トリあえず①。~ 嫌な思い出 ~

崔 梨遙(再)

1話完結:1400字。

 トリあえず何か書きます。




 僕が、大阪の広告代理店にいた時。ですので、20年くらい前の話です。



 僕は20代半ばの中途採用で、その大手の広告代理店に入社した。同じ課に、同じく中途採用の緋村という女性の営業マンがいた。20代前半だったが、僕よりも2ヶ月ほど入社が早かった。その緋村が、結婚を機に退職することになった。緋村のお客さんの多くを僕に振られた。僕に振られたのは、僕が経験者、即戦力採用として入社していたからだと思う。僕は、前の会社(中小企業)でも同じ仕事をやっていた。


 それで、優先順位をつけて、緋村に同行して引き継ぎ挨拶を進めていたのだが、1件、ややこしいところがあった。僕よりも半年前に中途採用で入社した、氷室という20代前半の女性営業マンがいて、中途採用の僕達を仕切っていたのだが、氷室はいつも“素敵な男性”を探し続けていた。ややこしいお客さんというのは、某中小旅行代理店の専務で、氷室を気に入っていたのだ。


 形式だけの引き継ぎが終わった。専務はずっと緋村と嬉しそうに雑談して、僕にかける言葉は一言も無かった。僕は会話に入れないまま引き継ぎは終わった。


“ああ、そういうお客さんなんだ。めっちゃわかりやすい”


と思った。要するに女性が好き。僕は、早く女性の営業マンに担当を変えてもらおうと思いながら帰社した。帰り道、緋村が言った。


「私、氷室ちゃんを専務に会わせてるから」

「会わせた?」

「うん、飲みに行った。専務、氷室ちゃんのこと気に入ってるから気を付けてね」


 そう言われても、“何に気をつけたらいいのだろう?”わからない。というよりも、“何、余計なことをしてくれてるねん?”と思った。嫌な予感がした。早く担当を氷室と代わりたい。


 とにかく早く担当を変えてもらおう。そう思った。だが、担当を代えてもらう理由が思いつかない。理由も無く担当を代えてくれと言っても、上司は認めてくれないだろう。だが、氷室とお客さんが既に会っていて仲が良いとも言えない。それをすると、氷室に嫌われてしまいそうだ。お局さんだから、氷室は怖い。


 

 ところが、スグにその旅行代理店から仕事の依頼が来た。僕は、気が進まなかったが、専務と話をした。なんだかんだ、かなりいちゃもんをつけられた。どうせ、僕にケチをつけて、担当を氷室に代えようとしているのだ。とんだ茶番だ。では、どうすればお気に召すのか聞いて、専務が“こうしろ!”と言った通りに広告を作ったのに、また文句を言われた。そして、言われた。


「担当を代えろ!」


 お客様から言い出してくれるとは、これはラッキー。僕は上司に、担当を代えてくれと言われたこと、後任の担当には氷室がいいだろうということを伝えた。そして、僕の希望通り、担当を氷室に代えてもらうことが出来た。


 また、担当の引き継ぎの場が設けられた。専務は、上機嫌で氷室と話して盛り上がっていた。僕が会話に入れる雰囲気ではなかった。ただ、この茶番には腹が立った。


 そして、氷室は、入社してしばらくはそれなりに売れていたらしいが、やがてスランプになり、会社を去った。女の武器を使う営業には限界があったようだ。というより、仕事を舐めていた氷室には、女の武器以外の営業力は無かったのだ。



 やっぱり、真面目にコツコツ働かないと!







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トリあえず①。~ 嫌な思い出 ~ 崔 梨遙(再) @sairiyousai

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