第40話チンピラ、アリバイを作っておく。

 思わず鼻歌を奏でてしまう。交響曲第9番、第4楽章。歓喜の歌だ。ゴミ虫が二匹駆除されたことで、きっと世界中の人々も喜んでいることだろう。全世界の人類を代表して、ささやかながらこの喜びを表現してやろうじゃないか。


 モニカのベッドの上で、にもらった果物やお菓子を食べ散らかす。魔族をぶち殺した後に食べる食い物はなんであっても美味だ。


「……アンタが上機嫌だと、本当に不気味なんだけど」


「酷いよう、モニカお姉ちゃん。こんな可愛い女の子が上機嫌だったら、誰だって嬉しいんじゃないかなあ?」


「冗談でしょ。……で。その怪我と今回の一件、無関係じゃないのよね」


 今回の緊急出撃で、当然のように無傷であったモニカは早々の帰宅が許されていた。チームメンバーの二人が消息不明だというのに、あっさりと解放されたのは俺のアドバイスが役に立ったのだろう。


「当然。コイツが俺のアリバイってヤツだ。足の折れた七歳児があんな場所まで行けるわけねえだろ?」


「アリバイ作りのために自分で足を折ってから自力で治して、それから戦って……帰ってからまた折ったの?」


「そういうこった。この怪我がカス二匹の戦果だな。きっとあの世で自慢しているだろうよ」


 「二人掛かりで勇者の片足を折ってやりましたぁ!」ってな。そうすりゃロゼアンを始めとした雑魚魔族が諸手を挙げて地獄へ歓迎してくれることだろうよ。まあ、鈍感スキルのせいで痛みはないし、いつでもカンストした自然治癒スキルで治すことができるけどな。わざわざ死人がぬか喜びしているところに水を差すのも無粋だろう。


「それで私のベッドが汚されているのは納得行かないんですけど!?」


「馬鹿かお前は。一つ、俺の本来のベッドは上。この足で登れってか? 二つ、どっかの誰かさんがリナのメンタルを回復させなかったから当分俺が抱き枕代わりになるなァ? 三つ、元々汚ねえから安心しろ。な? これで分かったろ」


「三つめ! 人聞きの悪いこと言わないでよ! ちゃんと綺麗なベッドでしょうが!」


「毎朝シーツまで整えているリナの前で言ってほしいもんだな」


「比較対象に完璧超人を持ってくんな……! てか、それなら足を治しなさいよ!」


「それこそだな。お前らが緊急出撃したせいで、医務室に在中しているはずの先生方も戦場に出ずっぱりだったろ。回復魔法抜きで治してみろ、自分から危険人物ですと公言するようなもんだぜ」


 一応、無垢なる暴虐イノセント・バイオレンスが自己回復特化の聖剣である、というブラフをかけてはいるが。『校内における許可のない神聖兵装の使用は原則禁止』という校則により使うことはできない。というか、使えるようであればこのアリバイは成立しないだろう。


 もっとも。それは俺がルールを必ず守る子ども、と魔族が信じればの話だ。底意地の悪いヤツが執拗に疑い、俺がこの日徘徊していたことに辿り着けたなら――そんな勘のいい害虫には豪華な旅の片道切符を用意してやろう。行先は言うまでもないだろうけどなァ?


「……なるほどね。で、その口振りだとバリーとナンナを仕留めたわけね」


「いや、ナンナの方はリナに押し付けたわ。愚者の曲刀は俺向きじゃねえし」


「へえ、意外。アルカナウェポンの中だと結構有用なのよ、アレ」


 愚者の曲刀ザ・フールの性能自体に文句はないが。自立行動ってのは厄介極まりない。つまり、俺の分身体であるわがままスペックのプリティボディが脇目も振らず標的に突撃するんだ、


「アルカナウェポンねえ……」


 モニカ曰く、現在の時間軸――いわゆる原作の二部において登場する神聖兵装のうち、大アルカナをモチーフにした神聖兵装をアルカナウェポンと呼ぶらしい。


 大アルカナとはタロットカード78枚のうち22枚に描かれた物を指す。それぞれの意味は割愛させてもらうが、愚者、魔術師、女教皇、女帝、皇帝、教皇、恋人、戦車、正義、隠者、運命の輪、力、刑死者、死神、節制、悪魔、搭、星、月、太陽、審判、世界の22種だ。多過ぎねえか? おい。

 

 このアルカナウェポンは第二部における隠し要素の一つであり、リナとその仲間にすべてのアルカナウェポンを持たせることができればなにやら特典があるらしい。それでも、いくつかの神聖兵装は周回必須であり一周目で狙うものではないらしい、のだが。


「俺とリナで愚者に正義、それから隠者と月と太陽の五つだな。多いんだか少ないんだか」


「やっぱり全部集める気なのね……」


「当たり前だろうがよ。くじ引きのスタンプは面倒だから集めない派か? つまんねえ女だな」


「そのスタンプのインクが物騒すぎんのよ……!」


「はっはっは! どうせゴミカスの命なんだから世のため人のため俺のために有効活用しようぜ! なァ?」


 こういうコンプリート要素は気になりだすと収集欲がくすぐられてしまう。せっかく順序立てて練り上げた害虫駆除計画を一から練り直さなくっちゃな。


 いやあ、楽しくなってきた。なにせ、また一つ殺す正当性ができちまったんだからな。


「……倫理観どうなってんのよ、アンタ」


 やれやれ。積んだ善行をひけらかす趣味はないんだがな。


「えー? これでも人体実験されていた人間を助けるくらいは良心的なんだけどな、私」


 バリーとナンナの玩具にされていた人間を救ったことは、素直に褒められるべきだと思うんだが。まあ、最初から助けようとは思っていなかったし、邪魔だから睨んで脅しはしたが。結果として助けたのだから、これだって立派な善行だろうさ。またカルマ値を下げてしまったなぁ。


「は? えっ!? まさか、それってレギオンじゃないわよね!?」


「さあ? シャロンわからなーい」


「すっとぼけんじゃないわよ! ねえ、マジで! かなりヤバいんだって!」


 知ったことではない。なにせ、レギオンは純度百パーセントの人間だ。彼女を殺すのは俺の主義に反する。彼女がどこぞで人を殺そうと、魔族に殺されようと知ったことではない。


「本当に今後の状況次第ではマズい事態になりかねないから! さっさと――」


「うっせえ。黙れ」


「うッ!?」


 そろそろ鬱陶しくなったので、がら空きだったモニカの鳩尾に軽く拳を入れておく。合成獣を19体も殺したのに耐久方面はからきしだな、コイツ……。


「しかし……レギオンねえ」


 22体の人間を素材にして作り上げられた魔造人間。……一応、頭には入れておくか。どうせ大したことにはなりそうにないけどな。

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