第2話チンピラ、聖剣について知る。

 ガレリオ魔法学園。聖都ロンドメルにて設立された対魔族に関する技術を学ぶため の、言ってしまえば学校だ。……というのは表向きのお話。その実態は人間に己のスキルを成長させ、ある程度まで育てたら魔族が殺すという、養豚場ならぬ養人場であった。


 おいおい、もう潰すしかねえだろそんな施設――なんて正義に寄り添うような思考を俺は持ち合わせちゃいなかった。


 いやだって、冷静に考えてみろ。程よく成長した人間を殺した強い魔族を俺が殺す。この状況こそが、もっともスキルの成長速度が早くなるのでは?


 そりゃあ、俺だってどこぞの童話の豚とは違い、藁の家と木の枝の家に住まう兄たちを食らった狼に食指を動かすことはない。間接的とはいえ、食人はごめんだ。


 が、スキルの経験値となれば話は別。人を殺して経験値稼ぎ、これは犯罪だ。しかし人を殺した魔族を狩って稼ぐ経験値――さてこれは誰が咎めよう。


 多かれ少なかれ血は流れるが、そりゃ俺の血じゃない。なら別に、俺にとってはどうでもいいことだ。


 ここ一か月ばかりの旅路を振り返りながら、ふとそんなことを考える午後。俺はポケットの中の赤いに爪を立てながら、一向に動きそうにない荷馬車をぼんやりと眺めていた。


「……また魔族の侵攻が止まったらしい。よかったな、嬢ちゃん。これでロンドメルまで荷馬車が動かせそうだ!」


 三十代後半といったところか、恰幅のいいおっさんが嬉しそうな声で俺に報告をしてくる。


 ようやくか、なんてつまらなそうに答えることはない。その原因を一週間前に解決した当事者であっても、俺は世間から見れば非力な女の子。暇つぶしに取っておいた魔核をポケットの中で削る遊びからようやく解放されると思うと、その喜びは上手に表現することができた。


「まあ、本当ですか!?」


 子供という身分は、ここヴァシオン聖国で丁重に扱われる。それが戦災孤児となればなおさら、というお国柄は俺にとってかなり好都合であった。


 母は俺を生んだ後すぐに病死、父は魔族の侵攻に合わせ徴兵。俺は、といえば名もない寒村に取り残された哀れな少女。初っ端から人生ハードモードである。


 非力な小娘であれば死か魔族に殺されるか……あるいは好事家に取り入るか。孤児院なんて慈善事業も、聖都ロンドメルに行かなければ受られない。魔族の侵攻は確実に市井の人々から余裕を奪っていたのだ。


 世間の状況は芳しいとは言い難い。なにせ「父も母も亡くし、ガレリオ魔法学園に庇護を受けるため遠路を歩き渡る幼気な少女」なんて胡散臭い俺の肩書をすんなり受け入れてくれるほどだ。


 この可憐な見た目もあるだろうが、この状況を利用しない手はない。行商人のおっちゃんに聞くも涙、語るも涙の身の上話を聞かせた俺は、こうして立派な荷馬車を手に入れたのだ。


「しかし本当に運がいい。今回の一件もそうだが、お嬢ちゃんを荷馬車に乗せてから魔族どころかモンスターの襲撃すら受けないんだ。世間は勇者の亡霊なんてまことしやかに噂しちゃいるが、嬢ちゃんの幸運の方がまだ信じられるな!」


「まあ。私の運気が勇者様の威光に比肩することなどございませんよ。きっと勇者様の遺志を継ぐ、志の高いお方の働きが彼の英霊を呼び寄せたのでしょうね」


「はっはっは! 姿も見たことのねえ死んだ勇者よりも荷馬車に乗る未来の勇者様の方がありがたいねえ。今度産まれる娘の名前だって、嬢ちゃんにあやかってシャロンにしようかと思ってんだ。謙遜しないでくれ」


