第26話チンピラ、挑発する。
お客様の中に『故郷の村が魔族に襲われ、知り合いの男性を皆殺しにされた十代女子』のメンタルをケアできるお医者様はいらっしゃいませんか――俺のこの心の叫びは、さてどこにぶちまければいいのか。モニカ? ああ、アイツはクソの役にも立ったなかったわ。
「原作だと姉が殺されたときはもっとヤバかったから……」とモニカは語るが。いつまでゲーム気分で人生を謳歌しているんだ、コイツは。
とはいえ、俺だって人のことはあまり言えない。別にリナ・サンドリヨンのコンディションがどうなっていようと、さして俺には関係のない話だからな。最初は特にフォローしてやるつもりなんかさらさら無かった。
そう、最初は。
困ったことに、どうあっても俺の寝床が馬鹿とリナの部屋であることは覆せなかった。七歳のガキに一人部屋は贅沢だろ、ってのはまあ分かるが。なにも傷心の女子と馬鹿のいる部屋に放り込まなくてもいいだろうが。なんだったら魔族が扮する生徒の部屋に入れてもらった方がまだマシだ。ベッドが狭けりゃ計画的にぶち殺せばいいだけだからな。
こっちの馬鹿はともかく、今のところリナに対し悪感情はない。二作目の主人公ということもあってか、不快感を覚えるポイントが少ないのだ。……いや、まあ。寝ようとするたびにシクシクと二段ベッドの下から泣く声が聞こえてくるのは、精神衛生上かなり不快ではあったが。これなら酔っぱらったおっさんのイビキの方がまだマシだろう。
仕方なしに階下に降り――ついでに先に眠りやがったモニカの腹に蹴りを入れつつ――俺はリナのベッドに潜り込むことにした。で、二言三言、必要なことを喋ってリナが眠るまで待ったわけだ。憎むべきロゼアンに(未遂とはいえ)行おうとした療法で悪いが、これで我慢してほしい。嫌ならそこで気絶しているモニカに代わってもらうだけだ。寝られるなら俺はどっちでもいい。
ロゼアンと違い、性癖を拗らせていないリナが俺になにかするということはなく、驚くほど何事もなく朝は来た。
「昨日はごめんね、シャロン。年上なのに恥ずかしいところ見せちゃって」
「ううん、気にしないでリナお姉ちゃん。あんなことがあったんだもの。お姉ちゃんこそ無理だけはしないでね」
「シャロン……!」
本当に特になにもしていないが、一晩同じベッドで寝ただけでリナからの好感度は爆上がりしたらしい。うんうん、同じルームメイトなんだから関係は可能な限り良好なものを保つべきだろうな。
「うう……。ねえ、シャロン。昨日の夜、私になにかしなかった? 記憶がない上にお腹が痛いんだけど……?」
「さあ? 変なものでも拾い食いしたんじゃないでしょうか。そういうの、止めたほうがいいですよ?」
意地汚いヤツだ。今日日、小学生でも拾い食いなんてしないぞ。
「私は飢えた野良犬か……ッ!?」
他にどんな原因があるっていうんだ。まあ、ツッコミが入れられるくらい元気なら医務室は必要ないだろうさ。
◇
年齢問わず入学できるガレリオ魔法学園だが、さすがに七歳児の入学というのは前代未聞らしく。当然と言えば当然だが、座学に参加する必要はなく実技と運動の科目以外、俺は広大な図書室にて暇を持て余すことになる。
この七年間、落ち着いて書物と向き合う時間はなかったから、さすがの俺も少しばかり胸を躍らせていた。リナとモニカ(コイツに座学は必要なのか?)は座学へ、俺はこうして図書室で優雅な読書タイムというわけだ。
校内に潜む魔族探しをしてもいいのだが。入学早々、こちらから不審な動きをするのも不味いだろう。そろそろ勘のいい魔族なら、俺の行動範囲と亡霊の活動範囲の重なりを見抜く頃だ。必然、俺の監視はあると思った方がいい。
モニカという高性能レーダーを常に引き連れては、魔族の目が彼女にも向いてしまう。あれはバカで雑魚だが、前世の知識がある点は魔族にとって脅威だ。貧弱ではあるものの、俺のカードであることに違いはない。
