異世界来たりなば……余り世界は変わってねぇ
ジョージ・ドランカー
第1話
地下へ続く道。
巨木の根が蔓のように絡み合う中にトンネルのように現れた暗がり。
この世界にそれが現れた当初、人々は不安と恐怖、新たな未知への好奇心を抱いた。
地下から突然現れた巨大植物群があった。
世界中に、規模の差異はあれど砂漠だろうが高山だろうが海底だろうが都市だろうが関係なく現れた。
それらは地下のどこから生えてきているのか分からなかった。
地面を掘り返して幹や根を辿りその先を探ろうとするも結局途中で途切れてしまう。
だが、それでも木の虚や木々の絡まり合った根や枝、幹の間から地下へと向かえばどこまでも地下に潜ってゆくことが出来た。
この巨大樹の森は、巨大であればあるほど濃い霧を纏った。
そして地下に向かう穴はどの面でも立つことが出来た。
異世界へとつながる穴だ、そんな噂がネットを中心に広がる。
夢追い人は垂直に地下へと向かう。
『未踏査区域探索免許証』が発行され、世界中の各国を始め多くの企業がそこで採集できる素材を買い上げて新たな物質やそこから見つかるであろう新技術の獲得に力を入れた。
しかし、結局のところめぼしい成果物が生まれることなく一年が経過する頃には買取価格も落ち込んで、『森』に入っていく者は数を減らしていった。
今では余程の好きものか、企業が組織した専門の採集集団とその護衛くらいしか『森』に入る者は居なくなった。
私の故郷にある神社の裏手にも小さな『森』がある。
こうした小さな『森』の入り口は世界中あちこちにあって、特に日本ではその周りが強固なコンクリートの壁で囲われていて出入りが制限されている。
これは免許取得者以外が出入りしないようにという規制と、内部から未踏査区域内の原生生物が外に出てこないようにするためのものだ。
実際にここから外に出た、或いは出ようとしたという事例は無いものの以前「八号事件」という人型の原生生物によって探索者及び自衛官が殺害された事件があり、それ以来国は警戒を強めているのだ。
事件後は『森』への立ち入りを規制するべきだという市民団体の抗議もあったが、近年の国政としては珍しく強硬な態度でそれらを無視していた。
企業による圧力があったとも、同盟国アメリカと歩調を合わせるためだとも噂は絶えないが政治の闇の部分が露骨に現れた判断だった。
ともかくとして『森』の規模にもよるが、私の利用する場所には大体数名の自衛官が常駐している。
緊急時に免許保持者は彼らの指揮に従って行動することが法律によって定められているが、幸いにも私の故郷ではそのような事態になったことは無い。
『森』の手前に行くと入場ゲートで持ち物検査が行われる。
持ち物検査は出入りの際に一回づつの計二度。
私は持ち込みのピッケルと背嚢からシースナイフを取り出してトレイに乗せゲートを通過する。
ゲートを越えた後は腰に吊るしておく。
『森』のゲートを越えるてまず最初に脇にある受付に行って銃と弾薬を受け取る。
『未踏査区域探査免許証』取得者は講習と実技訓練を受けることで森の中で銃砲の類を携帯することが出来るのだ。
銃や弾薬は当然自腹だ。
これは最近になってできた制度で、『森』の中で生存率を上げるためだと言われている。
弾薬は出入りの際に念入りにチェックされ、万が一持ち出そうとした場合は十万円からの罰金、悪質な場合や頻繁にそういう行為が見受けられた場合は免許取り消しのうえ一年から三年の刑期が科される。
私はようやく手に馴染み始めたリース品のリボルバーと六発の弾丸を受け取ると状態を確認してからホルスターに収める。
拳銃は護身用でこれまで引き金を引いたことはない。
頼りにしているのはピッケルだ。
探索者向けに販売されているもので、ステンレス製の重量のあるものとなっている。
登山用のピッケルよりも少しばかり柄が太く長く重量があるが、工事現場で使用されるツルハシに比べれば軽く小さい。
装備を確かめるといよいよ『森』へと入っていく。
ここの『森』は規模が非常に小さく、巨木の虚の中に入っていく感覚に近い。
正直『森』と言うよりは単に馬鹿でかい巨木で、地元民は世界樹と呼んでいる。
胴回りは三十メートル近く、高さは不明。
不明な理由は奇妙なことに外から正確な高さを観測できないからだ。
