贄夜(にわ)
こちらの世界には〝寿命〟という言葉があります。
〝寿命〟とは生命が燃え尽きて魂と肉体が別れることです。魂が抜け出た肉体は二度と動くことなく腐敗していきます。
事故や病気で亡くなった人と同じ状態だと思ってください。事故や病気で亡くなった人と〝寿命〟で亡くなった人の大きな違いは、内外的な要因による死ではなく、あくまで自然に起こるということです。
花が枯れて土壌に還る現象と同じです。あれがこちらの世界では人においても起こるのです。信じられないとは思いますが、これが不変の真理なのです。
僕が暮らしていた世界に〝寿命〟が存在しない理由は〝寿命〟が訪れる前に『天に召される』からです。肉体と魂は分かつことなく同時に天に召されていくことが、僕らの世界の常識であるのは周知の通りでしょう。
僕が全てを知ったのはリゼが天に召された日のことでした。
『天に召される』ことが最上の至福であるこの世界において、彼女が神に選ばれたことを村の誰もが喜んでいたのを覚えていますか?
僕は昨日のことのように覚えています。
リゼのお母さんも喜んでいました。これほど若くして天に召されることは稀であり、非常に名誉なことだからです。
リゼ自身も五年前に天に召された父親に会えることを喜んでいました。しかし本心は揺れていたと思います。もちろん、そのことを彼女は口にしませんでした。
ですが、僕には分かります。なぜなら僕と彼女は婚儀の契りを交わしていたのです。互いが十五歳になるのを待って父さんと、そしてリゼのお母さんに伝えるつもりでした。
僕もリゼも他の村人たちも幼少の頃から『天に召される』ことが如何なる愛よりも深く、何よりも代えがたい喜びであり、神の慈悲であると教えられてきました。
そこに至ることこそが僕らが生きる意味であり、存在する理由なのだと―――。
でも僕は例えリゼが最上の幸福に至るのであるとしても、彼女と離れたくありませんでした。なぜリゼが天に召されなければならないのかとすら考えました。
僕は世界を、そして神を否定したのです。この時点で僕は神々に反旗を翻(ひるがえ)したと言えます。しかし神々から神罰を受けるよりも、リゼを失ってしまうことの方が僕にとってはずっと恐ろしいことでした。
だから、僕は見つからないように使徒たちの後を付けたのです。隙を見てリゼを連れ戻すために、連れ戻して二人で暮らすために―――。
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