【KAC2024お題作品】音楽教室の定期演奏会でのトリあえず

カユウ

第1話

「お父さん、がんばってー!」


「パパー!」


「父ちゃーん!」


 1曲目の演奏を終え、子どもたちの声援に、呼び掛けられたお父さんたちが手を振っている。かく言う俺も、最前列で声援を送ってくれる愛娘の涼香に手を振る。


 涼香があんなに素晴らしい演奏をしたのだ。もちろん、涼香だけでなく、他の子どもたちや大人たちの演奏も素晴らしいものだった。一番は涼香のピアノだけど。3歳にしてメヌエットという曲を完璧に弾いたのだ。うちの子天才。絵里と2人で盛大な拍手をしたのだ。涼香の演奏を汚さないため、わざわざ音楽教室の先生からトリをお願いされた俺たちがコケるわけにはいかない。


「あーっと、突然で申し訳ないんですが、どなたかドラムできる方はいらっしゃいませんか?」


 声援や拍手がひと段落したタイミングで、ボーカルの洋平さんが観客に問いかける。


 そう、俺たちのお父さんバンドは、ドラムが不在。ステージの中央に、無人のドラムセットが鎮座している。本来なら、このドラムセットに座り、一緒に演奏するはずだった和也さんはもういない。演奏会の1週間前、和也さんは俺たちの前からいなくなってしまった。「不倫バレた。ごめん」という言葉をグループチャットに残して。


「ありがとうございます!お名前をうかがっても?……雄二さんですね。ほんとありがとうございます!ええ、大丈夫です。あとの曲は……」


 観客の中から手を上げてくれた男性にステージ上に来てもらい、洋平さんが話している。手を上げてくれたのは雄二さんというらしい。ドラム経験者らしく、この後演奏する曲も叩いたことがあるそうだ。


「それではみなさま、手を挙げてくださった雄二さんに大きな拍手をお願いいたします!」


 洋平さんの声かけに、観客のみなさんが先ほどよりも大きな拍手を送ってくれる。雄二さんへの拍手なのはわかっているが、最後までがんばろうという気持ちにさせてくれるから不思議だ。


「では、次の曲を演る前にちょっとだけ小話を」


 洋平さんがマイクパフォーマンスをしている間に、僕たち楽器隊は雄二さんが座ったドラムセットに集まる。


「ありがとうございます。隆といいます。雄二さん、よろしくお願いします」


「本当にありがとうございます。樹です。ベースです」


 キーボード担当の隆さんに続き、俺も挨拶をする。肩からかけたベースを軽く持ち上げて見せておく。


「雄二さん、ありがとうございます。大輔です。気になることとかありますか?」


 続けて、バンドリーダーの大輔さんが雄二さんに声をかけた。大輔さんは肩からエレキギターをかけているが、よっぽどマイナーの民族楽器以外であればある程度演奏ができてしまう楽器強者だ。雄二さんとのコミュニケーションは大輔さんに任せて、隆さんと俺は持ち場に戻る。


 大輔さんと話しながら、雄二さんは小さい音でドラムセットの感触を確かめている。雄二さんは決して下手ではない。むしろ上手いほうだ。だが、改めて和也さんの上手すぎる上手さに気づいてしまい、隆さんのほうを見る。隆さんも俺のほうを見ており、目が合うとどちらからともなく苦笑いを浮かべた。


 和也さんのチャラさ加減に呆れつつ、次の曲の準備をする。次は back number さんの『手紙』だ。


「それじゃあ次の曲にいきましょう!」


 大輔さんが持ち場に戻って発した合図を見た洋平さんは、小話をきれいにまとめる。洋平さんは歌も上手いのだが、それ以上に場を盛り上げるのが上手い。歌だけなら、愛妻である絵里のほうが上手い。バンドメンバーの家族でやったカラオケ大会で、洋平さんより絵里のほうが点数で上回っていた。だが、洋平さんのパフォーマンスを目を引くのだ。場を盛り上げることにかけては、そこらのプロや芸人さんにだって負けていないと思う。


 そんなことを思っていたら、雄二さんがスティックを叩いてカウントを始めた。演奏に集中しなくては。


「……ありがとう!」


『手紙』の演奏を終え、1曲目のときよりも大きい拍手をもらう。やっぱりドラムが入ったほうが聴き応えがあるのだろう。だが、何度も失敗してしまい、申し訳ない気持ちしかない。絵里や涼香に協力してもらって、たくさん練習したのに。その成果を発揮できている気がしない。大輔さん、隆さんが保ってくれて、洋平さんのマイクパフォーマンスが上手いおかげなんだ。


「パパー!かっこいー!!」


「父ちゃんサイコー!」


「いっくーん!」


 子どもたちの声援に混じって、絵里の声が聞こえた。大輔さん、隆さんだけでなく、雄二さんからもニヤニヤとした生暖かい視線を感じる。そこはかとなく恥ずかしさを感じつつも、キラッキラの笑顔の絵里を見るとつい口角が上がってしまう。落ちかけていた気持ちをなんとか立て直し、絵里に手を振る。すると、知ってか知らずかわからないが、隣に座る涼香と2人でキャーキャーしながら手を振り返してくれた。あと1曲だ。がんばろう。


「最後の曲は、星野源さんの『Family Song』です!」


 洋平さんの言葉から、3曲目の演奏を始める。雄二さんのドラムの音を聴きながら、必死にベースを奏でる。遅れず、走らず、一定のリズムで。絵里と涼香が協力してくれた成果を見せたい。ただ、それだけを考えて。


「ありがとうございました!3ヶ月前、先生からトリを依頼されたときはドッキドキでしたが、みなさんのおかげでなんとか無事にトリを務めることができました。本当にありがとうございました!」


 洋平さんが頭を下げるのに合わせ、俺たちも頭を下げる。


「それでは、大トリである先生方の演奏まで、しばしお待ちくださいませ」


 拍手を背に、ステージ袖への下がる。ステージ袖まで下がり、改めて雄二さんへの感謝の気持ちを告げる。手を挙げてくださったことに感謝しかない。隆さんが雄二さんと話したそうにしていたので、雄二さんとの会話をそこそこに離れる。


「お疲れ様!なんとかやりきったね」


「いやぁ、トリあえずですけど終えられてよかったです」


 自分の楽器ケースにベースをしまっていると、大輔さんから声をかけられた。トリを頼まれたにも関わらず、失敗の多い演奏になってしまったことに悔いは残るが、演奏しきれたことに安堵していることを伝える。


「演奏会が閉会して片付けを一通りやったら、ここでささやかな打ち上げをやるんだ。よかったら、樹くんも参加しないかい?奥さんとお子さんも出て大丈夫だからさ」


「そうなんですね。絵里に……あ、妻に確認します」


 トリを十分にやりきることはできなかったが、涼香の演奏を聞けたし、絵里の笑顔も見れたし。トリあえずにはなったけど、やってよかった。

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