もう一人の俺

火花

第1話

人と関わるのに疲れた。

 夢をかなえるために上京し、バイトをしながらなんとか生活ができていた。

 地元の友達もいて孤独感は少なかった。

 しかし物事を経験し一人でもこなせることがわかること増えると自然と一人の時間は増えた。

 俺はそれでよかった、誰にも気を使わず一人の時間を満喫する、夢だったこともやりながら自由の時間を使うのが心地よかった。

 しかし、そんな事は周りが許さなかった。

 少し関わらなくなるだけで信用に値しない人間、こちらの気分など知らずに善意で関わってくる人。

 もちろんこれらは自分の蒔いた種でこちらに非があるのはわかっている。

 けど……。

「そういうことじゃねぇんだよ」

 そもそも俺は他人に必要とされている人間とは思っていない。

 しかしこういうことを言うと必ずいるのが『そんなことはない』と言ってくる人だ。

『お前がいなかったらできなかった』

『お前がいたから助かった』

『自分を卑下して、お前の事を信じてくれる人を馬鹿にするな』など。

 考えればいくらでも出てくる、そして最後には……。

『お前がいてよかった』

 そういって俺の考えを否定してくる。

「はっきり言っててめぇらの意見何て聞いても変わんねんだよ」

 俺がひねくれ過ぎていることぐらい自覚している、自覚した上でこう思うんだよ。

 俺がいなければ……。

 そんな考え腐るほどしてきた、やれども叶わない夢に気分が落ち込み自分の価値がわからなくなったときとかな。

 まあ、今では夢で悩むことは少なくなったけど。その代わりに人間関係でこうなっている。

「俺がいなくても変わらない世界が見てみたいよ」

「そんなこと言わないで」

 俺しかいない部屋に知らないやつの声が聞こえた。

 どうやら俺は本当におかしくなってしまったらしい。目の前にこの世の物とは思えない少女が見えているから。

「ふふ、動揺しているようですね、それも仕方がありません」

 そりゃいきなり目の前に知らないやつが立っていたら動揺もするだろうよ。

 普通ならな。

「だって私はあなたを助けるための天使なのですから」

「そうかよ」

「……なんでそんなに冷静なんですか」

「そりゃこちとら想像を言葉に起こすのを仕事にしてるからな」

 まあ、金は入ってないけどな。

「だからあんたがこの世のものではないことぐらい想像つくよ」

 閉鎖された空間に突如として現れた少女、おれに年の離れた妹や幼馴染なんて存在しない。状況だけでも想像つくものだ。

「まあそれでもいいでしょう」

 胸を張り、あたかも自信ありますよという態度をする。

 しかしこいつは本当に天使なのだろうか、天使と言ったら白い羽に光の輪があるものだろう。

 そして明らかに人とは違う風格があるそんなイメージだったのだが、こいつはただの少女にしか見えない。

 それ以外にもこいつを天使とは思えない理由はあるが。

「単刀直入に言います、あなたの願いを一つかなえましょう」

「願いを?」

 創作の世界ではよく聞くことだ。願い焦がれる者や、人生に絶望している者の前によく現れる。

 おそらく俺は後者の理由だろう。だが……。

「はっきり言って俺は救われたいとは思わないよ」

 こいつらの言う救いが命を助けるということならば、俺にとっては救いにはならない。

「そんなことを言わないでください。あなたは生きていていい人なんですよ」

 結局こいつも他のやつと同じことを言うんだな。

「なら見せてくれよ、俺を救うためのものを」

「……そうですね」

 自称天使は俺の問いに対して少し悩む。

「では二つの映像を見せましょう」

「二つも?」

「ええ、あなたが消えた世界と、あなたが周りと関わり夢がかなう世界の二つを」

 そういった天使は手のひらから光の玉を出し俺たち二人を包み込んだ。

 まぶしい光が晴れて目が開けられるようになるとそこには恐らく俺がいなくなったであろう世界が映っていた。

 悲しむ家族、弔い話しかける友達、他にも俺が関わってきた人たちが悲しく思っている。

「耳を傾けてみてください」

 天使に言われて傾けると一人一人の声が聞こえてくる。

「どうですか、あなたは自分が思っている以上にあなたを考えてくれる人がいるんですよ」

 なんていうことだ、俺にここまでの人との関りがあったなんて。

「では次に行きましょう」

 そういってまた光に包まれる。

 次に見えたのは俺が新人賞を受賞し知人たちに囲まれて祝われているところだった。

 家族に褒めてもらえて友達に称賛される、そして隣には彼女らしき者まで見える。

「これは実際にあなたがこれから起こる映像なんですよ」

「これが現実に?」

「はい!これは願が叶った数年後のあなたの姿なんですよ」

 願いを言えばこんな世界が待っている。

 なんて……。

 なんて。

 三回目の光に包まれると現実に戻ってくる、いつもの見慣れた薄暗い俺の部屋だ。

