車の中

「大変な思いされたんですねぇ」

男はハンドルを器用に操作しながら言った。

高いビルがなくなり山や林、田畑が多い景色が広がっている。暗闇に吸い込まれそうなぼんやりと等間隔に光る灯りは街灯だろうか。どの位の時間が経ったのだろう。酒のせいか、フワフワとした体は熱く頭がボウっとしている。東京で見た雪よりも多く積もった雪を見ながらフロントガラス越しに空を見上げる。

「そう言えば、お友達の・・・高野さんでしたっけ?具合はどうですか?」

「え?・・・ああ。高野は・・・駄目でした。今日の朝、高野の母親からメールが入ってました」

「・・・・・そうですか」

暗い車内に気まずく重い空気が流れる。

「あ、あのお弁当屋さんのおばさんはどうです?」

「鈴木さんですか?鈴木さんは元気になりましたよ。ただ・・・」

「ただ?」

「帰ってからすぐに見舞いに行ったんですけど、何だか無視されちゃって」

「無視?何でまた。貴方の事とても気にかけてたように思いましたが」

「ええ。でも俺が話しかけても知らんぷりで、こちらも見てくれないんですよ。多分、事故のショックが大きかったのかなって思うんですけど」

「そうかもしれませんね。でも、お話を聞く限りとても元気な人らしいので、貴方ともまた前のようにお話しできますよ」

「そうですね・・・あの・・」

「はい」

男は返事と共に俺の方をチラリと見る。

今日の夜空は雲一つなく、月と星が綺麗に見える。車内の暗がりで見る男の顔は、彫の深い皺が余り強調されず若々しく見える。いや、暗がりのせいではないかもしれない。顔色は分からないが、初めて見た時、がさがさと乾燥していた肌がつやつやと潤いを持っているように見える。

「何処まで行くんですか?もう6時になる。今日あたりから就活しようかなと思ってるんですよ。仕事も辞めちゃいましたしね」

「就活・・ああそうですか。大丈夫ですよ大丈夫」

一体何が大丈夫なのか。

俺は、訳の分からない男の車に乗った事を後悔し始めた。

「もうすぐ着きます。そこで全てが分かりますから」

「全てが分かる?」

「ええ。貴方はトキ子さんから、村人達が拝み屋一族に対ししてきた酷い事を聞きましたよね?」

「はい」

「確かに事の発端はソレかもしれないが、まだ足りない」

「足りない?」

「ええ」

「貴方はあの村の事を知ってるんですか?」

「知ってますよ。トキ子さんよりさらに詳しく。知りたいですか?」

「そりゃあ勿論。俺が村に行って知りえた事は到底納得いくようなものじゃなかった。東京に帰ってから、何故か災難と言う災難は降りかからなくなりましたが、自分自信納得は言っていない。ミヨもいなくなり、大げさかもしれませんが生きる意欲をなくした俺は会社を辞め一人家に引きこもりました。誰にも会いたくなかったんです。もし・・もしあの村の全てを知っているのなら教えてください」

俺はすがるような目を男に向けて頼んだ。

男は前方を見ながら当然という様に頷き「ええ」と言った。

それからどのくらいの時間が経っただろうか、居酒屋を出たのが3時過ぎなのだからもうそろそろ夜が明けても良さそうなのだが、空はいつまでも暗闇を保っている。

疲れが出た俺はウトウトし始めた。

「・・・あの村はね。繰り返しているんですよ」

「え・・・あ、あいすみません。寝ちゃったようだ。何です?」

俺は慌てて起きると男に問いかける。

男は何も言わず、ダッシュボードの上に置いたサングラスを掛け笑った。

いつの間にか車が停まっている。

何処かで見た事のある風景だ。月の光を浴びた雪は畑であろう一面を覆い、一枚の白い布を敷いたようになっている。暗闇の中、点在する民家には灯りがなく家も家人もひっそりと夜明けを待っているようだ。

俺は、視線を男の方へ向けその先を見た。

所々雪を被った木々の中に、あの朱色の鳥居が少しだけ見えている。

「さて、行きましょうか」

男はエンジンを切ると車を降りた。

俺もそれに続くようにして車を降り、改めて辺りを見回した。

「ここは・・・」

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