第50話チンピラ、お嬢様の足枷になる。
周囲の村を中継しながら、馬車を走らせること三日。カルラと仲直りをしたというのに、目的地に到着して早々、彼女の指示で俺とヴィクトリア、カルラとモニカの2チームに分かれての不審者探しとなった。
これがヴィクトリアを処刑するための準備と知らないのは、可哀そうなことにヴィクトリア本人だけだ。
気分はまさに誕生日会のサプライズである。もっとも俺は仕掛け人であるカルラの丹精込めたサプライズを台無しにする役なのだが。いやぁ、胸が痛むくらい弾んで踊るね。
「ここからはしばらく徒歩での捜索になりますわ。少し辛いでしょうが、休憩したくなったらいつでも言ってくださいな」
「はーい!」
俺の分の荷物までひょいと担いだヴィクトリアは、「では、行きますわよ!」と言ってそのデカい身体を俺の歩幅に合わせてゆったりと動かす。七歳の女児視点から見る身長180センチを超えたマッシブお嬢様の安心感たるや。その背中なんて、さながら難攻不落の城のようであった。
だが、困ったことに。これからヴィクトリアが相手にしなきゃならないのは、勇者の亡霊狩りを想定して用意された魔族の集団だ。
勇士の見習いとはいえ、たかだか十代の女子をぶち殺すために魔族どもは精鋭を少なくとも50人は用意するらしい。それも全員魔装持ちなのだから、連中の本気度がうかがえる。はっきり言って過剰戦力だ。まず俺抜きでは助からないだろう。
俺としたことがエルシャを不必要に煽ってしまったようだ。いやあ、困った困った。おかげで神聖兵装のつかみ取りイベントとはね。でかい袋でも用意しときゃよかったかァ?
「あら。ご機嫌ですわね、シャロン。なにか面白いものでも見つけまして?」
「ううん。ヴィキお姉ちゃんと学園の外でお散歩できるのが楽しくって! 最近はずーっと学園の中でお勉強していたから、それがとっても嬉しいの!」
「ふふふ、それは良かったですわ。ですが、はしゃぐのは程々に。これからまだまだ歩きましてよ。ここの辺りは比較的安全地帯ですが、魔獣がいないとも限りませんわ。勇士たるもの常に万全であれ……というのは、まだシャロンには難しいでしょうが。いつでも私の背中に隠れられるだけの体力は残しておいてくださいな」
「はーい!」
ヴィクトリアの言葉に元気な返事を返しはしたが。さすがの俺も彼女を肉壁として使い潰すつもりはない。「ヴィクトリア・ドルトーナを守る」というのが、命を張って噂を流したモニカとの約束だ。
今頃、好きでもないカルラと過ごしているモニカのためにも、せめて嬉しい報告くらいは聞かせてやろう――いや、そんなことこれっぽっちも考えちゃいないが。
こうして、俺とヴィクトリアの楽しい散歩は一日、二日と過ぎていった。俺たちの探すレギオン、もとい勇者の亡霊は痕跡こそ残していたものの、その姿を現すことはなかった。
◇
「……何者かが魔獣を殺した形跡はありますが。一向にその姿が捉えられないのは、不思議な話ですわね」
焚火に小枝をくべながら、ヴィクトリアは「はあ」と珍しく溜息を吐いた。
「ヴィキお姉ちゃん、大丈夫?」
「え、ええ! 私としたことが溜息なんて……。大丈夫でしてよ、シャロン。心配には及びませんわ」
学生勇士とはいえ、ヴィクトリアは貴族の出だ。それに、リナに比肩するほどの力を持っていても、まだ十代。そんな彼女が七歳児の命を預かりながら、日中は歩き詰めたうえで、もう二度の夜を野営で過ごしているのだ。さすがのヴィクトリアも、これには堪えるだろう。彼女のストレスは乱れ始めた金髪の巻き髪からも薄々と察せられた。
それでも俺を「邪魔」と思わないのは大したものだ。俺だって、聞き分けのいい七歳児を演じてはいるが。それでも夜遅くの火の番は(倫理的に)できないだろうし、交代の見張りすらヴィクトリアは「子どもは寝るのが仕事ですわ!」と俺にさせなかった。いや、大したもんだぜ。初日に俺よりも早くベッドに入って爆睡したモニカに爪の垢を煎じて飲ませてやりたいくらいだ。
いや、困ったね。俺としたことが、見事にヴィクトリアの足枷として機能してしまっている。これじゃあ、あと保っても一日か二日といったところだろう。
「でも……ヴィキお姉ちゃん、最近全然寝ていないでしょ? 勇士たるもの、常に万全であれって言ったのはヴィキお姉ちゃんだよ。火を見るだけなら私にもできるから、少しお休みしよ? 今、魔獣に襲われたら危ないよね」
「いえ、今日一日くらいであれば大丈夫ですわ。ですが……そうですわね。日が昇ったら、一時間ほど仮眠させていただきますわ。そして、明日の晩は近くの村の宿を利用しましょう。それでよろしくて?」
「……うん。ヴィキお姉ちゃんが、それで大丈夫なら」
「ふふ、あなたのような小さな平民に心配させてしまうとは。私もまだまだですわね」
はっきり言ってしまえば、俺に睡眠はほぼ不要だ。なんだったら、ここでヴィクトリアが眠ることを選択すれば、今俺たちを取り囲む魔族どもをぶち殺せるのだが。やれやれ、今回ばかりはヴィクトリアの高潔さと頑固さの勝ちだ。
だから、まあ。連中が仕掛けやすいように、こうしてヴィクトリアを必要以上に心配してやったわけだ。
「今、魔獣に襲われたら危ないよね」――なんて聞けば、そろそろ狩り頃だと考えるだろ? テメエらみたいな連中はよ。
「……!? 取り囲まれていますわね」
ようやくヴィクトリアも、己の探知範囲に不審な存在がぐるりと取り囲むように接近してきたのに気付いたようだ。疲労状態でありながら、彼女は俺の手を素早く掴むとすぐさま臨戦態勢を取った。
「乙女の寝所に土足で踏み込もうとは……! 何者ですの!」
焚火と月明りの頼りない光が照らす、闇の中へとヴィクトリアは問う。辛うじて見える、魔力の煌めきは――神聖兵装や魔装を抜いたときに見える、あの光だ。それがぐるりと自分たちを一周するように、あちこちから見えた。
「……っ! 聖装抜剣――!」
ヴィクトリアの神聖兵装が抜かれる。それは、彼女がいつも訓練で用いる斧槍をさらに豪奢に、そして巨大化させたものであった。
名を
夜の闇に飲まれることなく、金色が輝きを放つ。この状況に恐怖などこれっぽっちも感じちゃいないが――なるほど、これがバフの恩恵か。いつもは魔族を見ればこの身を焦がす滾るような興奮が、今日はやけに静かだ。
「さすがはガレリオ魔法学園有数の実力者。僕たちの接近がこうもあっさり気付かれるとはね。だけど、少しばかり遅かったかな?」
「だから言ったんだ……。遠くからさっさと仕留めようって」
「ああ、黙れ。黙れ、黙れテメエら。仕事の時間だ。デカい方は殺す。小さい方は生かす。簡単で単純な仕事だ、しくじるんじゃねえぞ」
わらわらと蠢く闇の中から、とりわけデカい声が三つ。
それが、姿を現した。
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