「それでは改めてあなたに聞きましょう」

 そういった天使は俺に歩み寄り手を差し伸べる。

「あなたの願いを叶えましょう」

 それはまるで答えが一つしかないような問いだった。俺が救われるそんな未来を願えと。

 確かに素晴らしいことだ、夢もかなって友達ともいい関係、さらには彼女までいる。

 本当に何て……。

『クソみたいなんだ』

 こいつらは本当に勘違いしてやがる、俺は救われたいんじゃない一人になりたいんだ。

 少女の手を振り払い改めて答える。

「俺はこんな未来はいらない」

「え?」

「見せてもらってよーく思ったよ、俺は救われたい訳じゃない」

 俺の行動に戸惑う。

 フリをしている何かを見て俺が一番聞きたかったことを聞く。

「というかてめぇ、俺を救う気なんて一切ないだろ」

 俺の言葉にナニかの空気が凍り付く。

「気づかないとでも思ってたのか、おまえの目誰も救う気なんて端からなかっただろうが」

「そんな私は」

 どこまでも誰かに似て終わってるよ。

「お前はまるで鏡だな。覗けば覗くほど俺にしか見えねぇよ」

 本当にキモチ悪いな。

 俺の発言に鏡は俯いたまま動かなくなる。待っていると体が震えだしているのがわかった。

『よほど悔しいんだろうな』なんて思わないよ……。

「はぁ。貴様、わかってるな」

 とうとう本性を露わにしたソイツが高らかに笑い始める。

 枷が外れ、化けの皮が剥がれ、本性むき出しの高笑いをするさまはとても気持ちがいいのだろう。

「はぁ、久しぶりにこんなに笑ったよ。お前酒を持ってこい」

「面白れぇ久しぶりに腹の底出すか」

 高笑いにこちらの気分も高揚してしまってか、こいつと飲みたいと思ってしまった。

 生きるのに嫌になると現実から目を背けるようにして酒を飲むためかなりのストックがある。とりあえず適当に持ってきた酒を並べた。

「ほう、いいセンスじゃないか」

「センスもくそも沢山の種類があるからな、飲みたいのがあるのなら言え」

「助かる」

 それぞれ好きな酒を取り乾杯する、俺はビールでこいつはウィスキーだ。

「流石人外、アルコールに強いな」

「馬鹿にするな、私は飲んでいたから強いんだ」

「天使が日常的に酒飲んでいいんですか?」

「クソ上司がいる職場で酒なしにやっていられるか」

 どこまでも人間味がある自称天使、理由がおっさん過ぎておもしろい。

「貴様のほうはいつも通りビールか」

「なんで俺の飲む順番知ってるんだよ」

「馬鹿め、名ばかりとはいえ天使だぞ、貴様の事を見てから来たに決まっているだろう」

 人外からするとプライベートもくそもないのね、まあ人によってはそういう人に見られたいみたいだけど。

「そこで見てて思ったのだが」

 次の酒を注ぎながらこちらに問いかける。相変わらず度数が高いこと。

「なんだ」

「貴様が一人になりたいのはただの逃げ、であろう」

「ほう」

 中々に痛いところをついてきたな。

「貴様はただめんどくさくて一人になりたいだけ、世の中には本当に一人になりたいやつもおるのだぞ」

 随分と雄弁に語るな、確かに俺は逃げているだけだ、子供みたいに嫌だからと遠ざけて逃げている。

「でも、それがどうした」

 逃げて何が悪い、関わりたくないだけの理由で何が悪い。

 嫌なことを我慢するのは職場だけでいい、相手の事を考えて相手のために行動する、自分のしたいことは二の次。最後まで気を遣うそんな関係。

「そこまでしてやっと築かれる関係なんて、なくてもいいんだよ」

「一人になってもか」

「孤独でいる辛さと、一生仮面を被る生活。俺には違いがわからねぇよ」

 どちらも地獄なら少しでも楽な方を選ぶ、賢くない馬鹿でもわかる考えだ。

「これを聞いて尚わからないのであればそれでいい、わかろうと駄々をこねるつもりもないし、理解してもらえるとも思っていないしな」

 ただし……。

「私を除いてだろう」

「そうだよ、鏡写し」

 人生で初めての共感、悪くない、寧ろ酒が進む。

「貴様のその考え肯定など到底されないであろう、だから私がする」

「今初めてお前を天使だと思ったよ」

「貴様の考えなど普通ならわかるものではない。だがそんな知らないやつが決めた普通にとらわれる必要など一切ない」

 誰かの普通に合わせていたら自分を殺してしまう、そうやって生きるのがうまいやつもいるができな奴は死んでるのと変わりない。

 だからこそ一度しかない人生早々に死ぬわけにはいかないんだ。

「十人十色とはいい言葉よな、十人が全員同じならそちらのほうが気持ち悪いわ」

 どこまでも共感できる言葉に感動すら覚える。

「まあ、蜘蛛の糸があるなら掴んだほうがいいがな」

「そいつは幸せ者だな」

 痛みを知るからこそ手を差し伸べらたら取ったほうがいいとわかる。

 俺はその糸を切らしてしまったけどな。

「あれは自分の欲におぼれたから切れただろう、しかし貴様は自分から切ったではないか」

