第3幕
プロポーズ
1863年 7月10日
シャーロットは結婚が待ち遠しくて、早くもジェラルドの帰りを待つ1週間にうんざりし始めていた。
朝、ジョージ・ヘイワードと共にニューヨーク行きの汽車に乗るジェラルドを、駅で見送った後、いつものように稽古に入ったのだが、何度も同じ所を注意されてしまった。
その上、途中で大富豪のミラー家のディナーに招かれていた事を思い出し、稽古を放り出して帰らなければならなくなった。
急いだにも関わらず、出かける準備は遅れ、オーガストにたしなめられた。
しかし、これらの事も、ディナーの後で起こったことに比べれば些末事に思えた。
ディナーが終わると、ミラー家の長男デイヴィッドがシャーロットに小声で言った。
「ミス・ゴライトリー、僕の話を聞いていただけますか? 出来れば2人きりで」
嫌な予感がした。
デイヴィッドはダンスパーティーで会うたびに3回もダンスを申し込んで来るし、よくオーガストはシャーロットの前で彼への褒め言葉を口にしていた。
最悪なのは、オーガストとデイヴィッドの両親がいわくありげにこちらを見ては、お互いに頷き合っていることだった。
これは何としてでも断らなければいけない。
「是非そうしたいのですが、私は今、具合が悪いのです。今日はもう、お
すると、デイヴィッドの母親が来て言った。
「具合が悪い時には、外の空気を吸うのが1番。2人でお庭を散歩していらっしゃいな」
シャーロットは頷くしかなかった。
罠にかけられた。
デイヴィッドに腕を取られて夜の庭を歩きながら、シャーロットは自分の愚かさとオーガストの計算高さを呪った。
ミラー家の財産はゴライトリー家のそれを上回る。
シャーロットがデイヴィッドと結婚すれば、シャーロットの生活は一生安泰な上、あわよくばオーガストの社交界での出世にも繋がる。
オーガストは密かにデイヴィッドの両親と縁談を進め、ダンスパーティーで2人が踊るように仕向けていたのだろう。
2人が歩く道の先に
そこにたどり着いてはならないと思ったが、道の両脇には薔薇の茂みが迫っていて、逃げることなど出来なかった。
夏の蒸し暑さに薔薇の色濃い香りが溶けて息苦しかった。東屋がじりじりと近づいてくる……。
ついに、シャーロットの恐れていたことが起こった。
東屋の下に来ると、デイヴィッドは何度も練習を重ねたかのような決まりきった動作で片膝をついて言った。
「シャーロット・ゴライトリー、僕と結婚してくれませんか」
シャーロットは咄嗟に、気を失ったふりをして地面に倒れ込んだ。
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