疑惑

次の日、朝ご飯を食べ終わるとすぐに僕は外に飛び出した。

昨日とは違ってシトシトと弱い雨が降っている。傘をさすことなく濡れるのもお構いなしに走っていく。

向かうは由美の家。

由美の家は村の真ん中あたりにある。古い平屋が多い中、二階建てと洒落た家に住んでいる。

この村は木材加工技術が素晴らしく、建物や橋。神社までも村人達が造る。細かく掘られた装飾も目を見張る物で、みな自分の腕に自信を持っている。そんな中、由美の父親が自分の家を二階建てにしたいと言い出したのだ。東京にいる親戚の家が二階建てで、それに感化されたらしい。ハイカラ好きな由美の家族らしいとその時の僕は思っていた。

泥が跳ねるのもお構いなしに走り、遂に由美の家の前まで来た。

門扉をくぐり玄関に着くと

「おはようございます」

と、ドアに向かって大きな声で挨拶をする。

殆どの家が引き戸なのに対し、由美の家は木のドアだ。鍵をかける習慣がない田舎の家では、よその家に行くと玄関を開け中に声をかける。ドアに慣れていない僕は、本で見たようにドアをぎこちなく叩いた。

がちゃという音がしてドアが開く。出てきたのは由美だった。

今日も白いポロシャツに紺色のスカートに白のの靴下姿。洋服にまだ慣れない僕には、まるで偉人のように見えてしまう。

「あ・・どうしたの?」

いつもの由美なら、少し見下すようにして話すのにおかしい。まずい人と会ったかのように目を細め視線をずらすのだ。

「あのさ、聞きたいことがあるんだけど」

「なに?」

「昨日、遊んでいた時帽子を川に落としちゃっただろ?」

「うん」

「僕が田島のおじさんを呼んでいる間なにしてたの?」

僕はいきなり核心をついた。

「え・・・田島のおじさん・・・ねぇ」

由美はしらじらしく目を上の方へ向け、考えるそぶりを見せる。

「うん。あの帽子は大切な帽子なんだろう?なのに、もうどうでもいいような感じだった」

「だって、流されちゃったんだからしょうがないわよ」

「・・・じゃあさ、ルナはどうした?あの時、ルナがいなかったんだ。昨日の夜、ことり祖母ちゃんがルナが帰ってこないって騒いでたの知ってるだろう?」

「知らないわ。そんな事。私疲れて早く寝ちゃったから」

由美は突き放すような口調で言った。

「そんな事・・」

「とにかく!私は帽子を流しちゃったの。これからお祖母ちゃんに電話して謝らなきゃいけないし、ルナの事なんて構ってる場合じゃないのよ!」

そう早口で言うと、玄関のドアをバタンと閉めた。

「何か隠してる」

由美の態度からそう感じた僕は、くるりと踵を返すと次の家へと走った。

次に向かったのは、真理の家だ。由美の家の隣なのだが、田舎は世帯どうしが離れているのでかなり走らなければならない。

着物がしっとりと濡れ重くなってくる。買ってもらったばかりの新しい靴が泥だらけになり、見るも無残な姿になって来る。でも、僕は構わず走り続けた。自分の頭の中で考えていることがまったく出鱈目だという証明が欲しくて。


「はぁはぁはぁはぁ・・」

ようやく真理の家に着いた。

真理の祖父が庭師と言う事だけあって、庭に植えられている木々たちは形良くそれぞれが主張できるよう配置されている。僕は、坊主頭から流れ落ちる雨もぬぐう事もせず、玄関へと走りがらりと開け言った。

「おはようございます!」

「あらあら。どうしたの?びしょ濡れじゃないの」

丁度廊下の拭き掃除をしていた真理の母親が、僕の姿を見て驚いて顔を上げた。

「あの・・・はぁはぁ、真理ちゃんはいますか」

「真理?ああ、ちょっと待ってね」

真理の母親は、雑巾を廊下の端に置き立ち上がると、真理の名前を呼びながら家の奥へと消えていった。

僕は、荒い呼吸を整えるように大きく息を吐き吸う。着物の端をめくり顔をぬぐう。濡れている着物では顔の雨はぬぐい切れなかったが、しょうがない。

「あれ?どうしたの?」

薄い緑の着物を着た真理が、不思議そうな顔をしながらこちらに歩いてきた。寝ていたのか、着物が乱れ髪の毛が爆発したみたいになっている。

「ごめん。ちょっと聞きたいことがあるんだよ」

「なに?」

真理は、眼をしょぼしょぼパチパチさせながら俺を見る。真理は普段から瞬きが多い子だ。今は、起きたばかりでしょぼしょぼとパチパチとした瞬きが一緒になって、目だけとても忙しい。