「なんだそのことも知っているのか」

「言ったであろう、貴様を見ていたと」

 あんなことまで知られていたとは恥ずかしいものだな。

「あれは俺の汚点だ、まあそのおかげで書きたい物語が書けたけどな」

「あんな共感し辛いものよく書いたわ。まあ私は好きだが」

「……。」

 初めて自分の作品を面と向かって好きって言ってもらえたな。想像よりもうれしいものだ。

「じゃがもっと良いものをかけるとも思ったぞ」

「うるせぇ、そんなの俺が理解しているよ」

「馬鹿め貴様の理解など関係ないわ」

「関係ないとはどういうことだよ」

 言われた発言と少し酔っていたからかこいつに噛みついてしまう。

 顔も名前も知らない奴に何を言われてもここまで感情的にはならなかった、恐らく鏡のような存在のこいつに言われたから腹が立つんだろう。

「よし酒を貰ったお礼だ、今の問いに答えると共に天使らしいことの一つでもしてやるか」

「さっき見せてもらった気もするが」

「黙っておけ」

 そういったこいつは持っていた酒瓶を置き立ち上がる。

「あれは貴様にまだ覚悟がなかったからだ」

 そして目を瞑り何かを祈り始めた。

「これは……」

 光を纏い始め、それが集まり頭上に光の輪を形成する。そして天井よりもさらに上、どういう理屈かわからないが純白の羽が降り注ぎ、そのまま羽へと形を変える。

 純白のワンピースを着ている今のコイツの姿はまさに天使そのもだった。

「この格好、結構疲れるんだよな」

 こういう時本当に姿だけそのままなことあるんだ。

「だから手短に行こう、貴様の願いを一つ言え、叶えてやろう」

 今日だけで三度も聞いた言葉、だがその重みは違う、フィクションの中のように絶対に叶えてもらえる、そう思える言葉だ。

 だがそういう話に限って……。

「願いを聞いたらお前はどうなるんだ」

 そういうのに限って叶えたら目の前から消えていく。

「ああ、そもそもお前の願いを叶えるために来たからな、名残惜しいが帰るぞ」

 やはり例外はないか。

 ……なら、願いは一つだな。

「そうだな、俺の願いは、お前が隣にいて欲しい。だ」

「え、キモ」

 ……女性からもらうキモイ程心にくるものってないのかもしれない。

「それに何で私なんだよ、どうせなら成功したいとかにしろよ」

「はっきり言ってそれはお前に叶えてもらうものじゃないからな」

 どうせなら自分でつかみ取りたいし。

「そしてつかみ取ったときにお前に隣にいてほしい」

 出会って数時間、そう思えるほどこいつの事が気に入ってしまった。というより心地よくて安心するんだ。

「……なるほどな、いいだろう」

「助か……」

「ただし、私をこの世界に繋ぎとめるならそれ相応の対価を要求するぞ」

 対価の要求か。

「まるで悪魔みたいだな」

「貴様らにとってはどっちも願いを叶えてくれるのだから似たようなものだろうな」

 天使がそんなことを言っていいのか。

「それで対価ってなんだよ」

 これがほかの天使や悪魔に言われたら怖気づいてしまうだろうな。だが不思議とこいつの対価は信用できる。

「随分と肝が据わっているようだな、では貴様の支払う対価を言おう」

「どんときやがれ」

 さあ鬼が出るか蛇が出るか……。

「貴様の交友関係すべてを捨てろ、さすれば隣にいてやる」

「交友関係を」

 全て捨てる?

 ……。

「なんだそんな事か」

「そんな事って貴様、マジで言ってるのか」

「本気と書いてマジだ」

 もとより俺は一人になりたかったんだ、すべてを捨てて何もかもからも逃げて、惨めにそう願う。

「全てを捨てても尚、もがき続けた先で夢をかなえたのなら、その時はお前に隣にいてほしいんだ」

 俺は人間と関係を築き、続けるのは苦手なようだからな。

 だから人外で、天使で、鏡写しのこいつと築きたいと思っちまったんだよ。

「まるで愛の告白よな」

「そう受け取ってくれてもいいぜ」

 なんせ全てを捨ててでもお前が欲しいなんて最大級の告白みたいなものだろう。

「後悔はないのだな」

「あっても口にしないぞ」

「……馬鹿なものだな」

 そうして今度はコイツ自身が光り始め、世界を包みこんでいった。

 恐らく次に目を開けたとき俺の世界は変わっているだろうな。

「叶えてもらう前にお前の名前を聞いていいか」

「こちとら余裕がないというのに」

「話せてるじゃねえか」

 ふとこいつの名前が気になってしまったからな。許してくれや。

「仕方のない男だな」

「これからよろしくする相手だぞ」

「まあクソ上司よりかはましであろう」

 どうやらコイツの期待に応えなきゃいけなくなってしまったな。

「セラだ、よろしく頼むぞ、天使秀一あまつかしゅういち

 そう聞こえてから光に飲み込まれていった。

『よろしくな、セラ』

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