「ふふ、それはそれは……。その子の名前に相応しい、立派な勇士になりませんとね」


 別に運がいいわけじゃない。俺抜きでは危険な旅路であったのは事実。行く先々で探知スキルにうじゃうじゃと魔族やモンスターが掛かるわ掛かるわ。


 そのたびに「ちょっとお花摘みに……」と言って荷馬車を止めてもらい、人知れずお邪魔虫をスキルの糧にしていたわけだ。傍からみれば順風満帆の安全な旅路と思っても仕方のないこと。まあ、中身は男だから「雉を撃ちに行っていた」と言う方が正しかったわけだ。


 そして、今回の通行止めとなっていた原因である魔族も、俺が、全員殺した。


 ポケットの中で魔核を割り、俺は旅の支度を始める。もちろん、タダ乗りさせてもらっている身だ、他の男衆の荷物の片づけだって率先してやる。中身がチンピラであっても、外面が良ければ誰も文句は言わないし人間関係は潤滑になる。俺は魔族が殺したいのであって、人非人ではないのだ。


「なあに、学園で聖剣を賜ればお嬢ちゃんも立派な勇士になれるさ。贅沢を言えば、ちょっとばかり身長は欲しいところだけどな」


 ……聖剣? 


 忙しなく動いていた身がぴたりと止まる。初出の情報だ。なんだ、聖剣って。


「聖剣、とは?」


「……? おいおい、まさか聖剣を知らなかったのか? ああ、いや、嬢ちゃんの住んでた場所だと知らないこともあるか」


 田舎も田舎だからな。なんせ、勇者の訃報よりも先に魔族の動きが活発化するくらいには情報の流れが遅い。ガレリオ魔法学園に行こうとする人間なんて、一人もいなかったくらいだ。


 浮世離れ、というかこのファンタジー世界の一般常識が欠落している自覚はある。だがなんだ、聖剣って。魔法の存在にも驚いたが、そんなレアアイテムみたいな存在を示唆されては黙っちゃいられなかった。


「まあ、俺も詳しいことは分からねえんだけどよ。聖剣……正確には女神の加護を受けた神聖兵装だっけか? なんでもガレリオ魔法学園に入学した生徒は、学園内の湖から武器を賜るんだと。ほら、死んじまった勇者の先祖が始まりの聖剣を受け取ったの、あの湖だろ」


「……なんだか聞く限りでは突拍子もない話ですね」


 誰でも、というわけではないのだろうが、勇者以外にも女神は神聖兵装とやらをぽんぽん渡しているらしい。気前のいい話だ。


 ……ん? ちょっと待て。ガレリオ魔法学園は魔族どもによって管理されている養人場のはずだ。そこで人間の利になる神聖兵装を与えているなんて、どう考えてもおかしい。


「少しお聞きしたいのですが、その聖剣を持った者が魔族に倒された場合はどうなるのでしょう?」


「そりゃあ、もちろん奪われるんだ。中途半端な聖剣の担い手は前線に出られない、ってのも常識だぜ。まあ、もう何百人と殺されているから今更な話だがな。死んだ勇者が何本か回収していたらしいが、殺されたせいで勇者の聖剣含め全部魔族に奪われちまったからな。おかげでただでさえ強い魔族の中でも、群を抜いて強い聖剣持ちの魔族がいるザマだ」


 腕を組み、辟易とした様子でおっさんは溜息を吐いた。……なーるほど。魔族どもの狙いは、スキルの経験値だけでなく聖剣も含まれていたわけだ。



 しかし、いいことも聞けた。



「なるほど。では、志半ばで倒れた先輩方の聖剣を取り返さなくてはいけませんね」


「お、おいおい。さっきは立派な勇士になれるって煽てちまったが、滅多なことは考えるもんじゃねえぞ。聖剣持ちの魔族はべらぼうに強いんだ。嬢ちゃん、そんな化け物を見かけたら絶対に無理しちゃなんねえ」


 もちろん、無理なんかするつもりはない。志半ばで倒れた名も知らぬ先輩勇士の敵討ちなんてこれっぽっちも考えちゃいない。


 ただあるのは、純粋な欲望のみだ。ああ――欲しいなあ、聖剣。

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