金魚
地面に叩きつけられた女性の頭から、金魚が次々と溢れていた。
無数の金魚は野太いおっさんの声で口々に怒鳴り散らしている。
ふざけんなこの野郎フラれたからってわざわざ部屋に上がり込んでまで突き落とすか普通!この勘違い野郎が!!お前みたいな気色悪いのがこんな美人と付き合える訳ねえだろうが鏡見てこいよ!見たか?見たなら死ね!今すぐ死ねとにかく死ね好きな女を殺しておいて後追い出来ない程度なら告白なんざするなとにかく死ねいいから死ね迅速に死ね早急に死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね
金魚は命尽きる時まで、五階のベランダで震えている男への呪詛を吐き出していた。
俺が見上げていることにも気づいているようで、通報されることは既に諦めているようである。
こんな美女(原型が分からないが金魚の熱弁曰く)の頭に住み着くおっさんの金魚も割とキショいような気がしたが、何も言わずにおいた。
何も言わず、ただ警察に連絡した。
金魚を食べるおまじない、というのがある。
死にたい時には金魚を食べるといい。何もかもが大丈夫になるから。だそうだ。
ならなかったが?
六匹くらい食ったのにね。
効果には個人差があるようだった。
死にたくなって金魚を食べて、おそらくは金魚に助けられたのだろう女性は、今はもうひしゃげた身体で転がっている。
動かなくなる直前、金魚は掠れた声で泣いた。
お前、せっかく しあわせになったのに
金魚の無念は、限りなく真摯な響きを含んでいた。
たぶん、この金魚は本当にこの人を『大丈夫』にすることに心血を注いでいたのだろう。
ふと、おまじないと共に書かれていた文面を思い出す。
死にたい時には金魚を食べるといい。
全部金魚が食べてくれて、いつかはあなたのことも金魚が食べてくれるから。
この世の誰も味方になってくれなかったとしても、金魚だけは頭の中で一緒にいてくれるから。
きっと大丈夫になるから。
ならなかったね、とは
言いたくはなかった。流石に。
少なくとも確かに一度、なんとかなったはずなのだろうから。
金魚はそのまま、揃って動かなくなった。
ちなみに、通勤途中で遭遇したので、俺は普通に遅刻した。
畜生。
注:使用する金魚には信頼する親族の一部を食べさせてください。
(『ミノカの素敵♡無敵♡おまじないブログ』より抜粋)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます