第7話 食事と実験

 

 多少のゴタゴタはあったものの、どうにか無事に旅のスタートを切ることができた。

 フィイインとエンジンを鳴らし、俺たちを乗せた魔導機は聖都ジークへ向けて街道沿いをひた走る。



「おぉ〜!! 空を走るって、陸上を運転するのとは違った爽快感があるんだな!」



 俺は窓を全開にし、風を感じながら上機嫌に叫ぶ。

 他に魔導機なんて走っていないし、地球みたいな道路交通法なんてものもない。たまに商隊の馬車や冒険者らしき集団とすれ違うが、彼らの速さとは比べ物にならない。


 ちなみに運転手はロロルである。

 Uの字型のハンドルを片手で握りながら、軽快に走らせている。イケメン彼氏過ぎる。



「ゴーレム馬車タイプの定期便もあるんだけどね! でも世直しの旅に出るなら、これくらいの先進技術は役得よね〜オホホホホ!」


 高笑いを上げながらぶっ飛ぶロロル。

 そんなこんなで順調に距離を稼いだが、やがて日没の時間が迫ってくる。



「んーそろそろ野営の準備をするか?」

「そうね、夜は冷えるしちゃんと対策はしないとだわ」

「……そういえばこの国って季節はあるのか? 荷物に防寒具はなかったようだけど」



 時間や暦については、俺もあらかじめ聞いていた。

 時間は一日二四時間、一ヶ月は三十日で一年が三六十日。地球とほぼ似ている。


 したがって偶然持ち込めた俺のソーラー式腕時計は、続投が決定している。



「日本のような明確な四季は無いわ。この国は年間を通して温暖と言っていいわよ。たまに太陽が変な挙動で地球を回るから、冬のような年があるけれど」


「おおっと。僕の知識チートが火を吹くぜ! ロロルちゃん。信じられないかもしれないが、地球の周りを太陽が回るんじゃなくて、太陽の周りを地球が回っているんだ。昔は天動説とか言ってたらしいけどね!」



 転生・転移モノあるあるである。

 ちなみに地動説はコペルニクスさんが有名だが、実はアリスタルコスさんという方が、なんと紀元前にその説を唱えていたらしい。しゅごい。


 さらに余談だが、この手の話でよく出てくるのが地動説を支持したことで宗教VS科学を起こし、宗教裁判で裁かれたと言われるガリレオ・ガリレイさん。

 だけど実際には、宗教裁判で投獄はされてはいなかったらしい。

 もっというと「それでも、地球は回っている」と言ったという証拠もない。でも彼もしゅごい。



「な、なんですってー。と言いたいところだけど、えてこう言うわ。アンタの世界ではそうなんでしょう、アンタの世界では、ね」


「え?」


「頭のネジがかなりぶっとんだ魔術学者が、魔導望遠鏡を開発したのよ。しかもこの世界を十数年かけて踏破し、測量まで行ったの。数々の測量で、太陽がこの世界を回る天動説の方が証明されているの」


「へ、へぇー!?」


 なんだそりゃ。無茶苦茶じゃね?

 物理法則とかどうなってんだよ……。




 ◆◆◇◇


 慣れない野営の準備をどうにか終え、俺は夕飯の準備を始めることにした。


「何を作っているの?」

「今日のメニューはトマトソースのパスタだ。シンプルながら、美味いぞ~!」


 この世界でも、パスタは様々な種類が売っていた。

 しかしソースは無く、野菜のスープなどにぶち込むだけだった。

 なので今回、ソースは自作してみることにした。

 さぁ、レッツ異世界クッキングだ。


 先ずは玉ねぎ、ニンニク、人参にセロリやハーブを全て土と風の混合魔法で微塵切りにする。

 この世界は魔法を解除すると、生成した物質は消えるから異物の混入の心配は不要だ。


「んん~、なんだか良い匂い!」


 野菜達をオリーブのようなオイルで炒めてやると、ニンニクの香りが出てきた。

 鍋の中でザッザッザッと小気味良い音が奏でられたら、そこへ完熟したトマトを入れる。


 今回はさすがにコンソメは無かったので、クズ野菜と、肉屋で貰った骨付き肉を魔法でミキシング。それらを別の鍋で煮込んでスープを作る。


「これだけだとかなりの時間が掛かるから、魔法で圧力をかけて肉と骨髄の旨味を引き出していくぜ」


 骨の中身までトロトロに溶けて、汁が黄金色に輝き始めたらスープはOK!

