男の話

「ここは帰祖村です」

「どうしてここに・・・それに、ここには車では来れないはず」

「特別な道があるんですよ。あなたは、全てを知りたいんですよね?だから、ここにお連れしたんです。さ、行きましょう」

男は当然のようにそう言うと、クルリと身体を朽ちた鳥居の方へ向け飛び石が並ぶ暗闇の中に消えていく。

行きたくない。

俺の中の何かが、行くなと警鐘を鳴らしている。高野も死んでしまった。この村に来て以降俺に災難は降りかかっていないが、いつ再燃するか分からない。

不安と恐怖に包まれた生活。唯一心の拠り所だったミヨもいない。何の面白みもない男に、優しさと思いやりを与えてくれたミヨ。自分の体の一部がもぎ取られたような喪失感が俺の身体を覆い続ける。

あの男は「全てが分かる」と言っている。全て・・俺は何が分かっていないんだろう?確かに消化不良な感じは残っている。帰祖村の暗い過去。非人道的な行いを村人達は行ってきた。自分の私腹の為、名誉のために拝み屋一族はルナと曾祖母のことりを除いて毒殺した。本当は全員殺したかったのかと考えると、心底ゾッとする。

「そうだ・・御地家の子祭りの本当の意味やまだ分からないことが沢山ある」

頭の中にかかっていた靄のようなものが徐々に晴れていく感じがした。それまでは生きていることに希望が見いだせず、喪失感が俺を包んでいた。

まだやるべき事はある。まだ知りたいことはある。

行こう。

俺は、薄くなった腹にグッと力を入れると、男が入って行った暗闇の中へと歩いて行った。


至る所欠けて苔が生える飛び石を、慎重に歩いて行く。あの時とは違いもう蝉の声はしない。雪の重さに耐えかねた枝が、ばさりと雪を落とす音と、湿った足音だけが耳に届く。虫も動物もいない。寂とした暗闇の世界。

ふと顔を上げると、俺を待つように男はこちらを向いて立っていた。暗闇に浮かぶシルエット。どんな表情をして俺を待ち受けているのか分からない。

男のそばまで行った俺の目に映ったものは、神社の周りを埋め尽くすように咲くアジサイだった。青や白、ピンクに紫のアジサイは月の光を浴びて妖しく暗闇に浮かぶ。高野と来た時は咲いてなかったような気がするが、この時期にアジサイが咲くんだっけ・・あれ?アジサイなんかあったかな?とぼんやりと考えながら境内に視線を移すと、沢山の地蔵達ではなく楽しそうに遊びまわる子供達がいた。

「え・・・・??」

月夜の中、狭い境内にひしめき合うようにして思い思いに遊ぶ子供達。

人形を手におままごとをする女の子達や、駒を回し競い合う男の子達。地面に尖った石で自由に絵を描く子供達や、かくれんぼや鬼ごっこをしている子供達。

みんなこぼれんばかりの笑顔で、全身を思う存分動かし遊んでいる。雪が積もる中、薄い着物にサンダルだけを身に着けた子供達がいるのだ。

「今、貴方が視ている子供達は地蔵達の記憶です」

「記憶?」

「はい。この境内にある地蔵達は、亡くなった子供の為に作られたもの。その子供の姿や性格、生前の子供達を思い出しながら一つ一つ丁寧に思いを込めて作ったんです。中は空洞になってるんですが、そこにその子供が着ていた着物の切れ端を入れました」

~こっち!こっち!~

一人の男の子が遠くにいる男の子を手招きしながら大きな声で呼んだ。

この声どこかで・・・

「あっ!」

驚いた俺を見た男は小さく頷くと

「はい。貴方と高野さんが聞いた「こっち」という声は、子供達が楽しく遊んでいる声だったんですよ」

「で、でも・・俺と高野がここに来た時は子供達はいなかった。地蔵達がいるだけで・・・」

「そりゃそうですよ。あの時の貴方と高野さんに視えるはずがない」

「どうして・・・」

「視える人と視えない人がいます。声は聞こえても姿は視えない。声は聞こえなくても姿は視える。人それぞれです。波長が合うなんて言葉も良く使われますね。今の貴方なら、視えるんです。この村には二つの神社があるのはご存じですね?」

「え?・・・はい」

「では、こちらへ」

男は境内の中に入らず、そのまま影来神社の前を通り過ぎる。

飛び石はなく、びちゃびちゃとした泥の道が伸びている。けもの道のような道を行き左に折れると、左側に高い板塀が現れた。

(どこかの家の裏だったのかな?)

