第十話 北方海域海戦 4

 丁字戦法と同じ形になっているこの戦場で、大きな動きがあった。第一軍が、部隊を三つに分けた。つまり、形としては、「T」だったのが、Tの縦棒が三つに分かれたという形である。


 この艦隊行動中も、やはり北大帝側は、容赦なく射撃をした。弾が降り注ぐ。だいたいは、鋼の拳が海面に叩きつけられて終わるが、巻き込まれた艦艇も少なくはなく、それらは機関が破壊されたり、大破したりで落伍していった。しかし、先頭の水雷戦隊が艦尾より煙幕の展開を開始、北大帝側は、いったん砲撃を停止した。


「煙幕…ですか…」

 と、副丸大佐が、自身の双眼鏡で、目の前でこちらに接近しながら展開する煙幕を見ながら言った。

「敵艦隊接近してきます!」

 見張り員が叫ぶ。将棋の秒読みのように、距離が読み上げられる。

「距離7900!」

 煙幕で見にくいが、先頭で煙幕を展開する駆逐艦がうっすらと見える。

「敵駆逐艦を視認!」

 見張り員が、大型の備え付け双眼鏡で見つけた。それを聞くなり、伝令員が片手に握っていた受話器を奪い取るようにして、参謀長が受話器を持った。

「敵駆逐艦に照準!」

 砲撃の許可は、既に中澤から得ていた。

「み、右砲戦!目標、敵駆逐艦!右30°!」

 慌てて砲術長が繰り返す。

「砲撃準備完了!」

「発砲開始!てぇー!」

 砲術長が叫ぶと、先ほどのように艦が大きく揺れ、空気が振動した。砲口から、硝煙がゆらゆらとなびいて出ている。そして、砲撃後まもなく、全艦隊で十字砲火クロスファイアをとれるように、包囲を始めた。第三艦隊が再び分裂し、行動を始めた。まず、第一、第二艦隊が、敵艦隊の頭をとり、第三艦隊が、側面をとった。北大帝は、いまだに弾がある。戦艦もある。


 駆逐艦が、砲火のために、被弾し、煙に包まれた。そして、爆発を起こす。魚雷発射管の魚雷に誘爆したのだ。4,5発の魚雷に誘爆してしまったら、駆逐艦は耐えられない。沈んでしまった。


 その、沈みつつある駆逐艦を後目に、戦艦『アーソン』が、勇ましく突進している。時々、思い出したように『天神』に向けて発砲しつつ、大洋を白浪を蹴って進んでいる。しかし、すでに行く手は阻まれていた。そして、これより一方的な砲撃を食らうこととなる。


 アーソンは、一方的な砲撃を受け続けた。巨弾がアーソンの第一煙突を吹き飛ばし、甲板に大穴を空け、甲板では火災が発生していた。水兵から見れば、絶えずに弾が飛んで来るという恐怖の中にアーソンは存在していた。美しい弧を描いて飛んでくる弾は、レーダーを貫通して破壊し、射撃指揮装置を粉々にした。


 フーズ中将は、艦橋から悲惨な状況に襲われているアーソンを、ただただ見ていた。天神にも命中弾は出ている。しかし、その自慢の側面装甲帯によって、多くの跳弾が発生してしまい、あまり効果が出ていないのが現状である。甲板では、ダメージコントロールの消火量よりも、着弾による発火量の方が上回り、甲板は地獄と形容ができるほどに燃えていた。

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