近くから見れば巨大な樹で、木の傘の下に居る限りは木を見上げることができる。
しかし、傘の外から見ると木は見えなくなってしまう。
ドローンを飛ばしたこともあったが、この巨木の周りは電波が通りにくいのか十数メートル上昇したところでコントロールが利かなくなり墜落してしまった。
ヘリを飛ばしてみたこともあったが、ヘリからは巨木自体を観測することが出来ず、以前の森だけが見えたという話だ。
物好きな探索者はこの巨木の虚のある反対側の幹から上の方に登ったりしているらしいが、彼らもまだ頂上には至れていないとのこと。
時折、隣市にある大学から調査チームがやってきて計測などをやっているが、やはり発表できるような成果は上がっていないようだ。
ここのような巨大な世界樹とあだ名される『森』は世界的に見ても十二か所程度しか存在しておらず、他県からの観光客もそれなりで地域の振興に余計な一役を買っている。(うち陸地にあるものは七か所で、交通網が整備されている地域にあるのは四か所)
正直週末に人が増えるのは鬱陶しい上にゲート付近にまで来て通行の邪魔でしかない。
役場の連中は観光地化するのに一生懸命でアホ面下げてポスターを張ったりしているが、そういうのは元々観光地化している市街地の方でやっていればいいのだ。
ちら、と巨樹を見上げると暗い虚へと足を運ぶ。
直径は8メートルくらい。
最初は垂直方向に下へと延びる壁に足を着けるのが恐怖だったが今慣れたものだ。
この虚の淵にはロープが垂らしてあり、免許を取りたての初心者はそれを伝って虚に入る。
私も最初はロープに体重を預けながら下へと降りていったものだ。
ここよりも規模の大きな『森』であれば、垂直に降りていくなんてことはなく、緩やかな下りとなっている。
ただし、そう言ったところは例にもれず常時霧が立ち込めており、ルートを外れると未踏査区域に入る前に遭難してしまうことが稀によくある。
そのため、こことは違った理由で霧の無いところまでロープが張ってあるのだ。
そういった規模の大きいところの方が採集物の数が多く、安全確保が容易であるため探索者人気も高い。
私の地元はと言うと、私含めてほぼ毎日通うものが数名。週末に採取に来る者が数十名程度と専業の者は少ない。
隣市にはそこそこ規模の大きな『森』があって、そこの方が周辺の施設も充実していることもあって人気なのだ。
観光地の近くにできたおかげで『森』が出現した直後は客足も少なくなったらしいが、今となっては良い観光資源となっている。
私も偶に気分転換に行くことがある。
気軽に足を運べるいわゆる二郎インスパイア系の店がその近くに出来たのが一番の理由で『森』での仕事はついでだが……。
兎も角として虚の中を進んで行けば、少しすると出口らしき光が見える。
この時振り返ると後ろは暗闇しか見えなくなっている。
どうやら侵入方向によって見通せる先が異なっているらしい。
向こう側に抜けないままに逆走すると、恐ろしいことに絶対に地上側に戻ることが出来ない。
一度『森』の中に出てから再び戻ればきちんと地上に出られる。
だが、この時も逆走できない仕組みになっている。逆走すると同じ事が起るのだ。
どういう理屈かは分からないが、そうなっている。
これを最初に検証した自衛隊の方々には頭が下がる思いだ。どれほどの不安と恐怖がのしかかったか想像もできない。
ガサついた松の樹皮のような地面を歩き、光あふれる先に出れば、鉄条網の取り付けられたゲートがあり、二人の自衛官が歩哨をしている。
すっかり顔見知りとなった彼らに挨拶を交わして歩を進める。
彼らは3交代制で常時最低でも二人は歩哨に出ている。
人にもよるが、真面目過ぎない隊員は偶に退屈しのぎに探索者に話しかける者もある。
ゲートのある虚の出口の天然の庇を抜けて見上げれば、広がる巨木の海。
外にある世界樹に近いサイズの木々が枝を広げ、ツタのような植物がそれらに幾重にも巻き付いている。
空はコーヒーにミルクを垂らしたような不思議な光景で、きらきらと星のような何かが見えるが、それが何かは未だ調査中だ。
実に圧倒される光景で、免許を得てから初めてここに足を踏み入れた時は暫く動けなかったほどだ。
