逆バーリトゥード

お背中流させて頂きます大統領

第1話 前編


 『本当に強い格闘技は何か?』


 その答えの一つに、『バーリトゥード』というものがある。

 『バーリトゥード』とは、ポルトガル語で「何でもあり」を意味する最小限のルールのみで戦う格闘技の名称である。


 しかし、それではあまりにもぬるいのではないか?


 その疑問がの頭には常にあった。


 当時、最強だった総合格闘技の絶対王者がマットに沈む。

 あきらかに、もがき苦しむ絶対王者――敗北の瞬間。……しかし、レフリーは「ノーブロウ」と叫び、インターバルを挟む。

 そして、次の瞬間には何事もなかったかのように試合を再開するのだ。


 なぜだ……今のは負けでいいだろう。

 

 言い表せないモヤモヤがこの胸を支配する。


 俺が目指すのは、こんなじゃない。もっと完全無欠の……誰にも負けない天下最強漢だ。


 そこで編み出したのが、最強の技のみで戦う真の格闘技『逆バーリトゥード』である。

 そう、この使こそ唯一最強なのである。

 

 そして、今日も俺はその絶対王者として最強の挑戦者を向かい討つのだった。


 

 退屈な4時限目、国語の授業が終わり、チャイムが鳴る。


 それは戦いの開始のゴングだった。


「がんばれよ!」

「今日もお前に賭けたからな!」


 すれ違う給食当番達の熱い応援を受け、俺は長いスロープをゆっくりと降りていく。

 聞こえてくるお昼休み前の校内放送。あらかじめ俺が放送部にリクエストしていた入場曲。B'zの『いつかのメリークリスマス』が流れ始めていた。


 その曲を聴きながら、玄関口で上履きを外履きへと履き替える。

 

 昔はよく、この上履きを隠されたっけなぁ。


 名前の横に薄っすらと残る『バカ』の文字。

 癒えない傷跡のようにいつまでもそこに残っていた。


 しかし、そんな弱虫な自分はもう、どこにもいない。


 なぜなら


 身体を一度脱力させ、無重力なステップを二、三回踏む。

 軽くシャドーのアップを済まし、俺は内なる肉体と精神統一を始めた。


 コンディションは今までで一番良い。


 深呼吸をし、気合いを込める。

 

 時は満ちた……。

 

 そして、俺は。

 最強の挑戦者が待つ校庭へと向かうのだった。


 


 挑戦者の鈴木は、既に校庭のど真ん中で腕を組み、仁王立ちで立っていた。


 彼は、去年同じクラスで何回か話したことがある。部活はサッカークラブに所属していて運動神経も良いスポーツ男子だ。伸長も体重も俺より一回りも二回りも上で、今まで対峙した中で一番の強敵という印象だった。


「よっ、待たせたな」


 俺は挨拶もそこそこに臨戦態勢に入る。

 むこうもすでにスイッチが入っているようで、気合いの入った良い顔していた。


「ルールは簡単。先にギブアップを言った奴の負けだ。勝者が敗者のを奪う、それでいいか?」

「ああ、構わねぇよ」


 そう、お昼前の休憩時間は、長くない。


 この戦いは、瞬き厳禁。一瞬の勝負で決まるのだ。


 俺は腰を低く構えタックルの体勢をとる。

 体格さがある場合、寝技グランド勝負に持ち込むのが定石セオリーだ。


 方や、鈴木はオーソドックスなボクシングの構え。

 

 ふん……このド素人が……。

 

 俺はそう、ほくそ笑んだ。

 

 ちなみにこの競技、である。

 よって、奴の構えは全くの意味をなしていないのであった。


 瞬間、お昼食のゴングが鳴る。


 開始と同時に駆け出し、一気につまる距離。


 俺は前進した身体を急転換、半身の状態となる――。

 その刹那、奴の渾身の右アッパーが俺の股間を掠め、空を斬った。

 

 さらに、その後ろへと廻りこみ……下から奴の股間を鷲掴みにした。


 一瞬して、グランド内に奴の鈍い悲鳴が響き渡る。


 勝った……。

 そう、感じるほどの手応えが、俺の右手にはあったのだ。


 ……しかし。


 な、こいつ!?