 今回余った分は、同じく魔法でフリーズドライにして保存しておく。


 そしてトマトソースの鍋にコンソメを入れ、煮詰めて塩胡椒をして味を整えたら完成だ。

 野菜と肉の旨味がギュッと詰まった絶品に仕上がった。



「んん〜っ! 期待してなかったけど、トマトの甘酸っぱさに肉の旨味や甘味、チーズのコクが合わさって……とっても美味しいわ!」


「お褒めに預かり光栄ですお嬢様。硬めに茹でた後に、パスタをオリーブオイルとニンニクで軽く炒めると、ソースと良く絡むようになって美味しくなるんだ。まぁ有り合わせで作ったにしては上等だな」


 ロロルは小さな口にトマトソースをつけながら、頬っぺたをパンパンに詰めている。

 そのトマトソースを舐めたい、いやいっそ太ももにソースを塗りたくってしゃぶりつきたい……などと考えながら作業をする変態勇者。



「ねぇ、さっきから何をしているの? デザートでも作っている訳? アンタにしては殊勝しゅしょうな心がけだけど」


「あ〜。デザートも作ったが、コレはまた別だよ。ちょっとした実験」


 先程の肉エキスやその他の材料を溶かし、鍋で煮る。

 更にいくつかの工程を済ませると、小皿の様なガラス容器に褐色に近い液体を注ぎ込む。あとは魔法で冷やせば完成だ。



「これは通称、チョコレート寒天だ!」


「チョコレート!? 贅沢品じゃないの。奮発したわね!」


「期待させた言い方なのは自覚しているが、残念でした。チョコレートの色をしているが食べ物じゃあない。このチョコレートの色は血液によるものだ」


 

 ――チョコレート寒天培地。

 微生物研究において、細菌を培養するのに使われる培地の一種。

 血液中のヘモグロビンが変性によりチョコレートの様な色を示すため、こう呼ばれているのだ。

 この培地は、菌にとっても色々と栄養豊富なので、特定の菌は培養しやすいといった特徴がある。




「ちょっと! なんでそんなモノ作ってるのよ! ばっちぃじゃないの!!!!」


「うん、ちょっと世界を回る上で必要かなって」



 俺が心配しているのは感染症である。


「この世界でも菌が居ることは確定しておきたい」


 菌が居れば、微生物による感染症が存在しているのはほぼ確実だ。たとえそれが異世界でも同じだと思う。

 今回は皮膚にいる常在菌と呼ばれる菌たちが居るのか、視覚的に確かめようって寸法だ。



「別に治療魔法があるんだから、怖がる必要なくない?」

「そういうわけにはいかないんだよなぁ」


 もちろんこの世界にも病気はあった。しかし、治療法と言えばほとんどが治療魔法という名の対症療法なのである。


 それでも大抵の疾患に一定の効果があるので、一旦は改善する。……が、数日すると悪化してしまうのだ。原因を除去できていないので、当然だ。


「原因が分かれば、ある程度の予防や対策はできるからな。一度ちゃんと確認しておきたいんだ」


 方法は簡単。培地に指先をこすりつけるだけ。あとは繁殖しやすい環境で放置する。

 もし菌が存在していると、培地で繁殖し、目に見えるコロニーを形成するのだ。



「よーっし、培地が固まったからこの上を指でなぞって密閉して、と。あとはインキュベーターが無いから魔法で温めて……」



 ◆◆◇◇


 次の日の朝


「ぎゃぁぁあああ! なによコレぇ!! くっさ! 臭すぎるわよ!!」


「あー……喜ぶべきか、喜ばないべきか。でもこれは後者かなぁ」


 昨日作った容器の中身は、白く丸いツブツブで満たされていた。

 この白い斑点がいわゆるコロニーと呼ばれるモノで、菌が増殖してできた証拠である。


 そしてこの培養実験。ひっじょーに臭いのだ。ロロルが絶叫を上げるのも仕方がない。



「つまり、この世界には細菌が居ることが分かった。染色液が無いからグラムの陰陽は分からんが、このコロニーは球菌に近いか。ブドウ球菌かな? 肺炎球菌とかじゃないといいなぁ」


「ちょっと! コレ新種のモンスターじゃないでしょうね!?」


「ハハハ。たしかに生物の一種だけど、そんなバケモノみたいな力は……待てよ?」


 菌にヘンテコな力が無いのは地球での話だ。

 だけどこの世界には魔力があって――。


 ボコッ! ボコボコボコボコ……!

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