居酒屋

「それで?それでどうなったんです?」

男にとっては手に汗握る場面なのだろう。酒を飲む手を休め、俺をぎらぎらとした目で凝視する。

「何事もありませんでした。というか、何故か俺は気が付いたら梨花ちゃんの家の玄関に座り込んでいたんです」

「へ?」

男はおかしな声を出し、驚いたように顎を引いた。

「不思議ですよね。腕の中をミヨをしっかりと抱きしめながら、びしょびしょの身体で玄関の上がり框の所に座ってたんです。あの時は本当に不思議でたまりませんでした。自分に何が起こったのか分からず、夢でも見てたのかと自分の頬をつねったりしたぐらいでしたから」

「痛かったですか?」

「ええ」

「じゃあ夢じゃない。貴方は間違いなく御地家の子祭りを見ていた・・何で玄関にいたんでしょうかねぇ」

男は視線を上げ暫く首をひねり考えていたが

「あっもしかして、太鼓の音が鳴ったからじゃないですか?」

「太鼓?」

「ええ。最後に太鼓の音が聞こえたんですよね?」

「はい。遠くの方から聞こえてきましたが・・太鼓の音を聞いたからって、いきなり玄関に飛ばされるんですか?有り得ないでしょう」

「分かりませんよ?あるかもしれない」

男は意味ありげにニヤリと笑う。

俺は呆れたように小さく溜息を吐くと、コップに残っていた酒を煽った。

「でも・・・でも、玄関で気が付いた俺は暫く自分の状況が受け入れられず呆然としていたんですが、そこに達郎さんが来たんです。お風呂に入ったらしく、タオルを首にかけ「早くお風呂に入らないと風邪ひきますよ」なんて言ってきたんですよ」

「もう祭りは終わっていたと言う事ですね?」

「はい。俺はもう何が何だか・・・」

その時、厨房から大将がのっそりと出てきて言った。

「お客さん。申し訳ないが、そろそろ店じまいしたいんだがね」

咄嗟に、壁に掛る時計を見るともう午前3時を回っている。

「ああ、すみません。お会計お願いします」

「あ、ここは私が」

男は、俺を制し胸元から財布を取りだした。

「いいですよ。初めて会った方に奢ってもらうなんて」

「いやいや、まだお話は最後まで聞いてませんからね。もし良かったらうちに来ませんか。少し遠いですが酒もありますよ」

会計を済ませた男は、壁に掛けてあったコートを手に取り羽織りながら言った。


外に出ると、雪はやみ空には星が出ていた。

サクサクと足跡が付いていない雪道を男と一緒に歩いていく。男は、居酒屋に来た時と同じようにサングラスをかける。夜にサングラスとはおかしなものだ。確かに、店のネオンや街頭が雪に反射し普段の街の夜より明るく感じるが、サングラスをかけるほどでもないだろうに・・

「時間がもったいないですね。先程の話の続きを聞いてもいいですか?」

白い息を吐きながら男は言った。

「・・ええ」

俺は寒さに首をすぼめながら訥々と話し出す。

「取り敢えず、御地家の子祭りは無事終わったようです。雨で濡れた体を風呂で温め着替えた後、達郎さんに話を聞きに行こうと思ったんですがどこにもいなく、瞳さんに聞いたら疲れて寝てしまったと言う事でした。流石に起こしてまで話を聞くことは出来ないので、代わりにトキ子さんと話をしようと思ったんです。御地家の子祭りの事を聞きく為に」

「ふんふん。それで?」

「ミヨと一緒にトキ子さんの部屋に入った俺は・・・」


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