Extra Episode

Extra: Missing piece

Extra: Missing piece



 この世界で一番、最も愚かで無駄なことは何か。



 復讐など意味はないとわかっていながら、復讐というものにドラマ性を感じてしまうのは、人間の愚鈍な性分だと思う。

 復讐の先にあるのは、いつも無だ。

 この世界で最も愚かで無駄なのは、血を血で洗う応酬。それに加担する第三者。見ているだけの傍観者。

 

 要するに、当事者も当事者以外も、皆愚かで無駄なことばかりしている。

  

 


         ***



 男は、木々の隙間から見える空を見つめていた。

 澄み渡る空。流れる雲の白さ。溢れる陽射し。


 

 なぜこうなってしまったのだ、と思う。

 

 

 空港を出て30分ほど。

 乗っていたセスナ機は突然バランスを崩し、山肌に衝突した。

 異常を感じてから山中に墜ちるまで、体感では数秒もなかった。

 

 機体から這い出た男は、まだ息があった。だが自身でも、その死が目前に迫っているのを感じていた。

 墜落した機体が爆発炎上したら堪らない、と腹這いで少しでも機体から離れようとした。

 石や枝、伸びっぱなしの雑草が、行く手を阻んで上手く進めない。なんともどかしいだろう、と男は心の中で嘆く。

 その途中途中で意識が飛んでしまい、動けなくなるのを繰り返した。


 胸ポケットにしまったスマートフォンに手を伸ばす。画面はひび割れていたが、時刻は辛うじて読めた。

 墜落したと思われる時間から、もう一時間は経っているだろう。

 スマートフォンから救助を呼ぼうとしたが、ひび割れた画面は、タップに反応しなくなっていた。思わず舌打ちが出る。

 

 だが、男の視界に、人影が見えた。

 

 やっと救助が来たのだと期待し、目を輝かせた。

 しかし、その瞳は一瞬にして曇る。

 

「死神」

 男は、今目の前に現れた人物につけられた、あまり有名ではない方の二つ名を呼ぶ。

 その名前の方が、今はぴったりだからだ。

 

 なぜ、自分が乗ったセスナ機が墜落したのか。

 この人物の出現ではっきり察した。

 

 最初から仕組まれた事故だったのだ。

 

 そしてこの人物は、墜落現場で死体を確認するために現れただけに過ぎない。

 

「冥土の土産に、聞かせて、くれないか」

 男は諦めたように笑い、『死神』と呼んだ人物に言う。

 男の言葉は、荒い呼吸の合間合間に絞り出すのがやっとな状態だ。

 

「『ファラリス』とは、結局、何だったんだ」

 その問いに対し、『死神』は口元を歪ませ、笑いかけるだけだった。

 不気味な笑顔だと思った。


 男が最後に見た光景は、『死神』の不気味な笑顔。

 向けられたリボルバーS&W M500の銃口に戸惑う暇もなく、脳幹を撃ち抜かれた。



 これが、かつて世界中に武器を売り歩いた、イヴァン=アキーモヴィチ・スダーノフスキーという武器商人の、最期である。



 

 

          *



 


 我ながら趣味が悪いとは思った。

 

 イヴァンを撃つために使ったのは、使い馴染んだP226ではなく、S&W M500。

 残念ながら、自分にとっては使い心地が良くなかった。

 

 知り合いよりは濃いが、仲間と呼ぶには少し違う、どう表現するべきか悩む存在がいる。

 その人物を、イヴァンがS&W M500で撃ち抜いた。

 グリズリーを撃つような火力の高い弾薬で、見知った顔が撃たれたのを見たのは、とても気分が悪かった。

 だから、S&W M500で殺してやった。


 

 最高に趣味が悪い、やり方。


 

 ここまでの私怨で人を殺したことは、今までなかったのではないか。

 逆に、今まではこんな強い私怨もなく、人を殺してきたのか。


 とはいえ、良心の呵責など、いまさら胸に湧いてくるはずもない。


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