「昨日みんなで遊んでた時の事なんだけど・・・」

そこまで言ったとき、真理はしょぼしょぼとさせていた眼を大きく見開くと

「知らない!私知らない!」

爆発した頭を激しく横に振り、僕が呆気に取られている間に、家の奥へと走って行ってしまった。

突然の、真理の狼狽に驚いた僕は呆然とした。

やっぱり・・・やっぱり、そうだったのか・・

震える足にぐっと力を入れた僕は、次の家へと行くため玄関を飛び出した。


次に向かったのは貴坊の家だ。

貴坊の家は川下の方でここからだと結構な距離がある。

真理の家から出て走り出した俺は貴坊の家を目指し走り出したが、ふと立ち止まる。

「・・・いや、貴坊より安君の方がいいかも・・」

俺はくるりと向きを山の方へ向けると、貴坊の家より近い安君の家の方へ走り出した。

雨がさっきより強くなってきた。顔に打ち付ける雨が大粒になり、着物はもう水が滴るぐらいに濡れている。買ってもらった靴は中まで水が入りぐちょぐちょになっている。

「はぁはぁはぁ・・・」

目に入る雨を何度もぬぐいながら走っていき、やっとの事で安君の家に着いた。

安君の家はお父さんが沖縄の人らしく、門扉の所にシーサーが二つ置かれていた。犬とも獅子ともつかない奇妙な生き物を初めて見た時は、怖かったのを覚えている。

「はぁはぁはぁ」

僕は、シーサーをちらりと横目で見ると、そのまま玄関へと走り勢いよく開けた。

「お、おはようござーます!」

ちゃんと言えないぐらいに僕は疲れていた。

「え・・・どうしたの?」

部屋から顔だけを出した安君が驚いて僕を見た。坊ちゃんが狩りの髪の毛が少しだけ顔にかかる。

「あ、安君。ちょっと・・・はぁはぁ・・聞きたいことがるんだけど」

「聞きたいこと?」

安君は不安そうな表情をしながらおどおどと僕の側に来た。

安君はいつもおどおどとしている子だ。誰かのうしろにいて、いつも皆と合わせるような子。

僕は大きく息を吸い、体中の酸素をすべて吐き出すぐらいに吐くと、少しだけ安君を睨みながら

「昨日遊んでた時の事なんだけどさ」

「え・・・うん」

両手を胸の前で結んだ安君は、消え入るような声で返事をする。

「僕が田島のおじさんを呼んできてる間さ、なにがあったの?」

「・・・・・」

安君は顔を真っ赤にし口を一文字に強く結ぶ。

「ねぇ安君。なにがあったの?」

「・・・・・」

安君の手が小刻みに震えだす。着物から出た裸足の足の指を縮めたり伸ばしたりしている。

「大丈夫だよ。絶対安君から聞いたってこと誰にも言わないから。ねぇ教えて」

僕は、安君に近づいていく。

「・・・・・」

安君は、少し後ずさりし僕から視線ずらす。

「ねぇ安君。僕が安君に嘘ついたことある?」

「・・・・ないよ」

「でしょう?僕は絶対に嘘つかない。神様に誓って嘘つかない。だって、僕は神社の子だから。だから教えて。お願い」

僕は安君の両腕を掴んだ。

安君は、体を固くしワナワナと唇を震わせ泣きそうな顔をして僕を見た。安君の腕を掴む手から、体の震えが伝わってきそうな程安君は震え始めていた。

「あの時・・・」

「うん」

僕は期待を込めた目で安君を見る。安君は、胸の前に組んだ手を何度ももみながら、小さな声でぽつりぽつりと話し出した。

「あの時・・・あの時ね、由美ちゃんが言ったんだ」

「なんて?」

「帽子を取ってくる人を決めようって」

「取ってくる人を決める?」

「・・・うん。でも、貴ちゃんが「今、田島のおっちゃんがくるからそれまで待ってよう」って言ったんだけど・・でも由美ちゃんは「待ってる間に流されたらどうするの?責任とれる?」って」

「・・・で?それで?」

「それで・・由美ちゃんがルナちゃんに言ったんだ「あんた、今鬼でしょ?鬼になりたくなかったら取ってきなさいよ」って」

「?!」

「・・・僕は・・・僕は・・僕は駄目だと思ったんだ。だってあんなにすごい流れなんだもん。絶対だめだと思ったんだ」

安君の声は震えていた。鼻の上に沢山の玉の汗を浮かばせ震えている。

やっぱり僕の思った通りだった。

最悪だ・・・

言葉をなくし放心状態の僕は、夢遊病者のように歩き玄関から出た。門を出たあたりで「絶対、僕が言ったって言わないでね!」という安君の声が聞こえたが、それに答えることなく歩いた。


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