また一人から始まる。

八木沼アイ

さぼる奴なんてくたばればいい

 僕は学級委員。学校の立場として優等生に値する、と自負している。

 僕は学級委員、そう学級委員なのだ。

 時に、掃除をさぼるだなんてのはもってのほかだと思う。なのにクラスの連中は掃除をないがしろにする。教室でホウキを握っていることが僕だけということは少なくない。そんな日々とはもうおさらばだ。今日こそ、言ってやる。

 なんたって、僕は学級委員だからな。


 帰りのホームルーム、手を挙げる。言ってやる。

「はい、生技君」

 言ってやる。


「はい、放課後に掃除をさぼっている人がいます。これはいけないことです」

「え、なにあいつ」

「また変なこと言いだしてるよ」

 教室がざわめく。嘲笑の的になる。周囲の人間が敵となり、周囲の人間が抱いている感情が次々に感染していく。教室の空気は僕の肌を冷たくなぞった。この空気はいつまでも慣れない。


「そうなんですね。皆さん、掃除をさぼることはいけない行為です。だから、罰を下します。生技君の班の人は今日から二週間、教室の掃除を担当してもらいます」

「えーー!噓でしょ!!」

「ありえないー!最悪なんだけどー」

 彼女らは騒ぐことによって、存在価値を教室にアピールしている。これも日常だ。

 ウチの馬鹿げた顔をした女子らは、まるで親鳥のご飯を待つひな鳥だ。

 先生はひな鳥の喚きを聞き流したら、長いまばたきをした。

「静かにね~、じゃあ、掃除よろしくね。起立、さようなら」

「さようなら~」

 やはり、統制が取れた挨拶は気持ちがいい。僕も将来は先生になりたいものだ。

 そして...

「おい」

「ん、なに」

 清水、うちの班の攻撃的な人だ。なぜこうも圧をかけるのだろうか。普通に話しかけてもらいたいものだ。

「ちょっと話がある」

「うん」

 こういう場合はろくなことじゃない。

「掃除が終わったら下駄箱のに来い」

「...わかった」

 下駄箱のグリーンルームとは、もう使われていない小さい倉庫のようなところだ。ナンバー式のカギがかかっているようだが、ある生徒たちが解読したらしい。すぐにその噂は広まり、今や生徒のたまり場やによく使われている。一部の先生たちにはバレているらしいが、どうやら話が分かる先生で、暗黙の了解ということになっている。


 みんなが椅子を上げ、机を後ろに下げる。ああ、視線が痛い。針のような冷たい視線は、肌を貫いて心臓にたどり着く。僕は正しいことした。何が悪いんだ。バッグを廊下に置くと、ホウキやらチリトリが入っているロッカーから道具を取り出す。


 掃除中は特に女子がうるさく、清水はもう帰ってしまった。

「それな、掃除さぼって何が悪いんだろうね」

「そんなに掃除がしたいなら生技が一人でやればいいんじゃない」

「名案だね、わざわざうちらがやる意味が分からないんですけど」

 と、言いつつ掃除をしているのはうちの班にクールな男がいるからだろう。


「まあまあ、みんなでやったほうが早いし、生技君も一人で掃除させちゃってごめんね」

「きゃ~もうかっこいい~、生技のことかばってあげて超~優しい~」

「そうだよね~みんなでやったほうが早いもんね~」


 彼女らはさっきの倍の速さでホウキは、飼い主からボールを投げられた犬の尻尾のように見えた。まったく、手のひらをかえすのがうまいやつらだ。さっきの態度はどこへやったのか気になる。

 全然大丈夫だよ、と情けない一言を投げ捨て、僕もホウキを振り続けた。

 彼は見掛。クラスの人気者のような立ち位置を持つ彼は、結構好き放題やっている。 自分の従順になる奴隷と判断した女子に対してはアメしかあたえず、男子たちには日々慕われている。男女問わず全員に好かれるタイプのキャラだ。


「ごみ捨ては俺が行くかー」

 わざとらしくそう言うと、彼女らは餌に食いついたように喉を広げる。

「いや私たちがいくよ~」

「そうそう、見掛くんは先に帰ってていいよ~」

「ほんとに!ありがとうね二人とも!じゃあお言葉に甘えて帰るね~」

 即答かよ。

「うん!」

 本当に羨ましい限りだ。人を使うとはこういう方法もあるのかと勉強にもなる。だが、僕にあのような甘いマスクはないし、飄々と絹のように流れる噓もつけない。鏡の前で一回練習したことがあったが、ぎこちない笑顔と嘘を言ったら目をそらしてしまう性格が邪魔をし、失敗に終わった。あの時の状況を冷静に分析してみると、ほんとにひどい顔をしていたように思える。情けないな、ほんとに。

「じゃあ生技、ごみ捨てやっといて」

「...は?」

「当たり前じゃん、見掛くんに好かれるために言ったのに決まってんじゃん」

「それな、それぐらいわかってるっしょ」

「元をたどればあんたが先生にチクったから掃除やる羽目になったんだし、二週間はごみ捨てよろしく」

 元をたどると、こいつらが掃除に参加していれば僕が先生に言う必要もなかった。

 こいつらは自分の非について考えたことはないのか。うん、ないな。


 残念なことに僕がごみ捨てをすることになった。この太ももに届く青い箱は片手に更なる重力を与える。グチグチと言っても仕方がないのでゴミ捨て場に向かう。


 いろんなクラスの生徒らがゴミ箱を持って廊下を行き来し、ゴミ捨て場に向かう階段でも広がる同様な景色は、ベルトコンベアで運ばれている荷物に似ていた。一貫性や統制を持っている現象にはついつい興味を持ってしまう。


「おお、生技じゃんゴミ捨ておつかれ」

「高城君。これから部活?」

「そうだよ、もうすぐ引退だから顔出してる。生技も生徒会だっけ?」

「うん」

噓をついた。今からグリーンルームに用があるんだ、なんて口が裂けても言えない。

「そっか頑張れよ」

 そう言うと、彼は踵を変えて奥の部室へと入っていった。あぁ、いきたくない。片手の箱をひっくり返した。今日集めたゴミとともに、さっきの出来事が頭によぎる。今鏡を見たら、僕の目の瞳孔は大きく開いているだろう。


 教室に戻って、ゴミ箱を定位置に戻す。廊下に置いてあったカバンはなかった。見当がつかないほうが救われていたかもしれない。しかし、どこにあるのかわかってしまう。 あの場所へ向かう足取りが重い。下駄箱を見ると様々生徒が部活に行ったり、帰宅したり、自販機で飲み物を買ったり、人を待っていたり、誰しもが目的をもって行動していた。


 グリーンルーム、その扉の目の前に立つと、その重圧に押しつぶれそうになる。開けるしかない。覚悟を決めて入ると、その中には、僕を詰めてきた清水とその取り巻き3人がいた。

「おい」

「「おい」」

「なんで呼び出されたかわかってるよな?」

「「わかってるよな?」」

 清水に続いて取り巻き三人がオウム返しのように真似る。清水の後ろに僕のカバンがあることを確認できた。

「ああ、掃除の件でしょ?」

 ひとつのアトラクションに乗っているようで案外面白かった。

「そうだ、まずお前に罰を与える」

 そういって彼は僕に近づくと、僕のみぞおちめがけて右腕を振りかざしてきた。

うぅ、とうめき声を上げながら地面に膝を落とし、手に胸を添えて倒れる。僕を見下ろしながら、彼はつづけた。

「なぁもういいって学級委員さんよ、お前そんな偉いか?ずっとその調子でいると痛い目を見るって少し考えたらわかるだろ。あ、わかんなかったからこうなってんのか」

 薄ら笑いを浮かべるな。

「「あははははは」」

 前言撤回だ。刺激が強すぎる。今にも泣きだしたいが、こうなった以上、はやく済ましてカバンを奪取し、一目散に逃げるしかない。

「なんか言ってみろよ」

「「言ってみろよ」」

 こいつらは小学生の頭脳のまま高校生になってきたタイプなのか。

「チクってすまなかった。許してほしい」

「やけに素直だな。まぁいいや、明日も同じ時間に来い。俺のサンドバックになれよ」

「...わかった。約束しよう」

 するわけないだろ。さっさとこの場から出たら、胸ポケットにあるスマホの録音データを先生に渡す。こいつに停学処分を食らわせる目的で今日ここに来たんだ。決してお前のサンドバッグになりに来たんじゃない。

「いくぞ」

 ぞろぞろと清水の後ろをついていく取り巻き。その後ろ姿はまるで団の長のようで、ある意味では統制が取れていると言える。

 

 何を思っていいるのか、自分にも分らなかった。ただ、あの日を境に、僕はそれを壊したいと強烈に思うようになった。だってそうだろう。掃除をさぼるやつが、何で真面目に掃除をしている人間に文句が言えるんだ。心にドロッと黒い何かがこびりついき、侵食し始めていた。


さぼる奴なんてくたばればいい。

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