居酒屋

先程大将が水を入れたやかんが沸騰してきた。カンカンと音をさせ上を向いた象の鼻のような出口から蒸気を吹き出している。油と埃で煤けた壁に掛かっている時計は、いつしか深夜2時30分を指していた。

隣りの男の前には、いつの間にか徳利三本とお銚子が置かれている。綺麗に骨だけになったほっけを名残惜しそうに箸でつついていた男は、カチャリと箸を置くと

「なるほど、まさしく奇祭ですね。私も祭りが好きなので、本で色々調べた事がありますが、そんな祭りは聞いた事がない」

「ええ。私もそう思います。あの後、達郎さんは全ての家を周り終え、橋に向かいました」

「ああ、百目鬼旅館のご主人が言っていた赤い橋ですね?」

「はい。未帰橋みかえりはしです。太鼓橋のようになっていて、川幅がそれほど広くない川に架かる橋です。そうなると、渡り始めはきつい傾斜を歩かなくてはいけない。達郎さんは怖かったんでしょう。猫のように四つん這いになりながら必死に橋の真ん中まで行きました」

「本当に子供みたいですね。一体達郎さんに何が起きたんでしょう」

「分かりません・・・橋の真ん中まで来た達郎さんを、俺は離れた所から見守っていました。勿論、梨花ちゃんも少し離れたところにいましたよ。川の水は雨のせいで増水してましたし、橋の手すりも高さ1メートルもない。丁度、達郎さんの腰の辺りでしたから、落ちてしまわないかとヒヤヒヤして見てました」

知らず知らず、自分の声が震えている。視界が歪み鼻の奥がつ~んと痛くなってくる。

「ゆっくりでいいですよ」

男は、俺を憐れむような目で見ながら優しく言う。

「・・・・達郎さんは、背負っていたモノを降ろしました。そこではっきりとソレが何なのか分かったんです」

「何だったんですか?」

「地蔵です。木で出来た地蔵です。頭が半分欠けた地蔵。達郎さんは、背中から地蔵を降ろすと・・・」

そこまで話した時、瞬きをした。何故か、俺の両目からポタリと大粒の涙が落ちた。

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