025号室 南国リゾートホテル
この世界に来てから、2度目の6月となった。
現在ホテル営業は順調。最も新しい施設であるグランピング場『エンカント』も、安定して宿泊客が訪れている。
特に、普段は野営しないような貴族や富豪の客が多い。以前セシリオが言っていた通り野営に興味がある人は一定数存在しており、そういった人々を取り込めているようだ。
そんなある日、突然僕の目の前にウインドウが現れた。
『ランクアップ!
称号:小規模ホテルオーナー → 中規模ホテルオーナー
達成条件:累計宿泊者数1万人以上、従業員数100人以上
お知らせ:エンカント前に来てください』
とうとうこの時がやってきたか。
しかし、累計宿泊者数が1万人以上に、従業員が100人以上か……。いつの間にかそんな実績を達成していたんだな。
とりあえず、モニカとクラウディアに声をかけてエンカント前に行くとするか。
「ランクアップおめでとうございます、オーナー」
「次はどのようなホテルになるのでしょうか。わたくし、楽しみですわ」
2人に声をかけたところ、すぐに仕事を片付けて次の場所に移動することが決まった。
そして今回は、さらに1人ゲストが追加されることになった。
「新しいホテルにご招待していただけるなんて光栄です、リオさん」
「いや、たまたまエンカントに宿泊していたから声をかけただけだよ。それにリリアーヌさんの仕事もほとんど終わったそうで、時間が空いていたことも幸運だった」
そう。今日はたまたまリリアーヌさんがエンカントに宿泊していたのだ。リリアーヌさんは禁じられた領域にとって重要な商人で、初めて物資を本格的に販売してくれた恩人でもある。要はVIPだな。
VIPと言えばアルフレドやセシリオ、冒険者ギルドマスターのブルーノさんもそうだけど、この人達は現在ネゴシオで仕事中だ。だから今回声をかけなかった。
とにかく、リリアーヌさんに『新ホテルのプレオープンに参加しないか』と声をかけたら仕事がほぼ終わり、時間的余裕が出来ていたそうなので今回参加となったのだ。
こうして荷造りを終えた僕、モニカ、クラウディア、リリアーヌさんとモニカが選抜した十数人のスタッフゴーストと共にエンカント前に集合すると、光と共に新たな観光バスが現れた。
このバス、デザインがかなり独特だ。幾何学模様を配したパステルカラーというド派手なカラーリングに、窓の上には小さい突起が眉毛のようにくっついている。
この場に集まったほとんどの人がその派手なデザインに唖然としていたが、モニカだけは平然としていた。
ちなみに内装は、カラーリング以外は他のバスと同じだった。なおカラーリングは、車体と同じパステルカラーだった。
バスに揺られること数時間。たどり着いたのは、禁じられた領域の南端にある海沿いの街だった。
「ここは『パノデマール』。港と海岸が有名だった、海運と観光で栄えていた街です」
「確かに、結構長い浜辺がありますわ。砂浜がくすんでいますけど……」
「港の施設もありますね。ほとんど壊れていますが……」
モニカからこの街『パノデマール』に関する情報を教えて貰いつつ、僕達はウインドウに指定された場所に向けて歩き続けた。
そしてたどり着いた場所は、海岸からほど近い場所だった。
「よし。ホテル建築開始!」
一瞬強烈な光が放たれると、いつもの如く廃墟と化していた街は新築だらけになった。さらに今回は港湾施設が復活し、ゴミや汚れでくすんでいた砂浜がキレイになり、真っ白な美しい砂浜になった。
そして肝心のホテルだが……。
「おっと、これは……」
「大きいですわ……」
「デザインも独特ですね……」
そう。今までのホテルの中で一番大きかった。
デザインはバスと同じく、幾何学模様を多用したパステルカラーで彩られ、窓には眉毛のような庇が付けられている。
このデザイン、どうやら『トロピカル・デコ』らしい。
トロピカル・デコとは、20世紀初頭にアメリカのフロリダ州マイアミがハリケーンで壊滅状態になった際、建物を再建した際に採用したデザイン様式のこと。ちょうど再建するときにアール・デコ様式が流行っていたため、アール・デコの製図用具で描かれた図形を組み合わせたデザインに南国らしい色使いや意匠をプラスしたようなもの――らしい。
なお、トロピカル・デコは発祥地の名前を取って『マイアミ・デコ』とも呼ばれている。現在、トロピカル・デコで立てられた建物がある地区は歴史地区になっているとか。
さて、話を戻して目の前のホテルだ。
このホテル、玄関前に車止めと巨大な庇があり、この庇に『カシオン・デル・マール』とネオンサインで書かれていた。これがこのホテルの名前なのだろう。
「では、皆様をお迎えする準備を致しますので、少々お待ちください」
いつものように、モニカを始めスタッフゴースト達がホテルの中に入り、営業準備を開始する。
しばらくしてスタッフゴーストの一人が準備できたと報告したので、僕達はホテルの中へと入館した。
「広っ!」
「ソファとテーブルは、見たことが無い素材で作られていますわね。ツタでしょうか……?」
「素材についても物珍しさがありますが、やはりテーブルの数が多いですね。待ち合わせや簡単な商談にも活用できそうです」
カシオン・デル・マールのロビーは、とにかく広かった。今まで開業してきたどのホテルよりも圧倒的な広さを有していた。
床や壁、天井は外観と同じく幾何学模様に南国らしい色使いを組み合わせた柄。さらに天井には木製のシーリングファンが何台か設置され、ゆっくりと回転している。
そして観葉植物と共に配置されたソファセットは10数組にも及び、数が多い。またソファセットはラタン製と、南国リゾートらしさを感じさせる。
ロビーを眺めながらカウンターに進み、僕達はチェックインをした。カウンターに立っていたのはもちろん、モニカだ。
「カシオン・デル・マールへようこそお越し下さいました。ご予約されていたリオ・ホシノ様、クラウディア・モンフォルテ様、リリアーヌ・ノボテル様でございますね?」
「あ、予約客っていう体でやるんだ」
「まぁ、要予約のホテルとして営業するつもりなので……。
では改めまして、皆様はスイートルームをご予約いただいておりますので、そちらへご案内いたします」
おっと、とうとう出てきたか、スイートルーム!
今まで客室の区分というとビジネスホテル『レッツォイン』でシングルとツインの2種類が用意されていただけだったからな。ここに来て高級客室の代名詞とも言えるスイートルームが出てくるなんて、感慨深い。
「ご宿泊いただく際に1つだけ注意点がございます。ただいま海の安全に関して調査中につき、海水浴場は運営しておりません。また、海での遊泳は禁止となっておりますので、あらかじめご了承下さい」
あー、やっぱり安全面の調査は必要なんだな。スキルで街が立て直せれば海でも泳げるかと思っていたんだけど、その考えは間違いだったらしい。
身の安全には変えられないし、受け入れるしかなさそうだ。
「それではお部屋へご案内します。案内係を呼びますので少々お待ちください」
すると、案内係のスタッフゴーストが2人現れ、僕達の荷物を持ちながら案内してくれた。
今まではカギを渡されて自分で部屋を探す方式だっただけに、さすがリゾートホテルであると感じてしまった。
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