業夜(ごわ)
この中にリゼがいるのではないかと考えた僕は白亜の神殿をくまなく探しました。
階段を上がる度に、この箱のような部屋が上にも重なっていることに気付きました。そしてまた、階によって部屋の中にいる人々の様子が異なることに気付いたのです。
ある階では手足に白い布を巻き付け固定されていました。また、ある部屋では、髪を白く染める枯れた樹木のような人々がベッドに横になっていました。この時まで僕はその人たちが〝老人〟であることを知りませんでした。
〝老人〟とは成長が終わり、朽ちていく人のことを指します。つまり寿命へ向かう過程のことです。この神殿ではそういった〝老人〟が無数に暮らしていました。後日知ったところによれば、暮らしているといっても一日のほとんどをベッドの上で過ごしているそうです。辛うじて歩行することができる人もいますが、動きは遅く一人では生きてくことは困難です。
ここはそういった人々のための神殿だったのです。
最初にいた階から五つ目の階層に上がったときです。
区切られた部屋の中の一つに、ベッドに座るリゼの姿を見つけたのです。彼女は他の人と同じように薄水色の衣を着ていました。
彼女の後ろ姿を見つけた僕は呼吸することも忘れ、胸が張り裂けそうになる想いを抑えて、室内に他に誰かいないか警戒しました。
その部屋にはベッドが一つしかなく、幸いにも中にいるのは彼女だけでした。
亜麻色の長い髪を窓の隙間から訪れる柔らかな風になびかせて、窓の外をぼんやりと眺めていた彼女は窓ガラスに映った僕の姿に気付き、振り返ったのです。
彼女と視線を交わした僕は、叫びたくなるほどの溢れる想いをこらえて、
「迎えに来たよ。一緒に帰ろう」
そう、彼女の美しい褐色の瞳に声を掛けました。
すると彼女は少しだけ首を傾げて、
「どこへ?」
と答えたのです。
予想外の返事に僕は言葉を詰まらせました。
正直、僕は彼女が涙を浮かべ小さく頷いてくれることを期待していたのです。
ですが、彼女の瞳に映っているのは単純な疑問の色でした。僅かほどの愛情もなく、いくらかの親しみのない、まるで今日会ったばかりの他人を見る様な目の色でした。
僕の心に芽生えたのは落胆や絶望といった負の感情ではありませんでした。
胸中にあったのは、目の前で僕を見つめる彼女と同じ『疑問』でした。
―――この子はリゼであってリゼではない。
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