場所によってはゲートを出てすぐにちょっとした広さの広場があって週末探索者達がピクニックをしたりするらしいが、生憎とここにはそのようなスペースは無い。
ゲート傍の広場は自衛隊員の詰め所兼休憩所が建てられている。
巨木の枝の上に作られた簡易の道を歩きつつ、収集ポイントへと向かう。
簡易と言っても太いところは道路二車線くらいの幅はあるので余程の間抜けじゃない限り下に落ちることは無い。
下に落ちても運よく茂みに引っかかれば助かる道もあるが、一直線に下まで落ちれば命は無いだろう。
一時期はこの森の中で手に入るどんなものでも値段が付いたが、ブームが落ち着いた今は鉱物くらいしか買い取ってもらえない。
私は最初から鉱物狙いで潜っている。
集めるのは木の樹皮に飛び出している水晶のような塊だ。
樹結晶と呼ばれている。
最初は宝石の類としての価値を期待されていたのだが、森の中ではありふれた採集物だったせいで値崩れを起こしている。
たしか最初は一かけらに数万から十数万の値段が付けられていたが、サイズにもよるが今ではキロ二千円程度の価格で取引されている。
一か所で取れる樹結晶は小さいと百グラム程度、大きいと十キロを超えるものも手に入る。
ポイントさえ知っていれば安全に数を集められるので私にとってはいい稼ぎだ。
私がピッケルを使用しているのもこれを採取するためだ。
何時ものルートを歩いていると、下方に伸びるツタがあり、そこを降りた先の枝の根元に拳大の結晶が生えている。
その根元をピッケルのブレード部分を引っかけてテコの原理で持ち上げてやれば結構簡単に幹から切り離せる。
これを素手でやろうと思ったら結構な力が必要になるのだ。
それから目ぼしいルートを巡って背嚢が一杯になったあたりで来た道を折り返す。
「樹結晶八キロ分ですね。買取価格は一万五千円になります」
査定してもらった結果がこれだ。
どうやらまた値段が下がってしまったらしい。
受付の人の話ではまだまだ値段は下がり続けるそうだ。
世知辛い。
世知辛いと言えば、なぜ国が役に立つかもわからない樹結晶を始め様々な採取物を買い取っているのか、色々と噂があるが、その一つが探索者をカナリア代わりに使っているというものがある。
実際に探索者は一度でも『森』に入った日があればその月の終わりに指定の病院で検査を受けなければならないのだ。
私としてはお金がもらえるので別に問題ないのだが、それが嫌で探索者をやらないという者も居る。
そいつは検査の際にナノマシンを注入されて5G電波で思考を操られるとか訳の分からない事を言っていた。
私は出口で拳銃と弾を返すと『森』を後にした。
それからゲートを出て少し下ったところにある食堂に入る。
これがいつものルーチンワークだ。
朝一番に出かけて行って昼前に出てきて一万ちょっとの稼ぎ。
しかも、この稼ぎは税金などが既に天引きされている。
税金周りのあれこれは『森』を管理する国の組織が処理してくれるので住民税やら所得税やらをあまり気にしなくてもいいのだ。
確か毎回少しずつプール金を作っておいて必要な時にそこから税金の支払いに使っているんだったか、免許取得の時に講習を受けたのだが忘れてしまったが、とにかくそんな感じだ。
私は食堂のカウンター席に腰を下ろすと野菜炒め定食とビールを注文。
昼食がてら壁掛けのテレビをぼんやり眺める。
テレビでは一年前に国定第八号未踏査区域で起こったオーク襲撃事件、通称「八号事件」の特集をやっていた。
自衛隊の調査で安全と言われていた未踏査区域で原生生物でかつ知的生物と思われるオークの集団が探索者を襲ったのだ。
その際、かなりの死傷者が出てしまい一般探索者の勢いも失われた。一部頭のおかしい武闘派は増えたらしいが……。
その事件以来、探索者に護身武器として『森』の中限定として銃砲の携帯が許可されたのだ。
それでも当時の事件を知っている者が居れば銃なぞ気休めにもならない、と口をそろえて言っただろう。
私はその話を直接見たわけではないからお守り代わりに銃を一丁携帯している。
それに、私の知る限り地元の『森』でオークが出たという話は聞かない。
食事を終えた後は家に帰って趣味の時間だ。
今日はどのアニメを見ようか。
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