「看破スキルがあればな……」
基礎的な魔法の専門書を読み耽りながら、ぽつりと呟く。
看破スキルなるものは、次の魔族を殺したときに取得することを祈るしかない。スキルの開花は選択式ではなく、それまでの行動で必要と判断されたものがランダムで取得される。戦闘に次ぐ戦闘で、対魔族としてのスキル構成はほぼ完成しているものの、その弊害というべきか、俺は人の行動を見抜くスキルをほとんど持ち合わせていなかった。
俺に魔族の変身を直接見抜くすべはない。これについて「エルシャの変身は見抜けたんだがな」とモニカに言えば「第六感スキルのおかげでしょうね」とのこと。なんでも、この第六感スキルとやらは五感で取得できないような違和感を察知しやすくなる、というものらしい。モニカ曰く、「変身や演技を見抜く能力に関しては看破の完全下位互換だから頼りにしないように」だと。テメエが馬鹿なことは見抜けたから、そこそこ信用したいんだけどな。
話を戻そう。つまり、俺はこの頼りにならないレーダー一つで魔族かどうかを見抜かなきゃならないわけだ。うん、面倒くさい。
面倒くさいので、俺は俺自身を囮にして動くことにした。なに、デカい魚を捕まえたければ網の目を大きくすればいんだ。例えば、この学生が授業中に教室外で活動している人物。魔族と判明している教師と親しい生徒。そして一番は――
「あなたがシャロン・ベルナね?」
俺が一人になったとき、わざわざ接触してくる奴だ。
「はい、そうですが……?」
黒に近い、紺藍色のロングヘアーを揺らしながら、一人の女子生徒が俺に手を伸ばしてきた。
「初めまして、私はカルラ・レノンよ。リナさんとモニカさんがいない間、テルミレオ先生からあなたの面倒を見るように言われているの。……よかったら前、いいかしら」
で、テルミレオ先生と仲がいいと。お前、スリーアウトになってんだぜ? 黒よりのグレーって自覚はあるのか、カルラさんよぉ?
「もちろんです! と言っても、図書室なのであまり大きな声は……」
「大丈夫よ。この時間は誰も使っていないから。この距離でのお話くらいのお喋りなら誰も咎めないわ」
なにかあれば殺しに掛かるってわけぇ? こわぁい。
俺の心情など知る由もなく、カルラは俺の前の席に座り、こちらをじっと見つめる。はいはい、看破看破。ほら、勇者の二文字は読めたか? この間抜け。あーあ、この目をする奴らは全員プライバシーの侵害ってことでぶち殺せねえかなぁ?
「……なにか、私の顔に付いていますか?」
「あ、いえ、なにも。見れば見るほど……その、綺麗な銀髪ね」
お、それに触れちゃう? いいだろ、この銀髪。
「ええ、魔族の恐れる銀ですから! 旅の途中で出会った方、みんなこの髪の毛を褒めてくださるんです。勇者様の聖剣が放つ光と同じ、と。ただの色ですが、この髪の色一つで皆さんこう仰るんです。――お嬢ちゃんのおかげで魔族なんて怖くなくなった、って!」
カルラの眉がぴくりと動く。おおっと、なにか癪に障るようなことを言っちまったかなァ?
人間に畏怖されることが自尊心に繋がっている魔族じゃあるまいに! それともこの銀髪に嫉妬でもしたか? やめてくれよ、カルラ先輩。第一印象で狭量なところを見せつけるなんて、ろくでもねえぜ?
「……思ったより元気なのね。聞いていた話だと、魔族が惨殺された現場に居合わせていたらしいじゃない。てっきり……」
「てっきりショックで震えているとでも?」
それは違うなァ、カルラ先輩。
「確かに殺害方法は見るに堪えないものでしたが……血肉に集る蛆以下のゴミ虫が一匹駆除されたんですよ? ショックよりも喜びの方が強いのは当たり前の話じゃないですか!」
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