俺は、板塀を見上げながら男についていく。

「さぁ、着きましたよ」

「え・・・あれ?・・え?」

着いた先は日向神社だった。

「影来神社は、日向神社の裏側にくっつくようにしてあります。日向神社は陽。影来神社は陰。まさに表と裏。初詣などには日向神社に参りますが、表で言えない願いなどは、影来神社に。先代は「人は必ず陰と陽がある。その陰の部分をこの神社ですべて吐き出し陽としてほしい」と常々言っていました。私もそう思う。明治、大正、昭和、平成、令和と時代が流れるにつれ、人の心も良くも悪くも変わっていく。それは、周りの環境が変われば致し方ない事。人には表と裏がある。人と関わっていくには建前で人との交わりを円滑にしていく。それは仕方がない事。でも、裏には本音が隠れている。その本音はその人自身。きっと先代は、その本音を出し本当の自分を見失わないよう、上手く世の中にでてほしいと思っていたのではないかと私は思うんですよ」

「・・・・・・」

「貴方自身思い当たることはあるでしょう?仕事で言えば、営業やサービス業・・・いや、仕事全般とも言えますね。笑いたくもない話に笑顔を見せ話す。自分と違う意見を言われても賛同しなくてはいけない。仕事だからしょうがない。確かにそうです。皆そうやって上手く世の中を渡っている。でも、本当の自分自身は見失わないでほしいと思うんですよ。仕事から離れ、人から離れた時少しでもいいから本当の自分と向き合ってほしい。私の言っていることが理解できないような顔をしていますね。ん~そうですね。簡単に言えば、今日の自分は頑張った。あの時はこう言ったけど本当はこう思う。それが私。今の私でいいんだ。とこういう風にね。世の中を上手く渡っていく中で、人に流されず自分を持っていてほしい。この子供達を見てください。これだけの人数がいるのに、それぞれが思い思いの遊びをしているでしょう?本当に子供は正直なんですよ。嫌なことは嫌。良い事は良い。本当に正直だ。でも、それが大人になると付き合いや環境でそれが失われていく。それを、この影来神社で思い出しリセットして頂けたらと思っています」

「・・・難しいですね」

「はい。とても難しい事ですよ。それが大人になると言う事なんです。私の言う事に賛否両論あるとは思いますが、言わせてもらえればこれが私なんです」

俺はそっと男の横顔を盗み見た。

月明かりに照らされたその顔は、凛として芯の強そうな眼差しをしている。

俺のように、常に人の顔色を伺いソレに疲れれば一人家にこもり、人のせいにばかりしている顔ではない。

「戻りましょうか」

男を先頭に、元来た道を戻り影来神社の境内へと戻った。


「来ましたね」

男の口元が少しほころんだ。

「え?」

俺は遊んでいる子供達の方へ視線を戻す。

「あ・・・」

ひしめき合う様に遊んでいる子供達の真ん中にルナが立っている。喜怒哀楽どれにも当てはまらない顔をこちらに向けている。そもそも、マスクをしているので、ハッキリとした表情が読めないのだが、その目には感情がない。

それにしても少しおかしい。ルナには間違いないと思うが顔の形が違うような気がするのだ。

「ルナ・・?」

「あの子は、とても思いやりと愛情に溢れた子でしたよ。拝み屋と言う特異な家に生まれ、人の過去や考えていることが視えてしまう。辛かっただろうに。知らなくていい事も沢山ありますからね。だから、きっとあの時も分かっていたと思うんです。分かっていて・・」

男は言葉を詰まらせた。

「あの時?」

「はい」

男は、俺の方へ顔を向けると射すくめるような視線を俺に向け言った。

「これからこの村の本当の姿を教えましょう」


男は、俺にちらりと視線を向けると拝殿の方へ歩き出した。こっちに来いと言う事らしい。

俺は、無邪気に遊びまわる子供達を横目に男の後についていく。見ていて分かったのが、子供達は決して拝殿の前の境内から他にはいかない事だ。まるで、透明な四角い箱の中で遊んでいるかのように駆けずり回っていても、はじき返されるように境内の中へと戻っていく。はしゃぐ声は、フィルターをかけたようなくぐもった声で聞こえてくる。

その時、気が付いた。着物を着た子供達の中に、今風の洋服を着た子供が何人かいる。髪型もあか抜けており、周りの子供達の中で少しだけ浮いている。

あの子は・・・・?

「ここだったらゆっくり話せますよ」

賽銭箱の裏の拝殿に続く、短い階段の所に腰を下ろす。俺も黙ってその隣に座った。

「貴方と最初にあった時、私の悪い癖についてお話ししましたのを覚えてますか?」

「癖?・・・・ああ、はい。相手をよんでしまうと言う事ですね?」

「そうそう」

男は困ったような顔をしながらも目は笑っている。

「拝み屋の孫・・ルナもそうでした。ルナは、人の考えていることが分かる。その人の過去が分かるんです。母方の家計が拝み屋の血を持っていたんです。その血が濃く出たのはルナでした。曾祖母のことりが最も力の強い拝み屋だと、村では聞きましたがそれは事実ではないんです。下手したら、家族の中では一番力が弱かったんじゃないでしょうか。だからことりは己の力を誇示するため、ルナが物心ついた頃、自分の側に常におくようにしました。ルナから助言をもらうために」

「え?でもトキ子さんはことりは力が強かったと・・」

男は小さく頷きながら空を見上げる。俺もそれにつられて見上げた。

空がうっすらと明るくなってきた。夜明けだ。薄暗い空に小さな黒い点が沢山飛んでいる。烏だろう。

男は、東から明るくなってくる空を見上げながらため息をつくと

「時間がかかりすぎたようだ。さっさと話してしまいましょう。結論から言うと、御地家の子祭りはルナが殺されたのをきっかけにつくられた祭りなんです」

「は?」

突拍子もない言葉に、一瞬俺は頭が真っ白になる。真っ白になった俺の頭の中に、男が話す言葉が入って来る。

「私が10歳の誕生日を迎えたばかりの事なんですけどね・・・・」

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