 鈴木はギブアップをせずに堪えていた。


 その時――俺は気付いた。


 ――。


 奴の口角がするりと吊り上がる。


 まさか、こいつ!?……!?


 それは反則ギリギリの行為だった。


 「汚ねぇぞ!」

 

 そう思わず、叫んだ瞬間――。

 

 しまった……。


 攻撃へと、意識し過ぎたせいで、股間の防御が疎かになり、隙が生じていたのだった。


「これで、終わりだ!千鳥!!!」


 奴は、必殺技を叫ぶ――。

 『千鳥』。これは週間少年誌ジャ〇プで好評連載中の忍者漫画の必殺技の名称。原作ではチャクラによる「肉体活性」で自身のスピードを高めた上で、雷遁の性質変化を加えたチャクラを手に集中させて放つ、高速の突き攻撃……。

 

 ――だが、ここではである。


 瞬間、俺の息子に雷のような激痛が奔る。


 くっ……。


 耐える俺はお返しとばかりに、こう叫ぶのであった。


蛇咬スネークバイト!!!」


 『蛇咬スネークバイト』。これは 週刊少年マガ〇ンで、好きな人は好きな超マイナーバトル漫画、その中で主人公が使っていた必殺技の名称。原作では200kgを超える握力を駆使したアイアンクローで岩をも砕き、地面にクレーターを作る程の破壊力を誇るという……。

 

 ――が、ここではである。


 グランドの中央で睨み合い、股間の掴み合いとなる両者。


 絶叫木霊するグランド内は。

 

 最早、集〇社 VS 講〇社の様相を呈していた。


 想像を絶する股間の痛み。思わず漏れす、雄叫び。

 

 だが、両者とも決してギブアップすることはなかった。


 我慢比べをすること――体感二時間……。


 日が傾きグランドに伸びる影。そこにポタリ、ポタリと滴り落ちる汗。


 その火花散らす熱戦の中で俺はニヤリと笑うのだった。


 お前は忘れている……。

 そう、それはこの前の修学旅行……風呂の時間。

 俺はこの眼でしっかり確認していた。


 奴の思春期の成長はすさまじく、を。


 それに対し、俺の方は……。


 を持っているのだ。


 そう、その差が勝負の明暗を分ける。


 俺は最後の力を振り絞り、力を込める。


 口から漏れる熱蒸気、気合いの声。


 右手がうねりをあげ、奴の股間を喰いちぎる。


 そして……。


 ブチブチと鈍い音と共に。


 ――奴は「参った!」と完全敗北を認めたのだった。


 その瞬間、膝から崩れ落ち手を着く敗者と、それを見下ろす勝者。

 

 差し伸べた俺の手は、その拳闘を讃えた。


 もはや、そこに言葉はいらない。

 

 昨日の敵は今日の友。


 俺達は互いに握手を交わしたのだった。


 ほんの数分間の闘いだったが、俺達は戦友となったのだ。


 そして、鈴木くんのクラスへと行き、勝者の証、―月一回しか出てこない給食メニューに出てこない幻のプリンを受け取る。


 「お前には負けたよ……黙って受け取ってくれ」

 

 そう言って、自分のプリンを差し出す彼。

 

 正直、俺にとってはプリンなど、どうでもよかった。

 なぜなら、今日の激闘でプリンよりも大事な何かを手に入れたのだから。


「いつでも挑戦まっているからな!」


 交わされた握手に、またあの場所で再開できることを祈って、俺は自分のクラスへと帰ったのだった。


 

 異変が起きたのは、その後……すぐ、だった。


 どうも周りの視線がおかしい……。


 皆一様に俺の股間を見て、ざわざわしているのだ。


 ……一体、何だ?


 そして、俺は視線を自分の下へと向ける。



 瞬間、その異変に気付くのだった。


 自分のズボンから


 嘘だろ……。


 ――あまりの衝撃に、手に掴んでいたプリンを落としていた。

 

 そう、その代償はあまりにも大きなものだった。


  


~ 後編へ続く ~

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