まれる。映画やドラマでもそうだ。
「私が店を出るのを、電柱の陰から見張ってる男がいるねん。スグにわかるわ」
確かに電柱の陰に男が隠れている、一見、普通のサラリーマンっぽい。僕は斜め向かいの電柱に隠れて男を見張った。朱音が店から出て来た。男が動いた。この男に間違いない。朱音の後を追う男、男の後を追う僕。朱音は電車に乗る。男も電車に乗った。勿論、僕も電車に乗った。朱音が自宅の最寄り駅より1つ手前の駅で降りる。後をつけられていることに気付いてから、家がバレないように1駅手前からタクシーを利用しているらしかった。タクシーでも、タクシーで追いかけられるのではないか? と思ったが、タクシーに乗ると何故か追いかけて来ないらしい。
駅に降りた朱音がタクシーに乗る。その時、男は朱音に声をかけたようだ。だが、気付かなかったのか? 気付かないフリをしたのか? 朱音はそのままタクシーに乗って去って行った。男は、朱音の乗ったタクシーを見送る。いつまでも、見送る。人気は極めて少ない。
僕は、男に声をかけた。
「ちょっと、お兄さん」
「なんでしょう?」
「あなた、香織(源氏名)さんのストーカーですよね?」
「あなた、なんなんですか?」
「香織さんのボディーガードです」
「俺の邪魔をするのか?」
男は怒り始めた。
「いやいや、そろそろ香織さんが怖がっているから、ストーカー行為はやめてください。僕は香織さんをあなたから守るように頼まれたんです」
「俺の邪魔をするな!」
何故かキレられた。男は、ポケットからナイフを出した。ナイフを振り回してくると思ったら、真っ直ぐグサッと突いてきた。意表を突かれて、僕は左の手のひらで受け止めてしまった。刃は骨で止まっていたから、血は流れたが傷は浅かった。
すると、刺した男の方が狼狽し始めた。やってしまってから怖くなったらしい。だが、何故、ナイフを持っていたかはわからない。普通のサラリーマンがポケットにナイフは入れないだろう。朱音を脅すつもりだったのだろうか?
「俺は悪くない、俺は悪くない」
「いやいや、お前が刺したんや。お前が悪い」
僕は、血の流れる左の手のひらを見せた。
「お前が悪いんやぞ、俺は悪くない」
「いやいや、警察に行こう。これは立派な傷害事件や」
「警察は嫌や、会社をクビになる」
「何をワガママ言うてるねん。お前なんか、クビになればええねん」
「すまんかった、穏便にすませてくれ」
「ほな、あんたの名刺をくれ」
男は渋々名刺を差し出した。
「はい、免許証を見せて」
「免許証?」
「そこのコンビニに行くで」
僕は、左手の平にハンカチを巻いてコンビニに男を連れて行き、免許証のコピーを取った。それから、凶器のナイフを没収した。男は渋ったが、
「穏便にすませてほしいんやろ? ほな、僕の言うことを聞け」
と言ってナイフを手に入れた。
「このナイフには、あんたの指紋がついてるからな。ほんで、僕は明日、病院に行って診断書をもらうから。あんたが傷害犯やっていう証拠は揃うで」
男は、顔面蒼白で俯いていた。
「今回だけ、大事にせんとくわ。せやけど、次は無いで」
「わかりました。今回の件を穏便にすませてくれるのでしたら」
「もう、ストーカー行為はやめるんやで」
「わかりました」
「あんた、なんで香織ちゃんのタクシーをタクシーで追いかけへんかったんや?」
「お金が無いから」
「店には行ってるんやろ?」
「月に1回か2回しか行かれへん。小遣いが少ないから」
「あんた、家族がいるんか?」
「うん、嫁と子がいる」
「あんた、今、どれだけ持ってるねん?」
「1万円」
「タクシーに乗れるやんか」
「1万円はホテル代として持っとかなアカンでしょ?」
「まあ、ええわ。次、ストーカー行為をしたら、警察に言うからな」
「わかりました、すみません」
「けど、なんでナイフなんか持ってたんや?」
「いやぁ、香織ちゃんが僕の気持ちにこたえてくれなかった時に」
「ナイフで脅すつもりやったんか?」
「いや、使うつもりは無かったですよ、念のためですよ、念のため」
「ふー!呆れて何も言われへんわ。もうええわ、帰れや」
「はい……」
「崔君、ありがとう、あいつ、いなくなったわ」
「そうか、朱音の役に立てたなら良かったわ」
「崔君、その手は?」
「大丈夫。ちょっと刺されただけ」
「危ないところやったんやなぁ、ごめんなぁ」
「うん、でも、朱音のためやから!」
ここで、朱音の心が動く!と、思ったら、
「ありがとう、ほな、また」
体を張っても、心を掴むことは出来ないと知った。僕は、朱音の恋人になるのを諦めた。
トリあえず③。~ そんなあいつはすとーかー ~ 崔 梨遙(再) @sairiyousai
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます